左様左様ごもっともごもっとなかなかぁ
◇◆少しあれな言葉説明◆◇
重ね言葉大作戦;落語ろくろ首より。頭の足りない与太郎がお見合いを最小限の言葉で乗り切ろうとするシーンから。
出てった;出て行った。
生っ白い;幾らか白い。生白い。肌などの色がいやに白い様。色白な人の弱々しさ表現。
「王太子妃殿下に申し上げます。わたくしの成績については不徳の致すところですが、それについて改善すべく鋭意努力中です。オルクス殿下のなさる事についてですが、臣下であるわたくしがお諌めする様な事では無いと考えております」
(耳ぃかっぽじってよーくお聞き。何だったら耳かきで右と左を開通させて、汽車ぁ走らせたって構わないよ。魔法は使えた方が便利ってのは理解したから、何とか工夫してみたいとは考えているよ。王子さんの事はあたしにゃあ関係無いね)
「ウィスタリア・ユースティティア、貴女は自分の立場を正しく理解していない様ですね。ウィスタリアの恥はユースティティア家の恥。ウィスタリアの力不足はユースティティア家の力量不足。公爵家の者として国民の税金から得られている禄を喰むのであれば、それに見合う存在でなくてはなりません」
「我が力不足を申し上げる事になりますが、少なくともわたくしは未だエルトリア学園の学生であり、学生の本分は学ぶ事であると考えております。ですので、オルクス殿下の言動については、学園で学びの最中にあるわたくしでは無く、官位をお持ちの教育係の方々やお側付きの方々とお話いただけますようお願い致します」
(だからね、子供に子供を任せるなって言ってるんだよぉ。それこそ税金で食ってる教育係とかで良いじゃないか)
「まあ、己の力不足を人に押し付けるなんて……」
「学びの途中であるわたくしが力不足なのは事実でございます。故に、既に学び終え、教育を施す側である教育係の方々や、お側について細やかに殿下のお気持ちに配慮なされる方々に、お願いするのが筋だと考えております事を申し上げているだけでございます。差し出がましゅうございますが、王太子妃殿下の御心に適う方がいらっしゃる様でしたら、一度オルクス殿下への御拝謁をお考えになっては如何でしょうか?先程、王太子妃殿下は御母堂様としてのお気持ちをお話なさっておられましたので、より良い人材をお選びになられると考えます」
(力不足って言い出したのは、手前さんだからね。その責任をとって手前さんが納得いく相手を見繕いなよ。母親なんだから、せめてその相手くらい頭ぁ絞って捻り出しな)
ここまで言っても、あたしやお二人さんの力不足を延々責めて、それを盾にやれという目潰し少女趣味王太子妃さん。おっそろしいブラック上司だよ。最悪な事に生殺与奪の権利まで持っているし。
でもね、あたしゃあ知っているんだよ。王妃さんと王太子妃さんの間にはたっかい壁があって、王太子妃さんが何と言おうと、王妃さんには逆らえないって事を。王妃さんは婚約者候補に対して公平に接していて、あたしがぞろっぺぇ連を放置している事については何も言って来ない。お二人さんが『困っているんです』と毎回のお茶会でこぼすのに対して『将来隣に立つ際に不満となるのであれば、自身の機転と言動で解消なさい』と返しているけれど、その不平不満を母親である王太子妃さんに『こんな話が出ている』と話したんだろうね。
その王妃さんの意図は、あたし達をせっつけってぇ事じゃあ無いだろうね。そうだったら直接言ってるよ。王孫婚約者候補としてあたし達が審査されているのと同じ様に、次の王妃としての資質を王太子妃さんも審査されているんだから、ここは母親として頑張っていただきたい。そうしていただけると、あたしも楽だし、戻って来るユーさんも助かる。
ゴニョゴニョと遠回し、且つ、候補者達の罪悪感を煽る様な言い方ですっとこどっこい王子さんを何とかしろと、同じ内容をあれこれ表現を変えつつ延々言い募る王太子妃さんの言葉を右から左に受け流し、チカチカするサンキャッチャーから必死に視線を逸らしていたら、仕事でお城に来ていた爺様が迎えに来てくれた。キルさんの報告を聞いて無難な途中抜け出来る仕事を捻り出してくれたらしい。いや本当に、粋な爺様だよ。町内のジジババクラブお達者会に放り込んだら婆様達のアイドルになれるね。
若い騎士見習いの訓練に付き合っていたら、乱暴な相手の滅多矢鱈な攻撃で他の訓練生が怪我をしてしまい、庇った爺様も怪我をしたので念の為、世話をしてくれる孫娘と一緒に帰りたいという理由があるそうで、流石に王太子妃さんも解放せざるを得ないと煌めく地獄のお茶会が終了した。
「助かりましたよ。己の母親失格さを堂々と公言した上に、それを己の子供の婚約者候補っていう他人に押し付けて、何とか出来ないのはお前らの力不足だって言い切ってくる相手にいつ終わるか分からない演説をされるのは地獄でしたよぉ。目ん玉も潰れかけたし」
「何?シオンの目が?何があったのじゃ?まさかと思うが暴力か?」
「いえ、公爵様、シオン様がおっしゃっているのは、王太子妃殿下のお部屋飾りにあたった光に、ずっと目元を照らされていたからだと思います。私もおかしいと思って、妃殿下の侍女長に角度を変えられないかとご相談したのですが、妃殿下の決めた一番美しい配置にしていると一蹴されました。グロースターべ侯爵令嬢、マスキュール辺境伯令嬢も同じ様に光を浴びていらっしゃっいました」
「態とだね。つまらない嫌がらせをしやがって、許さないよぉ」
「ふむ、王太子妃殿下は御聡明な方でいらっしゃるのだが、オルクス殿下のなさり方に色々と思う所があって無意識にシオン達にやつあたりされているのかも知れんな。お気持ちは分かるが、納得は出来ん。シオンはどう考える?」
「爺様から王様に婚約者候補から外れたいとの意向をお伝え出来ませんかね?」
「元々儂はウィスが婚約者になる事自体反対だったから構わんが、学園での立場が悪くならんか?」
「シオン様は既にオルクス殿下に相手をされず、他の生徒と真面に付き合えない公爵令嬢失格者となっておりますので、これ以上の評価低下があるとすれば嫌がらせ等に発展する可能性がございます」
公爵令嬢失格たぁ随分な言われ様だけれどユーさんが帰って来るのは卒業後。変に中途半端な付き合いをして、不実な連中が周りにいるよりは遥かに良い。
「良いですよ、嫌がらせ、受けて立ってやろうじゃぁないか。どういう嫌がらせかは分からないけれど、斬って血が出なけりゃあお代は頂かないよ。こっちが唸るくらいの嫌がらせをしてくる奴がいたら、逆に爺様や父様の良い相手になるんじゃあないかねぇ。どうせ人と付き合えないってぇ言われてんだから、呼び出しとかくらってもすっぽかして当然だし、初回分かりやすい嫌がらせがあったらそれを理由に王様が信頼している部署に学園の状況をはっきり調査していただけるんじゃあないですかねぇ」
「うむ、ではどの様な理由で候補辞退とする?」
「王太子妃さんに力不足を指摘されて、それはもうショックを受けて倒れたってあたりからスタートしますかね」
「公爵閣下、シオン様、悪い笑顔になっておられます」
あたしと爺様が素敵な笑顔で話を詰め始めると、エピさんがいやーなもんを見る様な視線を寄越してきた。
ーーーーー
まさか第三ラウンドが待っているとは思っても見なかったよ。
とはいえ、今日はホームグラウンドの戦いなのでそこだけは気が楽だ。後はどうやってお帰りいただくか、何だけれど。
「再三申し上げましたのに、わたくし達の話を聞かず、挙句、ユースティティア家のみで婚約者候補の辞退を決めるなど、どういうおつもりでいらっしゃるのですか?」
「倒れられて療養中とお聞きしましたのに、思いの外、お元気そうで安心しましたわ」
「左様でございますか」
(左様左様)
「確かに、武門で並び立つ者無しと高明なユースティティア家と比べましたら、我がグロスターべは内々で魔道具研究を行ってる侯爵家。家格も下でございますが、ユースティティア閣下には我が家が行っている魔道具を実戦でお使い頂き高い評価をいただいております」
「ユースティティア閣下と次代様には、ありがたくも我がマスキュール辺境伯家とも連携して国境を守っていただき、良いお付き合いをしていると自負しておりますの」
「ごもっともの次第でございます」
(ごもっともごもっとも)
「オルクス殿下と同じクラスになりました、わたくし達の力不足もございますが、本来であればウィスタリア様がこちらのクラスに赴いて、殿下の御心違いをやんわりとお示しされるのが筋かと思います」
「学園内で最上位の令嬢である自覚を持って、私達の立場もお考えいただけませんと、こちらとしてもウィスタリア様のお心を正しく察する事が出来ませんわ」
「なかなかどう致しまして」
(なかなか)
恋は盲目殿下の婚約者候補のお二人さんが朝から示し合わせたのか公爵家に押しかけて来て、つらつらと並べ立てられるご意見ご要望ご不満。取り敢えず、落語で覚えた重ね言葉大作戦で対応しているけれど、そろそろお二人さんの限界も近い様だ。目付きがどんどん剣呑になっていくし、手元の扇子もへし折れそうだよ。
ユーさんの時は、三年生になって暫くしてからグロスターべさんが実力不足を理由に詫び金付きの婚約者候補の白紙撤回を願い出て受理され、その後を追うようにマスキュールさんが過労で倒れたってぇ事で地元に戻って療養すると出てったっきり戻らず、時間切れの撤回狙い大作戦を実行して見事に本人にとって無傷の撤回をもぎ取った。これはマスキュールさんが今後王都に戻らなくても十分やっていけるという素地があったからで、通常のお嬢さん方が王都に出入り出来ないという状況になると、婚姻やら慶弔の付き合いやらの出来ない欠陥持ちとされてしまうけれど、国のお綺麗なルールだけでは済まない、国境守護の要である辺境伯のお嬢さんだからこそ取れた手段で生っ白い頭でっかちの貴族のお坊ちゃんより、地位は低かろうが実戦でしっかり活躍出来て気持ちの通じる相手と結婚した方が良いもんねぇ。
で、そんな三年生の現在、ユーさんの記憶に基づいて、お二人さんが動く前にあたしが「一抜けた」宣言をしてそれを知ったもんだから、二人掛かりで「公爵令嬢の矜持と責任」という錦の御旗を掲げて説得に来たと。
正直なとこ、暇だねぇとしか思えない。そんな暇があったら、こちらを気にせずとっとと婚約者候補辞退でも仮病でもなんでもしちまえば良いんだよ。
確かに、三人でやってたババ抜きで二人抜けしちまったら負けだけどさ、一応、王子さんの婚約者候補ってだけの話だから、全員居なくなった所で困るのは王様んとこだから。王子さんは青春劇場真っ只中なので、あたし達三人が居なくなった所で痛くも痒くも無い所か「賢くて素晴らしい見識を持ったアザレさん」との仲を邪魔する連中が居なくなったと喜んでくれるんじゃあないかねぇ。
一応、あたしも調べたんだよ。伯爵令嬢であるアザレさんが王子さんと結婚するのに問題はあるか否か。ユーさんの記憶でも自国から王家に妻を迎える場合出来れば侯爵家以上が望ましいが、きちんと実力を身につけた伯爵令嬢なら問題無しって感じだったから、だったらあたし達三人の候補者を白紙に戻して、改めてアザレさんを据えりゃあいいじゃあないか。なのにそれをしていないのだから、何か理由でもあるのかなと思ったんで調べたよ。
それで分かったのが、王家はアザレさんの思想が気に食わないって事だった。面倒な話だよ。
地味にこそこそしているあたしが表立って調べるのもあれなんで、頼りになるキルさんとエピさんにお願いしたら、謎の交友関係等をフル活用して調べてくれた。お礼にと新作のシンコ細工、ケルベロスとコカトリスを大量に作って私室のテーブルに交互に並べておいたんだけれど、大喜びで友達に配ったエピさんに対して『新手の嫌がらせは止めていただけませんか?』と無機質な目付きで返却してきたキルさんの温度差が凄かった。
嫌がらせも何も、大喜びのサプライズのつもりだったんだけれどね、あたしとキルさんのセンスは月とスッポン程に隔たりがあるらしい。ケルベロスとコカトリスはお嫌いかい?って聞いたら、そういう問題じゃあ無いって言うし。次は新粉餅を大量に作って、テーブル中央に世界最大の花と言われるラフレシアでも鎮座ぁましましてやろうかね。
ラフレシアは置いておいて、とにかく、子供のうちからお供も無しに城下町に飛び出すようなお嬢さんは王家の嫁には向かないんだそうな。これがヤットウの出来るマスキュールさんならまあまあギリギリ許せるってのも、ある意味ダブルスタンダードじゃ無いかって思ったんだけれど、そうではなくて、王家の配偶者ってぇのは敵からすりゃあ使えるカードの一枚になるから、幾ら子供でも己の危険を顧みず無茶をする様な人間は大きくなっても本質はそんなもんと思われても仕方が無いって事だそうで。
学園の女生徒は全員護身術を学んでいるけれど、君子危うきに近寄らず、っていうのが基本であって、最悪の事態に備える事は必要だけれど、自ら面倒に突っ込んでいくやつはバカだと判断されても仕方が無いとかなんとか。
死んだ婆様が『日本人は水と安全はタダだと思っている、ってな文言が書いてる本があるけれど、最低限の危険予知はしないとダメだよ』と言っていたけれど、エルトリアと日本だったら確実に日本の方が安全だ。
あたしからすれば得体の知れない魔法は飛び道具と一緒で、才能さえあれば小さな子どもですらそれを簡単に操って、抑えるのは本人の理性だけっていう状態であちこちに存在しているんだからオッソロしい事この上無い。更に、街中の自警団やら騎士は優秀だけれど警察ほど連携が取れていないし、残念ながら誘拐や人攫いも少なく無い。
アザレさんがエルトリアを舞台にしたゲームをどれだけ理解しているかは知らないけれど、現実を見たら見栄えの良い貴族のお嬢さんが危機感を持たずに単独行動していたら、本人だけでなくそれを許している伯爵家の神経も疑われて然りといった感じだよね。
それでも一応、お二人さんも婚約者候補を辞退していっそアザレさんを推薦しては?と言ったら、ものすごい剣幕でオブラートに包みまくった罵倒を連続で浴びせられた。貴族令嬢の風上にも置けない、下世話で失礼で物知らずの令嬢を推薦などしたら、お二人さんの格が下がるらしい。
推薦したきゃあお前がやれ、といった事を最後に、もう昼食の時間だという事でお帰り願った。
最後まで、さようさようのごもっともごもっとものなかなかで通したけれど、途中、お嬢様方が『わたくしの力不足で』といった謙遜表現をされた時に「さようさよう」してしまい気まずい空気も流れたし、呆れ気味だったからもう来ないかも知れないね。