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【別視点】キルハイトの憂慮【従者side】

 シオン嬢は自分の事を短気でいい加減な怠け者と表現するのだけれど、実際は不言実行、一人で直ぐに出来る事ならやって事後報告するし、ちょっとした事は何でも自分でやってしまう。小器用で多趣味、興味さえ持てば面倒な事も学習するし、元の世界で全く必要の無い学園の復習も『何で今更お勉強しないといけないのかねえ?』と皮肉っぽい笑みを浮かべつつこなしている。

 ウィスタリアお嬢様が戻って来た時に、せっかく覚えた事を忘れてしまっていたら可哀想だと言って、護身術や馬術もコツコツやっているし、お嬢様の知識を使って領地経営のアドバイスまでしている。


 平日は朝からストレッチ体操とやらをメイド達と行い、軽く護身術の復習。朝食を摂って騎乗で登校。真面目に復習になる授業を受けつつ先生に許可をとって、より高度な教本に目を通す。昼休みは教室で昼食を摂りつつ図書館から借りて来た本を読む。行儀が悪いと注意しても『時間が勿体無い』と言って止めず、挙句、上品な所作で読書と食事を両立させる始末。あちらでは食事と読書の同時進行は当たり前でしたか?と聞けば、得意気な顔で「ダメだったね。やってたけど」と答えるのが小憎たらしい。

 放課後は曜日ごとに違う慈善院に顔を出して、手仕事の指導と希望する者に読み書きの指導。帰宅後は彫金師としての仕事をしたり、公爵閣下や次代閣下と情報交換。


 どう考えてもよく動き向上心のある働き者だ。


 それをお嬢様の小さな体でやるのだから、そのうち過労で倒れるのでは無いかと屋敷中の者に心配されている。


「疲れた時は昼寝とかしてるよ?早寝早起き、好き嫌いしないでよく噛んで食べる。毎日適度に体を動かして、思った事を溜め込まない。腹が立ったら大いに怒り、楽しかったら大いに笑う。せっかく若返って良くして貰ってるんだから、自分からどんどん動かないとね」

「ご自分で動くのは構いませんが、私に面倒な事をさせるのはお控えいただけませんか?」

「あたしの世界では立ってる者は親でも使えって言葉があってね、有能な人を遊ばせておくなんて勿体無い事出来ないよぉ。第一、キルさんは本当に嫌な事はきっちり嫌だって断れるお人だろう?それに、あたしが断られたからといって根にもつ人間じゃあ無いって事も理解している筈だ」

「その絶大な自信はどこから湧いて来るんですか?」

「目黒不動尊辺りじゃあないかね。東京の名湧水の一つだけど、あっちの話をしても意味は無いね。冗談はさておいて、あたしの中に残っているユーさんがキルさんに対して持っている、信頼感が自身の根拠だよ」


 ウィスタリアお嬢様の記憶。


 シオン嬢は時々、お嬢様の記憶の話をする。今は安全な所で療養している様な状態のお嬢様が、こちらに戻って来た時に困らない様に、悲劇を繰り返さない様に、必要な情報として話す事もあれば、皆の模範となる貴族令嬢であったお嬢様が隠していた気持ちを伝えて来る時もある。

 勝手にお嬢様が家族や使用人に抱いていた気持ちを話すのは、心を覗き見するみたいで良くないと思い、シオン嬢に注意したのだけれど『誰だって大切に思っている人に好意を告げられたり、素敵だと思っている人に信頼されていたら嬉しいでしょ?あたしはユーさんじゃないから、人間関係を円滑にする為に言葉にする事にしてるんだよ』と言って聞き入れない。


「キルハイトのお陰で違うブローチを王妃さんの注文品と一緒だと誤解させられたよ。ありがとうね。キルハイトの事だから、直接噂を撒いた訳じゃあないんだよね?」

「公爵家の一時雇いのメイドから、更に別の家のメイドを通じて、最終的にメガイラ伯爵家のメイドに流れる様にしました。同じクラスの者だと、デザイン流出の出所を直ぐに特定されてしまいますからね。ですが、目眩しも含めて、レルヒエ様のクラスメイトの婚約者のメイド経由でも流しましたし、王妃様もお喜びになって下賜のお披露目前にデザインについて少しお話になっていたそうなので、特定されないかと」

「ならいいけれどね。一応、信用して頼んだけれどちょいと心配していたんだよ。もしキルハイトが出所で騙されたってアザレさんが思ったら、あの鬱陶しいお嬢さんが何度も突撃して来るに決まってるからね」

「その鬱陶うしくて面倒臭い状態になるかも知れない事を分かっていて私に指示されたのですね」

「ごめんねえ。でもさ、最適だなって思って。さっきも言ったけれど、不味そうな時は直ぐに断ってくれて構わないからね。それと、あたしに出来る事があったら言っとくれ。気になる女の子にちょいとしたアクセサリーを贈りたいってぇのなら、気合い入れて作るよ」

「そういう縁はありませんので結構です」

「そうかい?造作も良いし、気もきくし、仕事もヤットウも出来て、学園じゃあチラチラ見てくるお嬢さん方もいるのに、あたしなんぞにこき使われて勿体無いねぇ」

「そう思うのなら、余り心配を掛けるような事はしないで下さい」

「分かってるよぉ。ユーさんの体に傷が付かないように、君子危うきに近寄らず、だ。けどねぇ、虎穴に入らずば虎子を得ず、当たって砕けろ、代償覚悟の示現流、火事場の蝋燭、雨の前の紙の雨ガッパ」


 自分で出来る事は全部自分で行う。ウィスタリアお嬢様もそうだった。公爵令嬢として、王孫婚約者候補として、隙も弱みを見せず計算し尽くした表情と所作と言葉で、一人で戦い悪意に押し潰された。

 シオン嬢とお嬢様の違いは、自分から助けを求めるか、求められないか。シオン様は適宜手助けを求めてくるけれど、それに対して自分は何を出来るか提案して来る。お嬢様はとにかく迷惑をかけない様に一人で抱え込んでしまう。


 シオン様はお嬢様に対して罪悪感を持った私達に『信用して好きだからこそ心配を掛けたくなかった気持ちを受け取ってあげて、帰って来た時に笑顔でお迎えしてあげて欲しい』と言ってくれた。それが私達にとってとても救いになったのだけれど、口は悪いわ、表情はくるくる変わりすぎるわ、やたらと悪ふざけをするわ、こちらが咎めると柳に風と飄々として聞いているのやらいないのやらと言った態度をしてくるのだからタチが悪い。


 一人二役の時点で無理だと思ったのに、年頃の女性の顔に偽装とはいえ傷痕をつけると言った時は正気を疑った。止める周囲を尻目にどんどん醜い傷痕を作り『これで暗がりから「ももんがあっ」て出ていったら財布の一つも落とすかね?落としもんは交番へ、じゃなくてエルトリアだと自警団へ、だね。(しろ)った人は何割貰えるんだろうね?』とご機嫌で単身自転車に跨って出掛けていき、しっかりとゴロツキに絡まれたという報告を受けたからさぞかし怖い思いをしただろうと思って、気を使って帰宅を出迎えれば『いやあ、ルーストさん強いねえ!あたしゃあ感心したよ。どこに居たか分からないから、ちょいと肝が()えたけどシュッと現れて、バッとやったら、ドッて倒れたよぉ』とケラケラと笑っていた。

 本人曰く『あの御面相で平民の服来た状態で護衛を引き連れていたら、怪しがられて正体を勘ぐられるよぉ』と言う事なのだけれど、見た目で傷があるだけで見下したり暴力を振るう下衆もいるという事を、もう少し理解して欲しい。確かに、お嬢様の体に残るような傷が出来てはいけないけれど、平和な世界から来たシオン嬢に怖い思いをして欲しくないと思う。


 無理をさせてはいけないと護身術の訓練時間を減らして、強い護衛を増やす提案をしたら『確かに中途半端に武術を齧って、変な自信をつけると大怪我するんだよねえ。かなりの実力をつけるか、基本逃げの一手と守られる専門のどっちかの方が安全だよ。それに』と返して来たので、てっきり鍛錬を止めると思っていたら『適度な運動は必要だし、現実危ない時に体力が無いと逃げられないし、攻撃の動きってのを学んでおいて損は無いよね。訓練の安全なキッタハッタのチャンバラは楽しいよ?』と参加して『あああ、無駄に忙しいよぉ。何でこんなにやる事が多いんだろうねぇ』と笑っているのだから矛盾している。


「キルハイトもエピさんもちゃんと休暇を取っているかい?朝から晩まであたしの周りにいてくれるけれど、人間ちょくちょく休みを取らないとガタが来ちまうんだから、ちゃんと休日申請しとくれ。休まなかったせいで隙が出来て、その時あたしがズンバラリってな事になったら泣くよ?明日中に申請が無かったら、あたしが適当に出しちゃうからね?」

「シオンさんの休みの方が真面に取れていなくて心配ですけれど?」

「あたしゃあ大人だから適宜ちまちま休んでるよ。何度も言うけれど、お二人はあたしからすりゃあ保護の必要な未成年なんだから、雇用側の立場としてきちんと休めているか確認する義務があるんだ」

「シオン嬢から離れてしまっていては、何をやらかすか心配で心が休めません。それから、ズンバラリの意味が分かりませんが、私に隙はありません」

「休みん時はあたしの事なんぞ忘れてパーっとやるんだよ、パーっと。こないだ二人に無理やり休暇取らせた時、あたしの事を然りげ無くストーキングしていたのは知っているんだよ?お前さん達は美形と美人さんなんだから、隠れても直ぐに見つけられるんだからね。と言っても、見つけたのはルーストさんだけど。あ、ズンバラリはバッサリ切られた時の擬音だよ。袈裟懸け、胴切り、兜割り、ズバッとバサッとズンバラリ」

「えーっ、あ、あれは偶然同じ方向に用があったんですよ?」

「エピさんもキルハイトもユーさん好きすぎだよ。大丈夫だから、見ていないと死んじゃう生き物じゃないから」


 死ぬまではいかなくとも、碌でもない事をしたり、問題を起こしたり、窮地に陥る生き物にしか思えない。


 確かに図々しく面倒事や厄介毎を押し付けて来るし、あれこれ口に出して全く遠慮している様に見えないのに、どうも心配になってしまうのはどうしてなのだろうか。お嬢様が戻るまで後四年程、長いのか短いのかは分からないけれど、付き合っていくのはそれ程嫌じゃない、かも知れないと思える様になったのは何時からだったのだろう。

 モヤモヤする気持ちで胸に手を当てれば、ニヤリと笑うシオン嬢が『ん?』と言いながらピラピラと休暇申請用紙を振って、俺の顔を覗き込んで来た。


「シオン嬢、距離が近すぎます。公爵令嬢として、婚約者候補がいる立場として、適切な距離を考えて行動して下さい」

「ふえーい」

「返事」

「はいはい。次からはこの様な事は致しません」


 お嬢様の無表情をきちんと纏ったシオン嬢を見た俺は、何故かよく分からない違和感に包まれてため息をついた。

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