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鬱陶しく粘着されたので誤解の種を蒔きました

 一人二役、ユーさんやその師匠としてあちこちの慈善事業所に顔を出せば、お願いしなくても城下町の最新情報が入って来る。特に、孤児院のお坊ちゃんお嬢ちゃんは、目立たない小さな体と機動力で神出鬼没の活躍をしてくれるからありがたい。若いって素晴らしいねぇ。あたしも一応十四歳って事になっているんだけれど、考え方がババ臭いし、子供ならではの無鉄砲が出来るのは本物だけだよ。

 年長者も友人付き合いや、井戸端会議、各慈善院で割り当てられている作業の関係辺りから色々な情報を仕入れて来てくれるし、こっちは城下町の流行や物価、貧困や病気なんかの状況を庶民の感覚で教えてくれるので公爵家にも有効的な情報源だ。


 お陰さんで王子さん達の城下町での言動がよく分かるようになった。屋内の見張りは出来ないものの、連中の行動先さえ絞れれば後はさまざまな(つて)から様子を探れると、爺様と父様とシュザームさんという渋粋実力者が悪い顔で話をしていた。爺様が悪大名で、父様が悪代官、シュザームさんが悪廻船問屋だね。


 そうして二役に忙しいあたしと違って、ぞろっぺぇ連勢揃いや、アザレさんと誰かの御神酒徳利で、レストランやカフェに入ったり、ちょっとした宝飾店に入ったり、訳知り顔で大きな商店を覗いたり、本屋で話題を本を眺めたり、露店で買った飲食物を広場のベンチで食べたり、デートスポットで夢を語ったりと、充実した余暇を過ごしているらしい。

 学生さんなんだからもうちょっと勉学に励んでは如何だろうか?大人になってから、雑事なんぞ念頭にも浮かばず勉強に打ち込める環境って素晴らしいって気付くんだよね。だから、学生さんの内には気付けないって言われりゃあそれまでで、遊べるのは学生の内とも言えるけどさ、結構な税金を使って生活しているんだし。


 実際、あたしが週に二日程出しているシンコ細工の屋台にも、毎回やって来て手の掛かる題材を吹っかけてきては、高額な代金を払っている暇人達だ。勇者が騎乗した飛翔するドラゴンとか、内心は時間切れで新粉餅が固まっちまうと焦りながら、こっちも意地だから最後まで笑顔で作ってやった。

 偽火傷と面付きだから、どこまで嫌味ったらしい笑顔が通じたかは分からないけれど、ありゃあ多分毛程も通じていないね。坊ちゃん方は人の上に立って使う側なんだから、もうちょっと相手の心の機微と表情を読んだ方が良いと思うよ。


 ぞろっぺぇ連がシンコ細工の露天に来るのは珍しいもんが面白いってぇ理由が一番目なんだろうけれど、アザレさんにとっては他人を寄せ付けないユーさんへの探りを入れる手段になっている様で、合間合間に『お世話になっている公爵家はどうですか?』とか『東さんが知っている事を教えてくれませんか?』とか『ウィスは元気ですか?』ってな質問をして来る。

 それに対して『私は厄介になっているだけですので詳しい事は何とも』としか返さないのに、飽きずにあれこれ聞いてくるから恐れ入る。それと、友達でも無いのに愛称の呼び捨ては止めて欲しい。


 で、先日、王妃さんに頼まれたブローチをあちらさんから寄越された近衛騎士さんと爺様とで物々しく納品して、後日、またお褒めいただけるってぇ事を聞いた。完成品はあたしがきっちりぎっちり箱詰め包装したんで、王妃さんが確認するまであたし以外誰も見ていない状態だったから、開封時に立ち会った爺様も不測の事態があったらどうしようとヒヤヒヤしていたとの事。輸送中に折れるとか曲がるとか、思っていたのと違うとか。

 

 こちらも本職なので壊れる様な包装はしないし、仕上がりに関しても途中で何度も王妃さんとこに持参して、直接確認して貰っていたんだけれど『シオンに何かあったらあちらの親御さんに顔向け出来ん』なんて心配してくれていた爺様と父様、育児放棄されていたあたしとしちゃあむず痒いやら照れ臭いやら。

 最終納品時に王妃さんに大満足していただいて通常営業に戻った。


「今日は、東さんに見て貰いたい物があるんです」


 今日のぞろっぺぇ連は四人。王子さんと騎士見習いのプレディヒド坊ちゃんがお休みなのは、多分放課後に生徒主催の学園行事の仕事をサボりまくって捕獲されたからだろう。何故かどちらとも学年が違うキルさんが下校中に教えてくれた。キルさんとエピさんも独自の情報網を持っているらしいんだけれど、詳しくは教えてくれないのでちょいと寂しい。

 世話になりっぱなしだし、お姉さんでも小母さんとでも呼んどくれって言っても断られるんだよねぇ。


 自慢気、且つ然りげ無くあたしの顔色を伺いながら取り出したるは、赤いビロードの小箱。ぱかりと開けると、目ん玉の部分に翡翠を嵌め込んだ鷹を中央に、百合と蔦で美しく囲んだ手の平に収まる大きさの金のブローチが鎮座ぁましまして居られる。

 箱を見た時点でブローチだろうなと当たりをつけられたんで、自然に目ぇ見開いて小さく『え?』と声を漏らす事が出来た。いやもう、ブローチがご開帳された時はキルさんの手腕を褒め称えたね、脳内で。


「これ、どう思われますか?」

「どうと仰られても……。私は何かを申し上げる事の出来る立場ではございませんので」

「そうですかぁ?東さんは王妃様に認められたお墨付きのジュエリーデザイナーですよね。このデザインをどう思われます?評価していただけると嬉しいのだけれど、如何かしら?」


 含み笑いを漏らしながら、あたしの顔を見ても何も出ないよ。半分近く面で隠れているし、火傷の偽装に使っている澱粉糊のせいで表情だって引き攣るから、見ていて気分も良くないだろうしさ。

 にしても、ジュエリーデザイナーと言われれば確かにそうだけれど、あたしは昔ながらの彫金師ってぇ名前が好きで、周囲にもそう名乗っている。デザイナーって聞くとデザインだけで作る方はやっているんですか?ってぇ疑問が湧いちまうから。


「お前はお祖父様に庇護されているのだろう?アザレ嬢の質問は、庇護者であり公爵の孫である私からの質問と同じだ。きちんと答えろ」

「別に難しい事を聞いてる訳ではありませんよ?素直な感想を言えば良いだけの話です」

「妃殿下から信用されていても君の地位は高くないんだからさ、失礼な態度を取るんならそれなりの処分をされても文句は言えないよね」


 レルヒエ、ゲナーデ、アトラークと三人で追っかける様に発言して来やがったよ。放課後にノンビリぶらぶらしている高等遊民坊ちゃん方が、アザレさんに良いところを見せたいのは分かるけれど、庶民を威圧するのはいただけない。あたしは全く気にしないけれど、他の人にやったら恫喝だよ?

 とはいえ、キルさんに手間ぁ掛けさせたけれど、あたしの狙いは当たったみたいだし、ちゃんと始末つけないとね。


「では、僭越ながら私見を述べさせていただきます。どちらの職人が作ったのかは存じ上げませんが、素晴らしい腕をお持ちでメガイラ伯爵令嬢がお持ちになるのに相応しい品でございましょう。細工も繊細で華麗、さぞかし高直(こうじき)であったでしょうが、それ以上の価値はあると思われます」

(こいつは素晴らしい出来だよ。どこのどなたさんかは知らないけれど、いっぺん会ってみたいもんだ。これだけの物ならさぞかし高かっただろうねぇ。普段利用している店で無理言ったとしても吹っ掛けられたりはしてないだろうし、個人で使う分には良い品だよ)


「デザインについてはどう思うの?」

「そうですね」


 一旦言葉を切って目を逸らし、考える振りをすれば『早く答えろ』と煩い三人組。短気は損気だよ?あたしも気ぃ短いけどさ。


「はっきり申し上げても宜しいでしょうか?」

「良いわよ」

「多少無礼であっても直答を許しているだろう」

「私達は貴方を責めたりしませんよ」

「早く言いなよ。僕達も暇じゃあないんだからね」


 いや、お前さん達は確実に暇人共だよ?


「このデザインには些か差し障りがあるかと。詳しい理由は私の口からは説明出来ませんが、こちらのデザインは使用制限が掛かっていると心得ております。これ以上の事はお察しいただきご勘弁下さい。高貴なお立場である皆様でいらっしゃいましたら、私の申し上げた事について、容易にご確認出来るかと思います」

(王子さんが許可したんだろうけれど、王族の印を安易に使っちゃあダメだよね。其れっくらいの事はアザレさん以外は分かっている筈だろうに、あたしに理由を言わせようなんておっそろしい事をしないで欲しいよ)


「後は何かある?ちょっとでも思った事があったら言ってみて」

「特にはございません」

「本当に?」

「はい」

「そうなの?でもね、さっき見た時、凄く驚いていたでしょ?それって使用制限っていう理由だけ?私達がオルクス殿下と一緒にいるのを何回も見ているんだから、そこまで驚く必要ってあったのかしら?」

「黙っていて後で問題になったらお前の首なんて簡単に飛ぶんだぞ」

「神は全ての者に正直さを求めています」

「僕達を誤魔化そうっていったってそうはいかないよ?」

 

 あー、はいはい。そりゃあ驚きましたよ。思った通りに事が運びすぎて。

 アザレさんはキルさんが流してくれた情報から、ゲームの中に出て来たブローチを注文した。で、それをあたしに見せた。

 だったらお望みであろう言葉を言わせて貰おうね。


「先程も申し上げましたが、私の立場からは言えない事も大変多く、どうかご理解いただきたいと切に願うばかりでございます。ただ、伯爵令嬢がお気になさっている事を明確に理解してはおりませんが、敢えて一つだけ申し上げます。こちらのデザインはどの様にしてお知りになったのでしょうか?いえ、答えは仰らないでいただきたく存じます。お答えを聞きますと私もただでは済みませんので、どうぞ、お察し下さい」

(全く面倒だね。その首の上に乗っかっているのが唐茄子じゃないっていうんなら、態々あたしの答えを聞かないで情報を頭ん中で組み立てな。あたしが王妃さんの前でデザイン画をある程度詰めた時、レル兄さんも同席はしていたけれどその後の作業は秘密にしていたから同じもんは作れない筈だよね。依頼内容は話さないってのはずっと主張していたんだから諦めな)


「そうなの?ふーん。じゃあ、仕方が無いわね。レル様、サンク様、アティ、行きましょう。これ以上、お仕事中の東さんを困らせたら悪いもの」


 これ以上も何も、既に長時間仕事を邪魔されてるから。お為ごかしの良い子ちゃんのポーズは虫唾が走るから、目の前でやらないで欲しいね。

 ぞろっぺぇ連がきゃっきゃうふふと盛り上がりながら去っていくと、あっという間に遠巻きに様子を見ていたちびっこ達や、意中の相手に花や小鳥のシンコ細工を贈りたいらしい男女の列が出来た。

 こりゃあ頑張らないといけないよ。


「アスカさん、どうだった?」

「勝手に誤解してくれたみたいだね。皆さんには手間と心配をお掛けしたけれど、これで暫くは平穏無事だと思うよ。蓋が開いたらちょいとばかり騒ぎになるだろうけれど、嘘は言ってないからね」

「では先に戻って報告しておく。部下が残っているから困ったら合図するんだぞ」

「はいはい。宜しく」


 離れて見張ってくれていたルーストさんが近付いて来たので上手くいったと伝えると、自転車に括し付けている見本のシンコ細工の中から三つ引き抜いて去っていった。誰にあげるのかは知らないけれど、見本を持っていかないでいただきたい。幾ら保存出来るからと言っても、見本は結構ベタベタ触られたりするので気になるよぉ。


 そう、あたしは嘘は言っていない。あたしが言ったのは、許可はどうなっているか知らないけれど王子さんの印を入れ込むのはどうかと思うってぇ事と、王子さんの印を入れたデザインをどうやって考えたのか不思議だってぇ事。

 最初にブローチを見てちょいとばかり驚いたのは、あたしが反応すればあちらさんが色々想像してくれるからってぇ事と、実際、素晴らしい出来だったから。金属の硬さを自在に変えられるあたしには鋳金や鍛金の手間が無いけれど、アザレさんのブローチをこの納期でゼロから作るのはさぞかし大変だったと思う。


 そんなあたしの反応を勝手に『同じ物を作った』と勘違いしてくれたであろうアザレさん。ゲームとやらであれがどういう役目をするかは知らないけれど、あたしにも公爵家にも後ろ暗い所は一切無いから安心だ。

 『どうして違うって言わなかったの』と言われたとしても、同じか違うかってぇ明確な質問はされていないから大丈夫だ。嫌がらせや難癖からの処罰を狙われる可能性はあるけれど、そん時は『東はエルトリアのデザインの研究で出掛けて不在です』とでも何とでも言い抜け出来る。

 何だったら、見せて貰ったブローチが同じモチーフなのに表現法が違って吃驚しました。エルトリアの職人の方は素晴らしいですねなんて言ったって良い。実際素晴らしいし。


 後は用心の為、夜道や人通りのない所を歩く時は、誰かについて来て貰う事にしよう。そうしよう。

◇◆少しアレな言葉説明◆◇


御神酒徳利;お供え用の一対の徳利。似た様な姿の一対の人や物。仲良く連れ立って歩く二人(好意的表現と嘲笑表現両方で使用可能。今回は気の多い様子に対しての嘲笑として使用)

新粉餅;新粉は糝粉とも。新粉に水を入れて捏ねて蒸した状態。団子、草餅、ういろう等の材料でもあります。主人公が使う物はシンコ細工用なので多めの砂糖入り。

高直;値段が高い事。高価。

高等遊民;高等教育機関を卒業しながらも、定職につかず家の財産で自由に過ごす人。明治から昭和初期によく使われた表現(当時の新聞や小説にも使用されている)。ぞろっぺぇ連は卒業前の学生なので当て嵌まらないが、仕事好きな主人公から見てふらふら遊んでいるという事で使用している。

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