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他人様の好奇心を満たすつもりは無いのです

 式も終わりの挨拶で仕舞い(しめぇ)という事で、案内されるままに教室に向かう。西洋建築の学舎は湯島んとこの旧岩崎邸がより大きく立派になった感じで、そこにカラフルな髪と目ぇをした生徒達がいるんだけど、ユーさん機能で違和感を感じなくて済んだ。いやあ、あたしだけだったら逃げてるね。別に良いんだよ、髪なら美容院で目ぇならカラーコンタクトで変えられるからね。でもさ、今までの日常と別次元をすんなり受けれる程の度量の大きさはまだ無いよ。女神の加護とやらとユーさんの力で何とかなってるんだから。


 移動中も席に着いてからも、お嬢さん達が好奇心満々の顔で「エスコートは」とか「ユースティティア卿は」とか「本日はどうして」なんて話しかけて来るんで、黙って微笑み続ける。ユーさんだったら丁寧に当たり障りの無い受け答えするんだろうけどさ、何をどう言ったって勝手にあれこれ想像して、あの時ああ言ったのはこういう理由だったんだねえって痛くも無い腹ぁ探られるんだ。

 だったら好き勝手想像して貰ってさ、向こうさんが「こうだろ」って言って来たら否定すれば良いだけだよ。否定するだけなら、向こうにさんにそれ以上の情報を差し上げなくて済むからね。まあ、想像力豊かなお子様相手に話題を提供してやる義理も無いし、相手するのが面倒ってのが一番なんだけど。


 12歳のクラスは3つに分かれていて、王子さんはお嬢さんと一緒で、あたしは婚約者候補の二人と一緒。お二人さんは王子さんとお嬢さんがお(しな)さんみたいにはっついてたのと、同じクラスでじょうびったり(説明あり)になるのが気にくわない様で、あたしと話したいらしく、こっちをチラチラ見ながら二人でこそこそ話してる。

 婚約者候補になって2年間、それなりの付き合いがあって困った時はちょいと集まっていた三人だけど、真面目なユーさんが矢面に立つのが常だった。今までは何か問題や気になる事があれば、優しいユーさんがあちらさんが何もしなくても先に動いていた。けどね、あたしはしない。無視するつもりは無いけど、態々出向いて仕事を増やす必要は無いからね。

 言いたい事があるんなら、そっちから話しかけておいでなってもんだ。


 入学初日という事で、学園の規則の再確認やら持ち物や通学手段についての確認をした後は帰って良いというので、面倒におっつかまる前に教室を出た。お昼もまだだし、ちょいと街に寄って行きたい。こっからユーさんの家は歩いてもご大層な時間は掛からない様だけど、安全や対面の関係で馬車で移動するのが普通らしい。

 大きな出入り口から大きな門を眺めれば、大量の馬車が止まっている。二十六年の人生の中で、馬車を見るのは初めてだよ。ユーさんの記憶があるから違和感は無いけど、その違和感が無いっていうのもおかしいもんだね。あんだけの馬車が一気に走ったら大渋滞が起こりそうだし、もうちょっと何とかならないのかねえ。せめて人力車とかさ。人力車なら、俥夫(しゃふ)一人で済むからね。


 あん中に、ユーさんの馬車が混じってるってぇのは分かっているけど、あたしゃあそれに乗る気はこれっぱかりも無いよ。楽しい観光旅行じゃああ()まいし、何が悲しくって、歩いた方が早そうな距離を乗った事も無い乗り(もん)に揺られないといけないんだい。それにね、あたしゃあ買い(もん)に行きたいんだよ。ユーさんにゃあ悪いけど、あたしの良い様に動くし、持ってるお金も使わせて貰うよ。


 生徒の流れは大きく二つに分かれていて、片っぽが馬車に向かい、もう片っぽが脇の小さな門に向かっている。脇の門から一人で歩いて帰る生徒は少なく、男子なら数人ずつ固まって女子なら誰かしらのお迎えと一緒に帰って行くのが基本らしい。単独で帰る生徒は少ないけど、紛れてなら問題無く出られそうだね。

 けどさ、この頭は目立つよ。いやね、良い色だよ、紫は、上品だよ。あたしの名前でもある紫苑色に近い色味だし、紫系はあたしも好きだ。目ん玉だって、菫色でお揃いだしさ。だけどねぇ、他に居無いんだよ。

 そりゃあね、王子さんやその周りにいる人達は目立つ色味をしてるよ?金だの、赤だの、青だのってね。だけどさ、他にもちらほら居るんだよ、金だのは。ご丁寧に目立つ紫なのがユーさんとそのお兄さん。二人のお母さんが紫だから遺伝ってぇ事でどうしようも無いけどね、選べるんなら茶色か黒が良かったよ。目立たないし落ち着くからね。


 文句を言ってても始まらないし、ポケットからハンカチを2枚出して一枚で適当に纏めてもう一枚で覆えば、それなりに見られるほっかむりだ。アレだね、顔立ちがバタくさいと、ほっかむりも何やら西洋画みたいな感じになる気がするよ。

 街の地図は頭の中に入ってる。けど、ユーさんは移動は常に馬車を使っていたから、実際に歩いた記憶は残っていない。便利な事にお金や荷物は収納魔法道具になっている指輪に入っているから、歩くのに邪魔な物が一切無いのは楽なんだけど、本当に持ち歩けてるのか心配でちょいと頼りない気もするね。それにしても魔法ってやつは凄いねえ。けどさ、目に見えないけど持ってますってぇのがね。いや、便利なもんは何でも使うけどさ。

 ユーさんとこのお迎えの人達が叱られなきゃあ良いけどね。真面目なお嬢さんが急に寄り道したいなんて言った所で、相手にしてもらえないだろうし、後でちゃんと詫びを入れないといけないよ。


 穀物を扱っている店に入ると、重さを計って袋詰めされている家庭用の棚を端から確認していく。欲しい分だけの計り売りもしてくれるし、未脱穀でも粉でも頼んだ状態で売ってくれる。


「お客様、何をお探しですか?」

「お米が欲しいのだけれど」

「米ですか?ございますよ。店頭では余り出ませんので、店頭にはありませんが直ぐご用意出来ますが、いかほどご入用ですか?」

「先ずは品物を見せていただけますか?」


 エルトリア国内では米は作っていないので、東の国、秦華や陽から輸入しているのだけれど、距離もあるので値段も張る。秦華が中国で陽が日本と言った感じだね。米に固執するつもりは無いけど、せっかくあるんだったらいろんな物を食べたいよ。と言っても、今日買うのは細工物に使う為なんだけどね。

 米粉に砂糖を混ぜて練って蒸して、熱いうちに形作ればしんこ細工の出来上がりだ。ただの趣味っちゃあ趣味だけど、手先を(いご)かす事が重要さ。それに、ユーさんがやっている孤児院への慈善事業にも使えそうだよ。コツさえ掴みゃあお子さんでも出来るからね、事前バザーの商品に出来ると思うねえ。


 少しっぱかり買うだけなのに、店主は親切に仕入れ元が違う三種類を見せてくれた。商売人ってぇのはこうでないといけないね。出来ればここで米粉にして貰いたいとこだけど、研いで水上げして曳いてとなると手間が掛かる。先に連絡をすればやっといてくれると言うんだけど、一度試してからじゃないと注文は出来ないよ。

 ユーさんは家の台所でお菓子を作った記憶はあるけど、石臼や蒸し器の記憶は無い。焼き菓子を作るのが好きだった様だけど、使わない器具は覚える必要無いからね。無かったら買うけど、未だ入っていないユーさんの部屋は完全な西洋風だ。石臼が似合うかってぇ言えば、似合わないね。


「ではお客様、こちらで宜しいでしょうか?お持ち帰られますか?お届け致しますか?他にご入用の物はありますでしょうか?」

「そうですわね、少量なので持ち帰りますわ。それとお砂糖もあるかしら?」

「ございます。どの様な物を差し上げましょう?」

「白くてより細かい物が欲しいのだけれど」

「畏まりました。こちらは同じく秦華や陽の物が宜しいのでしょうか?

「きめ細やかならどちらの品でも気にしませんわ」

「気にしていただけると助かるのですが、ウィスタリアお嬢様」


 不意に後ろから声をか掛けられ、ゆったりと振り向けば、あたしにとってはお初さん、ユーさんからすれば毎日よく拝んでいるお(しと)が、はっつけた様な微笑みを口元に、全く笑っていない目ん玉をこっちに向けていた。

◇◆ちょっぴりアレな言葉説明◆◇

お雛さん;お雛様。『ひ』が『し』になるのはお約束。一人に対して「お雛さんみたい」と言えば色白、可愛い、美しいという褒め言葉。二人一緒ならいつも一緒のセットという意味に。

じょうびったり;常にピッタリ。常に一緒。

俥夫;人力車を引く人。

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