魔法に縁の無い立場からすると不可能としか思えないよ
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王孫婚約者というものには、それなりの知識や技術や技能や何やかやが必要だというのはユーさんの記憶で分かっていたのだけれど、所詮婚約者候補であって確定していないし、今の王様の息子である王太子さんがピンピンしているんだから急ぎあれこれ教育する必要は無い。
実際、月に一回か二月に一回程度王妃さんや王太子妃さんとお茶を飲んだり、学園の勉強以外にちょっとした課題を別途出されたりする程度で、後はまあ立場を考えて行動しろって言われる位のゆるいレベルだった。
現在の候補者三人はユーさんと侯爵家のエルトベーレさんと辺境伯家のプリュネさん。小さい頃から国と家と自分がやるべき事をしっかりと教育されて、成長しながら自分で必要な学習が出来ると認められての選定だから、下手に王家の教育係があれこれ詰め込むと、王孫妃に選ばれなかった場合に嫁ぎ先に障りが出る。ユーさんの家は王国軍の大将軍、エルトレーベさんとこは魔道具研究の大家、プリュネさんとこは国境を守る辺境伯、王家との仲がこじれては困る訳だ。
ふざけてばかりのあたしは問題外だけれど、12歳まで頑張って来たユーさんの努力があるのだから、今現在あたしが王家の教育係二人に説教をくらっている状況に納得がいかない。
わざわざ学園にやって来て、呼び出しまでするたぁ恐れ入谷の鬼子母神。今現在の成績が悪いと、教育係さんの立場も悪くなるってぇ理由が透けて見えるどころか、はっきりくっきり理解して学習しろって言われているレベル。
「ですから、ユースティティア嬢が手を抜いているとしか思えないのです。課題を出しますから毎日必ず行って、レポートを提出して下さい」
「魔法は心理的なもので作用が左右される所があるとはいうものの、余りにも酷すぎます。これではユースティティア将軍にもご報告しなくてはいけないかも知れません」
ユーさんだったら猛省して課題だけではなく、自主学習までして結果を出すんだろうけれど、怠け者のあたしにはどうでも良い事だ。第一、魔法っていうのがあって、ユーさんがかなりの使い手だってのも知っているけれど、それはそれこれはこれ。手妻使いじゃああんまいし、タネも仕掛けもございませんってんで、何も無い所に氷の塊を出した日にゃあ元手無しでかき氷屋を開店出来るって程度のお話じゃあないかと思ってしまう。
あ、氷かきが必要か。店じゃあかき氷機って名前で売っている事が多いあれ、死んだ爺さん曰く、食う方がかき氷で作る方が氷欠きらしいけれど、合羽橋商店街で見たやつはかき氷機だったからこの辺は曖昧にして置く方が精神安定的に良いんだろうね。かき氷作る機械の名前が頭ん中をチラつく生活ってぇのはご勘弁願いたいし。
なんぞと適当に考えていたのが顔に出ていたのか、お二人さんのお説教が長引いで、解放された時には放課後の予定を丸々変更しないといけない状態になってしまった。
最後までやりますと言いつつも態度が等閑だったのがバレたんだろうけれど、それが分かったんならあたしに文句を言うんじゃあ無くて、候補三人の中でのあたしの評価を黙って下げてくれないもんかねぇ。爺様に言いつけてやるからーなんぞと言われた所で、あたしは痛くも痒くも無いし、寧ろ自分で報告する手間が省けたてんで大喜びするだけなんで、是非問題点をはっきりと事細かく報告していただきたい。
解放されて、あたしとキルさんは馬で、エピさんは手荷物と一緒に馬車で帰宅。一緒に登校する事になったエピさんは『乗馬出来るように頑張ります』と言ってくれたんだけれど、エピさんは男爵家から成人後に役立つ様に行儀見習いも兼ねて働いてくれているんで、寧ろ覚えないで馬車を使って貰って停車場やらなんやらの確保や荷物が多くなった場合に対応出来る様にお願いした。馬車の隠し荷物入れには、非常時にも対応出来る様に東飛鳥変装セットも入っている。
「魔法なんぞ無くても、それに変わる何かがあれば十分だと儂は考えておるがな。無論、知識や実力はあった方が良いというのも分かっておる」
「シオンはどうして魔法が苦手なのか自分で理解しているのかな?」
豪快に気にするなと笑う爺様と、優しく質問してくる父様。教育係のお二人さんはちゃーんとお仕事をしたらしく、あたし達の帰宅よりも早く『ユースティティア公爵令嬢の魔法全般の成績が芳しく無いので対策をお願いします』ってな手紙が届いていた。これであのお二人さんあたしの不出来を責められたとしても、報連相はしたとあたしに罪をおっかぶせる事が出来る。実際、あたしがいい加減なせいだし。
「あー、魔法を信じていないから、じゃあないかと思うんですよね」
「ふむ、つまり?」
「あたしは魔法の無い世界から来てるんで、この世界の魔法ってのは荒唐無稽な物語と一緒なんですよ。しかも、あたしゃあファンタジーより少年探偵団派なんで、気球で去っていく黒マントとかいうレトロな方がまだ頷けるってもんです」
「気球とは?」
「空気をあっためると比重が軽くなるじゃあないですか。で、そのあっためた空気をひっくり返した袋に溜めたら浮きますよね。でっかい布袋に紐でカゴをぶら下げて、袋ん中の空気をあっためてカゴに乗り込んで空ぁ飛ぶんです」
「それは拷問の一種かな?」
「いや、熱気球イベントは大盛況らしいですよ?あたしゃあ乗りませんけどね。人間、おっこったら死ぬとこに不安定な足場で上がっちゃあだめですよ。専門職なら良いんですけれどね、鳶とか、出初式とか。ああ、でも、人様の趣味をあれこれ言うのは野暮なんで、熱気球に楽しく乗れるんならそれはそれで良いなとも思いますよ。あたしにゃあ一生見られない景色をガラス越しでも無く生で見られるんだから」
「シオンと話していると未知の言葉がどんどん出てくるな」
話の流れから中学の部活レベルの熱気球を作る事になった。紙を糊で貼って下の空いた箱を作り、紐で木の椀をぶら下げる。腕の中に蝋燭を入れれば、簡易熱気球の出来上がり。蝋燭に火を着けて箱の中にあっためた空気を溜めていけば、ふわりと浮かぶ。
暖かい空気が上に上がるってぇ事を知っていれば原理は分かるけれど、無いもんをイメージするのは難しい。爺様と父様は好奇心旺盛だから、面白がってくれて良かった。
「あたしからすりゃあ生身で空飛べるってぇ人がいる方がおかしいんで。ユーさんが攻撃やら回復やらの魔法を使えた事は知っているし、どうやったら使えるのかってぇ事も、どういう理屈がベースになっているのかってぇのも知っています。これはユーさんが一生懸命勉強して、実践して、調べてってぇ努力をした結果だから、これは褒めて褒めて褒めまくるべきですねぇ。戻って来てお話出来る様になったら、いの一番で頑張った、素晴らしいってぇ褒めてやって、それから無神経な男親と男ジジイでごめんなさいをするのが良いと思うんですよ。大体、この家の人達は、お互いを思いやっているのに言葉が足りないよ。口なんざぁ幾ら開けたって減らないんだから、寡黙に己の姿を見せりゃあ理解して貰えるってのも事実だけれど、喋りたくったって喋れない人だっているんだからさ、そこはちょいと曲げて大切な相手を安心させる為にねぇ」
「シオン様、話がズレています。今は魔法の話です」
「いやいや、キルハイト、重要な話だぞ。確かに儂らは言葉が足りなかったし、小さなウィスをどう扱って良いのか分からないからと、気持ちを伝える事を怠っていた。上手く話せずとも話す時間を作っていかねばな。じゃが、今更伝えても遅くないか?聞いてもらえないのではないか?」
「そうですね。今まで言われた事については直ぐに応える様にしていましたが、無骨な我々は気持ちまで寄り添えなかったですし」
「確かに、もっと早かったら拗れなかったとは思いますけれどね、遅い早いじゃあ無いんですよ。思い立ったが吉日、手遅れだろうが何だろうが、そこに気持ちが残ってりゃあ挽回の目はある筈です。第一、家族を思っていたからこそこうなったんでしょうから、大丈夫ですよ」
家族の絆大事。育ての親である爺さんと婆さんも冷たくなって、実親に成人したしもう完全にどうでも良いってぇ扱いを受けているあたしが言うんだから間違い無い。ちゃんと気持ちを伝えておかないとダメだ。夢で日本人に転生したユーさんの可愛い姿を見て、ニヤニヤ満足しているだけじゃあダメだ。
後はレルお兄ぃさんとの仲も修復出来たら更に良いんだけれど。
とにかく、家族の絆の話はここまでにして、改めて魔法についての話し合い。ウィスタリアが婚約者候補としてどういう立場でいるかをすり合わせておかないといけないよ。
「シオンは魔法が使えたら便利だと思わないのか?理屈や理論よりも、先ずは使いたいと思った方が良いと思うぞ」
「そうなんですかねぇ。あっためたり冷やしたりの調節が上手く出来れば、便利っちゃあ便利なんでしょうが、そんな得体の知れないもんを使うよりは、確実性のある方法と道具を使いたいってのが基本なんで。それと、王子さんの婚約者候補から婚約者になって、罷り間違って結婚したとして、魔法使いますかね?使えるってぇ事そのものが重要なのは分かるんで、使えた方が良いんでしょうけれど、それは王子さんと結婚したいってぇ前提があっての話ですよね。あたしゃあ不誠実な思春期青春正義と愛を叫ぶ王子さんと結婚したく無いし、今から幾ら不義理を挽回したとしても、またやらかしかねない王子さんとユーさんをくっつけたいとは毛ほども思いませんね」
「「「そうだな」ですね」」
頷く爺様と父様とキルさん。あははと笑うエピさん。手紙を届けてくれたルーストさんも笑いを噛み殺している。
「だが、エルトリアでは魔法関連の能力を重視するからな。儂らだってただ剣を振るっているだけでは限界があるから、自分の持つ魔力を利用して戦うのが基本だ。魔力ゼロで能力がなければ、貴族に生まれても疎んじられて本人の希望など一切聞き入れずに、貴族と縁を持ちたい力のある平民との婚姻を結ぶのが通例だ」
「大切にされている公爵令嬢であっても、能力が低ければ陰で嘲笑われますよ。シオンは気にしないでしょうけれど」
「気になりませんねぇ。学園を歩っているだけで上からバケツの水が降ってくるとか、教科書が破られるとか、靴に画鋲が入っているとか、弁当にゴミが振りかけられてるとか、教室に閉じ込められる程度ならまあ、思春期の子供の悪辣さってのはえげつないな、位にしか思いませんし」
何故か部屋の全員から、悲痛な表情を向けられている。
「ウィスのいる世界は、そんなに恐ろしい獣の様な者達が跳梁跋扈しているのか⁉︎ 」
「そんな恐ろしい残虐行為が日常茶飯事なのですか⁉︎ 」
「い、今直ぐ女神神殿で祈祷をして、お嬢様をお助けしないとっ!」
あ、ああ。そういう事ですか。
「いや、待っとくれ。今言ったのは、なんていうかこう、意地悪な物語の様式美って言うか、無いですよ?無いです。ええ、ありませんよ?ある意味、何て言うんですかね、えげつない物語として、こうね、より派手派手しく表現するってぇ感じで、娯楽のね、あの、こっちでいう所の舞台とかのシナリオで、辛い生活を送っていた娘さんが望外の幸せを手に入れる話とかで、序盤不幸な目に遭うってぇやつ。そんな感じで、悪ふざけでちょっと水を掛けるとかあるじゃ無いですか、エルトリアでも。こうね、子供の心の成長中に生じる何かこうモヤモヤしたものが、ちょっとした悪意に変わって、そっから虐めというか意地悪ってのが発生する事ってありますよね?」
「ウィスに水を掛けるなどという蛮行を働く者がいたら、その腕をもぎ取ってくれるわ‼︎ 」
「いませんから、実際はいませんから!腕はもがないで下さいな!第一、ユーさんの過ごす六年間、あっちの世界じゃあ親の完全庇護下にいる時期と、小さな子達が集められてお歌を歌ったり簡単な四則演算を習ったり、楽しくピクニックしたり公園でみんなで遊んだりするプレスクールに通う時期ですから!虐めとか発生する環境じゃ無いし、親もプレスクールの先生もべったりはっついて喧嘩があって即対応出来る時期なんで!それと、ユーさんには女神の加護がついているんですよね⁉︎ 安全安心の女神さんが!女神に愛されるユーさんだから、性格の悪い連中は寄って来ないんじゃ無いですかね?」
あたしの必死の言い訳に、剣呑な空気が消えた。小学校入学で起きるいざこざあたりは触れずに誤魔化したが、安心してくれたのなら良かったよ。そして最後の女神のダメ押し。こちらの女神さんは手厚いっぽいからね。あたしの事は完全に放置しているけれど。
「良いんですよ、あたしゃあ。やられたらやり返すし、成績の悪さを追求されたら王子さんが不誠実で心が落ち着かないんですとでも言って、あちらさんに嫌な気分を味わわせてやりますから」
「ですがシオン様、殿下の婚約者候補として、そのように心の弱い事を言うのは間違っていると指摘されますよ」
納得しかけた男性陣に対して、心配そうな顔のままのエピさん。そういえば、あたしが来る前まで王妃さんや婚約者候補のちょっとしたお勉強に随行してくれていたから、エピさんが一番客観的に状況をよく見ている立場だ。
「殿下が候補者以外の方に気持ちを動かされているのは、候補者の方々の努力が足りない。王家に嫁ぐ候補である栄誉にある者が、どの様な理由であっても、他者に責任を押し付けてはいけない。王家の配偶者になるのであれば、常に完全完璧でなくてはいけないと言われているのを何度も聞いております」
確かにそんな記憶がある。真面目なユーさんが『とにかくもっと頑張らなくては』と自分を追い詰めていった記憶もある。
「モラルハラスメントってぇやつだねぇ。あたしの国じゃあ、然るべき機関に恐れながらと訴え出れば、教育の仕方に問題ありと指導が入るよ。爺様、父様、あんまり酷いようだったら、ぶっ倒れたふりしても良いですか?あちらさんもちょっと思い知れば良いんですよ。努力を重ねて来た人間に、積荷だけをどんどこ増やして、己の指導力、状況判断力の欠如を未成熟な娘達におっつけて、それを誤魔化すために屁理屈捏ねて逃げ道を塞いで来るなんざぁ、鬼悪魔の所業だよぉ。黙ってやられっぱなし、言われっぱなし、にしておくと付け上がっていけないよ」
「それはシオンに任せる。儂の知らない所でウィスを苦しめていた奴らにはツケを払わせねばいけないな」
「状況は逐一連絡してくれれば、私と父上でシオンの立場を守るからね」
「ですが、シオン様はやり過ぎる所があると思うのですが……」
「キルハイト様、お嬢様は今まで良い様にされて来たのですよ。その所為でこんな事になっているのです。シオンさんのサポートをするのが、私達の役目でございます。存分に仕返ししてやりましょう!」
エピさんの目がギラリと輝いた様な気がした。やっぱりこういう事は女性の方が怖いねぇ。こういう怖いのは大歓迎だよぉ。
◇◆少しアレな言葉説明◆◇
おっつけて;押し付けて。相撲の技のおっつけも同意の押し付け。
◎おまけ◎まあまあ使う言葉で発音も同じ「おっつけ」というのもあります。漢字だと追っ付けで、やがて、後から、直ぐに、直ちにという意味になります。「おっつけ(後から)来るだろう」「おっつけ(直ぐに)参れ(行きなさい)」といった使い方になります。
◎補足おまけ◎
・合羽橋商店街;調理器具、飲食店関連商品を扱う商店が並ぶ商店街。外国の旅行者にも人気な食品サンプルのお店もあり、サンプル作成体験もやっている店もあります。2021年7月現在、コロナ対策の為、体験中止の店も多く、観光客も減少中。
・少年探偵団;江戸川乱歩、明智小五郎シリーズに出てくる小林少年を団長として子供だけで構成された探偵団。子供ならではの機動力と潜入力で明智小五郎をサポートする。
紫苑の読書傾向設定はレトロな小説や落語本としています。江戸川乱歩、横溝正史、黒岩涙香(訳のゴシック含む)、岡本綺堂(訳のゴシック含む)、初代三遊亭圓朝など。外国物だとルブラン、クリスティ、ドイル、アシモフ辺り。
なので、トールキン、ドラゴンランス、ハリーポッター、はてしない物語、ナルニア等々のファンタジー小説は未読なので、魔法が上手くイメージ出来ないという設定になっております。
(この辺りは話の中で書いているのですが、念の為補足)




