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目潰し攻撃は卑怯だよ

 教育係の説教から一週間ほど、今度は王太子妃さんの呼び出しをくらった。


 週末のあれこれの手筈を頭ん中で考えつつ、下校しようと学園内を歩いている最中に自称王太子妃さんとこの侍女だっていうお姉さんに捕まって、小洒落た封筒をぐいぐいと押し付けられたので、すわ危険物かとぶん投げモーションを取った所、丁度廊下をこっちに(ある)って来たキルさんに止められて、ちょいとばかりお小言をいただいた。

 知らない相手から気軽に物ぉ貰っちゃあいけませんってな事をキルさんに言われていたから、少々理不尽じゃあないかと抗議したけれど王太子さんとこの宮の制服を着た年若のさっきの一つも無い侍女疑うのはおかしいと反撃された。うーん、確かに、思い出してみればそうだったかも知れないが、ユーさんの素晴らしい記憶力はさておき、あたし個人は人の顔と名前を覚えるのが非常に苦手で、服なんぞその場にあってりゃあ何でも良いと思っているから相手の来ている服なんぞを覚えておく事も無い。


 つまり、ユーさんの記憶を使って、目の前にいる人の制服がどこかを当てる必要があると言われれば、意識をそこに向けて答えられるけれど、前置きが無けりゃあ無理な芸当だ。相手が目が(くら)むほどの(まばゆ)いドレスを着ているとか、服から珍妙な音が出ているとか、どこの前衛芸術家のデザインだと首を捻るほどの妙ちきりんな扮装だとか、単独で浅草サンバカーニバルをしているというのなら、流石のあたしも覚えられると思うんだけれどね。多分。

 因みに、実際の浅草サンバカーニバルだと人数が多すぎるので全部ひっくるめてサンバカーニバルの人、だ。わざわざ衣装を見て、どう違うかなんて考えない。チームカラーやらイメージやら統一性なんかも気にしない。全部サンバカーニバル。


「ですがキルハイト、侍女の服を手に入れてわたくしを害そうとする者という可能性はありませんか?」

(とはいえ、だよ、ユーさんの記憶やこっち来てから見聞きしたドロドロしたやり口に、変装や偽装があるから注意するに越した事は無いと思うんだよね)


「それは、王太子宮の見知った侍女が携えて来た王太子妃様の封緘がされた公式封筒にも該当すると思われますか?」


 緑青色の目をキュッと細めて、見られてもねえ。念には念を入れというか、先ず疑ってかかれというか、あたしに直接封筒渡してくるもんがいなかったからねえ。わざわざ年下のお子様と同じクラスに入ってくれたエピさんが、常に一緒にいてくれるからそっちに渡すのが通りだし、その(たんび)にどこの誰って教えてくれてたから、ユーさんの記憶リストに入っていない相手でも助かっていたんだよ。

 あたしのぶん投げを阻止された時点で、侍女さんは優雅なお辞儀をして去っていったけれど、あの人はユーさんの記憶リストに無かったから知らない人だと思ったし。第一、あたしに直接渡そうとして来たのがいけないよ。学園まで持って来るとかも滅多に無いし、大概は屋敷に届くから誰かっしらが先に中身を確認してくれるし、急ぎの場合は手紙を持ってきた使者がその場で開封を促して返事を持ち帰るなり、内容によっては同行するのが今までのパターンだ。


「その顔は、全部相手が悪いと思っていますね」

「そのような事は考えておりませんわ」

(悪いね、悪い悪い)


 わざわざ学園にまで来て直接渡して来たもんだから直ぐに確認すべきだってんで、空いていれば自由に使える個室の自習室の一つに三人で入って開封する。二人まで用しか空いていなかったからちょいと狭い。


「開封確認次第、王太子宮まで来いと」

「急ですね。王太子妃殿下の直命ですから、従わないと面倒な事になるかと」

「あれだね、開けたら即出向けってのは、家やら何やらに連絡するなってぇ事だね。入れ知恵とか考える時間を与えない作戦ってとこさねえ」

「仕方がありません。私が屋敷に戻って話をしておきますので、エピナートはお嬢様と一緒に王宮に向かって下さい。シオン様はおかしな言動をお慎みいただきますようお願い致します」

「大丈夫、大丈夫、あたしゃあここまで何とかやって来た強者(つわもの)だよぉ」


 なんだい、その激しい夕立でびっしょり濡れて、こもった臭いを撒き散らす外飼いの犬を見る様な目つきは。正体をバラしてからこっち、平素のあたしの伝法口調がいけないのか、あれこれこき使ったのが悪いのか、あたしが信頼しているキルさんからの信頼度の低さがちょいとばかり悲しい。

 いやね、あたし自身に対して信頼してないってぇ訳じゃないのは理解しているんだけど、どうも、喧嘩っ早くて売り言葉に買い言葉、やられたらやり返す、相手の言葉の揚げ足をとって喜ぶ人間で、ちょっとした切っ掛けさえあればユーさんの人格を放り捨ててポンポン言い通しってな風に思われているというか、何というか、その切っ掛けのハードルが低いと思われているというか。一応あたしも仕事を持った大人の端くれなんで、状況はそれなりに見て動いているつもりだし、歳下のキルさんに心配を掛けるのは心苦しい。

 じゃあ落ち着けと言われても、それはそれは性分だし。うーん。


「兎に角、滅多な事はしないで下さいね。恐らく、王孫婚約者候補として問題があると注意されると思いますので」

「そうなのかい?じゃあ行かない、ってぇ訳にもいかないね。分かったよ」


 疑りの眼差しを背に受けつつ、エピさんと一緒に馬車でガラガラとお城に向かう。学園は王子さんを筆頭に重要人物も多く在籍しているので、お城から非常に近い。はっきり言えば、お城・近衛騎士総合舎・学園。お城を挟んで反対側には王家抱えの魔術研究所や王国図書館やらがあるんだけれど、そっちも間には近衛騎士第二総合舎が挟まっている。中々丁寧な警備体制。

 爺様や父様達、国王軍は城壁に囲まれている王都の東西南北に各一つずつある城壁門の傍に大きめの詰所があって、総合舎は無い。軍は外敵から国を守るんであって、王都にたくさん集まる必要は無いからって事らしい。確かに、軍が意味も無く中央に集まったら国境警備は手薄になるし、異常事態に駆けつけられない。お城の中に軍の本部があるから、爺様達軍のお偉いさんが代わりばんこにデスクワークをしているんだけれど、軍のクーデターがあった場合、近衛騎士団にまるっと囲まれてそれはもうあれな事に出来る体制だとか何とか。怖いねぇ。


 そんな距離と配置なので、実は歩って行っても対して時間が掛からないどころか、馬車なり馬なりで行くと移動時間より城門を入る時の検査や下馬処での確認、そっから案内されての移動待ち時間でより時間が掛かるというバカバカしい仕様になっているんだけれど、淑女であるユースティティア令嬢が(かち)でこんにちはってぇのは有り得ないらしい。

 一応武門の娘なので、有事の際は馬や徒で駆けつけるってのは良いらしいけれど、平時の呼び出しにぶらりと『お呼ばれしたんで来ました』ってのは端ないんだとか何とか。とはいえ、ユーさんが帰って来た時に社交嫌いの無頼令嬢ってな評価をされては困るので、あたしだってちゃんと気を使えるからね、空気も読むし、馬車にも乗るよ。ああ、面倒くさいねえ。


ーーーーーー


 桃色、桃色、桃色に、レースとリボンと壁画やら額縁やらに天使が乱舞した部屋。開け放たれたフランス窓の上にずらりと並べられたサンキャッチャーの乱射が酷い。

 猫足のダイニングテーブルに猫足の椅子。レースとリボンがふんだんに使われたテーブルクロスに、桃色のティーセットは浮き彫りのカメオ細工の手法を使って天使が乱舞している。あたしの好きな職人仕事品、イギリスのジャスパーの桃色タイプと似通っているが、暴力的な乙女チック感の圧力が凄い。多分、装飾過多が原因だね。何事も程々が一番だよ。


 王太子妃さんは貴重な高度治療魔法の使い手で、学園在学中に実家の子爵家から侯爵家の養女になって王太子さんと婚約、妃になる為の教育を短期間で習得し卒業して直ぐに結婚した苦労人。これだけなら尊敬出来るんだけれど、成金趣味というか、少女趣味というか、何というかこう捻くれたお嬢さんみたいな所があって、あたしからすれば苦手なタイプだ。

 真面目なユーさんは王太子妃さんに多少短慮な所があっても努力と結果を尊敬していた様だから、個人では無く王太子妃としてどうなのかってな評価なら問題無いんだと思う。


 目ん玉に(しかり)が変則的にビシビシあたって嫌な気分の中、呼び出されたのはあたしだけではなくて同じく婚約者候補のグロスターべお嬢さんとマスキュールお嬢さんの計三人。

 先ずはご挨拶、当たり障りの無い季節の話題をしつつお茶を飲み、ひと段落ついた所で王子妃さんのはっつけた様な笑顔でのダメ出しが始まった。


「本来なら、わたくしがこうやってお話する必要は無いのですけれどね、わたくしも王太子妃である前に、一人の母親として胸を痛めておりますの。皆様は未だ母の気持ちというものが分からないでしょうけれど、同じ女性としてわたくしの心苦しい思いを少しは理解出来るのでは無いかしら。妃殿下も心配しておられて、わたくしも心苦しい思いをしておりますわ」


 眩しすぎて視界がおかしくなったまんまなのが気になって気になって、王太子妃さんの言いたい事なんてどうでも良くなってきたよ。可哀想に付き添いって事で席の後ろに突っ立つ羽目になっているエピさんには、申し訳ないけれど後で内容の確認もお願いしないといけない。

 残りのお二人さんがどんな顔をしているのかも分からないし。あちこち見るのは失礼になるからね、見た所で、光の残像しか見えないけれど。王太子妃さんから見て、あたしの顔に光が反射しているのが分かると思うんだけれど気にしていないのか、気にならないのか、自分の目ん玉に光が入らないからどうなっているのか想像もつかないのか。何れにしても、こちらの事を余り考えていないって事だよね。

 侍女のお嬢さん方も、婚約者候補三名が目潰しくらってようが何だろうか、指示がなけりゃあそのまんまにしているんだからその程度の扱いって事で理解した。後で一人一人とっ捕まえて文句を言えば、あれこれ言い訳小訳するんだろうが、それをやった所で王太子妃さんに泣きついて、どっかから経由であたしが責められるんだろうし、どうせ王子さんと結婚するつもりはこれっぱかりも無いんだから放っておけばいいさね。


「よろしいかしら?わたくしからすれば、三人とも可愛い我が娘の様な存在ですの。その娘達がたった一人の息子に、余り評判の宜しくない娘を近付けるなんておかしいでしょう?貴女達は王家の臣下としてどのように考えているのかしら。オルクスの罪は貴女達の罪、オルクスを止められず学園の風紀を正せない貴女達に対して期待はずれも甚だしく感じているのわたくしが間違っているのかしら?」


 娘なのか臣下なのか、一言の中で都合に合わせてコロコロ変えるのその頭が間違っているんじゃあないかね?

 グロスターべお嬢さんとマスキュールお嬢さんは大袈裟にならない様な調子で否定しているけれど、その表情までは分からない。紫やら緑やら赤やらの残像で。もしかしてお互いの表情を読ませない為の計略だとしたら、王太子妃さんは策士だよぉ。


「先程から黙っているけれど、ウィスタリアはどう考えているのかしら?わたくしが聞いている学園内での貴女の評判は決して芳しいものでは無いのだけれど、公爵家の一員として王孫であり第二王位継承権を持つオルクスをどの様に支えているのかしら?入学前には分からなかったけれど、全ての成績が良いものだと思っていたのに不足している能力があるわね。貴女は全てにおいて平均点以上を取らねばならないのよ。貴女が筆頭婚約者候補として皆に敬愛され、導く立場である為の努力が足りない為に、本来なら自分で考え行動しなくてはならない事を指摘されるなんてあってはならないと思うのだけれど」


 知らないよ。目潰しを仕掛けてくる相手にまともな返事をしたいとは思わないし、未成年の子供を支えるのは親の仕事さね。今のウィスタリアの餡子は30前のあたしだけれど、王太子妃さんはその事を知らないんだから手前さんで何とかするのが筋だよ。


「口が利けなくなったのですか?」


 言葉と同時に『ビシッ!』という音が鳴り響いた。小さな悲鳴が二つ横から聞こえたけれど、ユーさんの基準なら急な音に反応する様では淑女として失格となった筈。人間、反射的に驚くのを止めろと言っても難しいけれど、王太子妃さんの話の流れから何かっしらの動きがあるかなと思っていたから全くもって問題無い。一応、ちゃんと神妙に聞いてますよの表情を作っているつもりではあるけれど、飄々と聞き流している風に取られたかも知れないね。返事してないし。

 テーブルを手だか扇子だかで()っ叩く様な相手とやり合うのはごめんなんだけどねえ。感情的にやったんなら興奮して話がし難いし、態とやったんなら性格が歪んでいるから面倒だ。

 とはいえ、王太子妃さんが手前さんの責任を無意識でも意識的にでもこっちにおっつける腹積りなら、今回は無理だと軽く宣言しておこうかね。

◇◆少しアレな言葉説明◆◇


徒;徒歩。乗り物に乗らないで歩く事。

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