ずる休みをしていたらブローチの攻防第二戦が勃発したよぉ
とにかくあたしは過労で療養中だ。頼まれもんを含めた彫金仕事をしていても、気分転換につまみ細工をしていても、御前汁粉を大量に作って砂糖の匂いで自爆していても、東飛鳥として手先の器用な希望者に小さなアクセサリーの作り方を教えていても、ウィスタリアはお家でおねんねしている事になっているので、学園も行かず面会もお断り。王家からの呼び出しはあったものの、倒れていようが死ぬ気で来い、何だったら戸板に乗せて運んで来いとまでは言ってこないので、爺様か父様にごめんなさいをして貰っている。
押し掛けてきた上に『仮病だ』と大騒ぎしていたお二人さんは気になったものの、弱みを見せない様に虚勢を張るのも淑女の嗜みの一つな訳で、実際には体調不良を隠して相手をしましたってな可能性もあるし、第一、仮病じゃ無いかと人に伝えた場合、その判断をした理由が療養中の家格の高い令嬢の家に押し掛けたら元気そうだったという辺りも話す羽目になったら、それこそおかしいのはお二人さんという事になるから放っておく事にした。
復習はとても大切だとは思うけれど、頑張り屋さんのユーさんが過ごした学園での六年分の学習は、頭ん中にしっかりと入っているからちょくちょくぞろっぺぇ連が絡んでくる学園をお休み出来るのはありがたい。
爺様達は王妃さん達に『ウィスタリアはもっと責任感があると思っていた』てな感じの事を会う度にチクチク言われているらしいけれど、世間の荒波に揉まれまくっている爺様達をその程度の言葉で何とかしようってのは大間違いで、あちらさんもそれを理解して行っているパフォーマンスみたいなもんらしく、状況を知らないと困るからあった事は話しとくってな感じで教えて貰っている。含みを持たせた大人の会話ってやつは大変だねぇ。あたしも大人だけれど、そういう面倒なやつは嫌いだよって爺様に言ったら『儂もだ』と高らかに笑いながら頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。結構な力で、地面にめり込んじまうかと思ったよ。
予定では三ヶ月程倒れている事にしようと決めて引きこもり居職を楽しくやっていたら、最初にアザレさんが、次にレル兄さんが、それから騎士
見習いのゲーネシス坊ちゃんが、最後に不機嫌を全面的に押し出した王子さん率いるぞろっぺぇ連がやって来た。一応、誰がウィスタリアを訪ねて来ても門前払いはしないで応接室にご案内して、爺様か父様が対応、外出中ならシュザームさんが、事情説明をしてお帰り願う手筈になっている。
貴族の中には、相手によっては家に入れないで追っ払うてな事をする連中も多いそうだけれど、ユースティティア家は誰であれ誠実な対応をすると決めているんだそうな。もしも交戦中の相手でも、丸腰なりで会話を求めているのなら受け入れるとか、良いよぉ、漢気に溢れていて粋だねぇ。
勿論、確実におかしい相手は受け入れないって事だけれど、その辺の塩梅はうまいこと加減があるんだろうね。まかり間違っておかしなのが入って来たとしても、文字通り武闘派の連中も詰めているから危険な状況になる前に捕獲するか、異常事態が判明した瞬間に警報が鳴り響くから、そのん時は余計な事をしないであちこちにある隠れ避難スペースに入っておけとやたらと念入りに注意された。何故か信用が置けないらしい。
嫌だよぉ、そんな騒ぎが起こったら隠れる前に、先ずは野次馬みたいに思われているなんて。こちとら江戸っ子だよ?火事と喧嘩は江戸の華、人が集まっていたら一目拝んでおかないと損……、いや確かにね、ちょっと、結構、かなり……。
で、そこで大人しく膝小僧でも抱えてろって事なんだけれど、これってあれかね、まともな戦力にならないあたしを邪魔者扱いしているってぇやつじゃあないかね?いやね、実際がとこありがたい話ではあるんだよ。正直、幾ら訓練したって実戦経験のある相手と対峙するなんて無理だし、引きこもり彫金師であるあたしに他所さんの大切な人を傷付ける度胸は備わっていない。腰にぶる下げて持ち歩いている二刀流棒も、自転車屋台の幟旗に使って怒られたっきりケースに入ったままだ。軍で手合わせはしているものの、あちらさんからすれば将軍とこのお嬢さんで、何やらみんな優しい顔つきだしねえ。
だからまあ、ありがたいんだけれど、お荷物になるのは気が引ける。かといって無闇矢鱈と実戦を積もうとすれば危険が伴う。
結論、人任せに出来る事は積極的にお任せして、あたしは頭を下げてりゃあ時間経過と共になるようになる。
あの面倒なぞろっぺぇ連を追い返せる胆力の持ち主がたくさんいるってのも驚きだ。真面目なユーさんは相手がどんな訳のわからない事を喚いていてもきちんと対応して、相手の話をしっかり聞いて対話しようと努力をしていたし、適当なあたしは適当に流して最低限の拙い尻尾さえ掴ませなけりゃあいいとのらりくらりと時間が過ぎるのを狙っていたけれど、どっちも結構な時間を使っていたのに、相手の言い分も聞かずズバーんと追い返すなんざぁ、凄いよ。
話をすりゃあ、どんなにくっだらなくて中身が空っぽでも、相手の考えの端っこくらいは掴める。そっから得られる情報もあるんだけれど、そんなもん要らんというユースティティア家の強さを改めて知ったよね、うん。あたしゃあついつい話っちまうし、そうなりゃあ余計な事も言いたくなる。喧嘩を売られりゃあ買いたくなる、いや、ユーさんの記憶がなけりゃあ全部お買い上げだ。
ぞろっぺぇ連はウィスタリアを訪ねるだけでなく、飛鳥の方にも用があると押し掛けて来て、こちらは表向き何かのショックを受けている訳でもなく、暇にあかせてシンコ細工の屋台を出したり、紙芝居を作ったりしていたので、ちゃんと対応して差し上げた。
紙芝居については、東京の爺様達から聞かされた話や資料を思い出して作って、慈善施設の正規仕事につけない連中の小銭稼ぎを目当てとした自転車紙芝居屋さんをするつもりだったんだけれど、『飛鳥、絵が変ー』『飛鳥、キラキラデザインは描けるのに絵が下手ー』『飛鳥、これ虫のお化け?(虎を描いた)』『飛鳥、これ魔女?(お姫様を描いた)』というバッシングを食らって、営業モデル計画書の提出とお話作成提出と下書き監修係になってしまった。
デザイン画が引けるのと、絵が描けるのは別の才能だとは分かってはいたのだけれど、仕事をしていた時は周りに年寄りも多くて筆で謎の墨絵を描いていたから、あたしの絵はまあまあ上手い方だと思っていたんだよ。思い起こせば小学校の図画工作の『藤さんは工作は上手いけれど、絵は独創的よね』から始まって、中学で『美術っていうのは感性をどう表現するかだよね』になって、高校で『製作を中心に提出したら良い点がつけられるよ』とアドバイスを貰ったんだよねぇ。あれだね、人を傷つけないってぇのは美徳だけれど、それを真に受けてのほほんとしていたら異世界で現実を突きつけられるとは思わなかったね。
絵をどうやって配置するかを考えるのは得意なんだけどねぇ、いやこっちはだってほら、本職だし。宝石を配置するのとか得意。
で、その子供達曰く『飛鳥のモンスター紙芝居』をユースティティア公爵家の離れという名の作業小屋で、遊びに来ていた孤児院の坊ちゃん嬢ちゃんに広い作業テーブルの一角で描き直して貰いつつ、王妃さんの伝で頼まれたアクセサリーをこちこちやっていたら、全員大集合で訪ねて来て下さりやがった。
こちとら頼んでもいないのに『卑しき職人風情を訪問してやった』そうで、矢鱈滅多ら鼻息も荒くお怒りでいらっしゃっるご様子なので、ちゃーんと深々とお辞儀をしてから『エルトリアを支える子供達が怯えておりますので、高貴な皆様から知らず溢れ出る威厳と張りのあるお声を抑えていただけますでしょうか』と恩願い奉った。別にね、あたし一人なら叫ぼうが怒鳴ろうが構わないんだが、小さな坊ちゃん嬢ちゃんが怖がるようじゃあいけないよ。
「賎民のくせに偉そうに指図出来る立場だと思っているのか?無礼だろう」
「東国からの流れものって、つまりは家無しの流民でしょ?そこにいる子供達だってわざわざ庇う程の子達なのかなぁ?」
「我が公爵家で面倒を見ているからと言って、お前は国籍を持たない唯の居候なのだよ」
「ルクラティ神の元に人は平等ですが、区別はあり、また、東国の民であるとすれば異教の信徒。我ら神殿の庇護下には入れません」
「ちょっと待ってみんな、子供達が可哀想よ。怖がっているじゃない」
何やら胸に両手を当てて首を傾げるアザレさん。肺病で胸が痛くて首を寝違えたのかね?でもそれを見たお坊ちゃん方が脂下がってアザレさんのご機嫌とりを始めるんだから、彼女がやれば効果があるんだねぇ。あたしにゃあ理解出来ないけれど、まあ、子供達が怖がらなくなるんなら何でも良いよ。
子供達には厨房の裏口から入って、そこでおやつでも貰って待っている様に伝えて出て行って貰うと、招かれていない連中がご機嫌になって『小汚い』『埃っぽい』なんて文句を言いながら、空いている椅子にハンカチを敷いてお座りなさった。小汚くて埃っぽいと思うんなら、とっとと出ていっていただきたいよぉ。
「今日来たのはこれだ」
目の前に出されたのは鷹に黄浅緑と翡翠色の石と多分メレダイヤをあしらった金のブローチ。翡翠色の方はそのまんま翡翠だけろうれど、黄浅緑の方はペリドットかトルマリンかプレナイトか薄めのエメラルドか。その他の可能性もあるから何とも言えない。職業柄たくさんの石を見てきているけれど、昨今は工業技術の向上で本物そっくりの紛いもんが作れるから、基本鑑定は専門家にお任せだ。翡翠もだろう、であって断定は出来ない。とはいえ、帯留めや簪といった注文をよく受けていたから馴染みの材料の一つだから、まあ、そうなんじゃあ無いかね。やすりでゴリッといかせてくれれば一気に価値が下がる代わりに断定出来るけれどさ。
いやあ、よく出来てるよ。何といってもシックでハイカラだ。二つの石を多分メレダイヤのパヴェで囲んで、キラキラと輝く。これなら若いお嬢さんから奥様まで使えるし、結構な値で売れるに違いない。
「お前が作ったのはこれだな」
鷹にエメラルド、こっちは断定出来る。あたしが作ったもんだからね、自分で作ったもんを忘れっちまう程ボケてはいない。徹夜作業が続いてフラフラしていても、それなりに頭に残るのは我ながら不思議ではあるけれど。
二つ並べれば一目瞭然。確実にあたしの作った方が和風。有難いことにあたしの作るもんは洋装にも和装にも似合うと評価されていたから、エルトリアでもドレスに、帽子に、様々なコーディネイトにとクチコミで人気が出て、スケジュールも満員御礼だよぉ。
で、エメラルドって事はグロスターべお嬢さんのだね。どうやって手に入れたのかは知らないが、そこは面倒なので聞かないし、想像もしない。
「どうしてデザインが違うのだ?」
「殿下のご質問だ。早く答えろ」
偉っそうだねぇ。王子さんが言った瞬間に答えろと言われても、瞬時に答えたらゲネ坊ちゃんと同時になって聞き取れない事になってたよ。
「宝飾デザイナーの違いかと存じます。こちらは私がデザインから制作まで一人で行いましたが、こちらは私の全く知らない物でございます」
「誰からどの様に頼まれた?」
依頼された事を黙れとは言われていない。
「王妃殿下から『地金は金で、同じデザインで三個作り、同じ場所に異なる宝石を一つずつあしらう』という依頼でした。その場でデザイン画を描いて、帰宅後粘土で見本を作り、何度か修正して納品致しました」
「何で違うのぉ?どうしてこういう風に作らなかったの?」
「ご依頼に合わせて作り、確認していただいて納品しましたし、ご満足のお言葉を頂戴しております」
ゲームのブローチはハイカラだったんだね。見知らぬ職人さんと楽しくデザインの事を語りたいよぉ。
「では私からお前に依頼だ。お前が作った物と同じ物を作れ。宝石はこちらから抉り出して使って良い」
はぁ?危なく声が出そうになる所をグッと抑える。大体、古いもんのリメイクや、思い入れのあるもんの修理、何度も使ったからデザインを変えたいってな理由ならいざ知らず、作って間も無いもんを何であたしが壊さないといけないのさ。
そりゃね、百歩譲ってどう見てももっさりしてるとか、素人が手慰みに作って失敗しましたってな品ならリメイクしないでもないけどさ、よく出来てるんだから新しい石をめっけてくれば良いじゃないか。パヴェの留めも綺麗だし、あたしより熟練で凄腕の職人さんの作ったもんから石を抉り出すのは嫌だよ。
「王妃殿下の許可がございますでしょうか?前にも申し上げましたが、妃殿下からはデザインも含めて料金としてお支払いしていただいております。私には作る事が出来ません」
「王孫として私が命を下しているのだ!これは依頼ではなく命令だ!」
「職人としてそれはやってはいけない事でございます。王妃殿下のお言葉か許可証をいただければお作ります」
「えー、貴女が黙っていれば大丈夫よぉ」
いや全く大丈夫じゃないし。それ以前にやらないって理由を何回も言っているじゃあないか。
「殿下、我が家の客を困らせないでいただけますか?」
父様っ!神様!仏様!子供達が気を利かせて呼んで来てくれたのか、屋敷の見回りの人が呼んで来てくれたのか、助けが来たよ!
◇◆少しあれな言葉説明◆◇
脂下がる;【俗語として使用】女性に参ってデロリとした姿。
女性に見惚れて良い気分になっている。煙管を片手に鼻の下を長くし、ぽかんとしている様子。煙管の脂(がついているが火皿側が)下がっている所から。
めっけて;見つけて




