ちょっとばかり反撃を試みてみるよ
平和な筈の昼休みまで襲撃して来るぞろっぺぇ連を迎え撃つ気はさらさら無いものの、逃げるから追うのか追うから逃げるのか、逃げる奴がいるから追う奴がいる訳で、追われる理由を排除すれば追われなくなるだろうけれど、残念ながら追われる理由は排除出来ないので、一番被害の少ない方法を考えた結果、現在二度目の青春みたいな状態になっている。
そう、みんなで仲良く楽しいお弁当in教室だ。
王子さん達は賢い。賢いが、青春恋愛おつむりになってしまっていて、愛しいアザレさんが関わると恋は盲目ってぇやつを地でいっちまう。しかもだ、ゲームの知識がギッチリ詰まっているアザレさんがウィスタリアを悪役に据えて、己の都合の良いようにしようとしているから、どうしたってあちらさんからの接触がある。
ユーさんはご丁寧にエルトリア基準で無礼極まりないアザレさんにも気ぃ使って、ぞろっぺぇ連のトンチキな行為を極力周囲に知られない様にしていたから、周到に張り巡らされた奸計に嵌っちまったんだよね。もしもを言っても仕方が無いが、爺様も父様も忙しいし公爵家令嬢として、王孫婚約者として自分で解決すべきだっていう崇高な思いをユーさんが少しだけお休み出来たら、また違った結果になっていたかも知れないと思うよ。
ま、細かい事はこの際どうでも良いさね。
あたしは既に爺様達に種明かしをしちまっている。それでもってウィスタリアの立場や侯爵家の体面よりも、ユーさんの幸せを一番に考えて良いってぇ許可もいただいている。本来なら、王子さん達と上手く行っていない事を知られるのは恥になるんだけれど、そんなもんは犬にでも食わせちまってオッケーって事だから、堂々と連中のおかしな所を大っぴらにして差し上げればこっちだけが悪者になる事は防げる。
手前も恥なら、あちらさんも恥、恥の多い生涯を送って来ましたと始まるのは人間失格だけれど、価値観の違うあたしには痛くも痒くも無い。
ユーさんがこっちに戻って来た時にちょいとばかりキマリが悪いだろうけれど、爺様や父様が守ってくれたってぇ分かれば大丈夫だよね。無敵の味方が複数いるんだから。好き勝手言う連中は所詮口だけで何もしてくれる訳じゃない。面白おかしく話したきゃあ話しておけば良いって、爺様が認めているだからさ。下世話な連中にはユーさんの知らない所で爺様と父様の鉄拳が飛ぶ可能性はあるけれど、そこはそれ、可愛い孫娘愛娘がバカにされて黙っている渋爺、渋父 じゃあ無いからね。個人的な恨みにまで責任は取れないよ。安全な所で悪口言って盛り上がっていたつもりが、風向きが変わって大火事だってあるんだからねぇ。
三つ下の教室に来ていただいているキルさんにゃあ悪いけれど、教室で堂々と弁当を広げていれば当然周りに同級生さんがいらっしゃる訳で、絡んで来るぞろっぺぇ連の言動は筒抜けどころか丸聞こえ。ぞろっぺぇ劇場、主演アザレさん演じる『ウィスったら意地悪ばっかり』第何話目か数えるのも嫌になっちまう位にやっているおででこ芝居が、大勢の観客の前でご披露されるって寸法だ。
例の『王妃さんのアクセサリーを見せて』から始まって、『職人さんから図面を借りてきて』『私も素敵なアクセサリーが欲しいだけなのに』『もっと仲良くしたいのに何で意地悪するの?』『忙しいって言うけれど処理能力が低いの?』ってな感じで、一見種類豊富っぽくはあるものの、蓋を開けりゃあウィスタリアを利用してアクセサリーを手に入れたいってぇ事と、ユーさんを酷評しているだけ。
長くも無い昼休みに学年も違うのに集まって、楽しく昼食中の公爵令嬢に無理難題をふっかけたり貶したりしていれば、奇異の目で見られる訳で。勿論、口さがない若い学生さんが家で学園の話をすれば、一体何がどうしたってぇ事になる。
結局の所、ぞろっぺぇ連は親御さんに注意されて、ウィスタリアは王子さん達に気を遣わない令嬢として問題ありってな痛み分けだ。でも、それは表面だけで痛いのはあちらさんだけ。ユーさんが戻って来た時に、ちょいとばかり嫁の貰い手ってぇ問題が生じるけれど、信頼していた青春恋愛すっとこどっこい共に冤罪掛けられて貶められるよりは百倍マシだ。
それに、ユーさんを大切にしてくれる爺様や父様も居るし、キルさんもエピさんも守ってくれるよね。それと、結婚相手だってあれこれ注文つけないんなら、爺様達の紹介で実直で裏切らない漢気のある腕がたって信義に熱い頼りがいのある何だったら国外に一緒に出てくれる様な相手だって見つかる筈だよ。
個人的には結婚なんぞしなくても、活計の道があって蓄えが出来りゃあ楽しく暮らせるとは思う。あのぞろっぺぇ連のせいで、結婚に興味が無くなったって言うんなら、今やっている儲けの出る慈善事業計画が軌道に乗れば、就労支援型救済院の院長の座に収まれば良い。それなりの儲けが出る様になるにはもうちょいとかかるけれど、ユーさんのお帰りには間に合う筈だ。何故なら真面目なキルさんが頑張ってくれているから。
キルさんをこき使う事については嫌味を言われているけれど、『あれだよ、若い時の苦労は買ってでもしろってぇ言葉がある』って言ったら『これ以上苦労したら逃亡するかも知れませんよ』って言われたよぉ。キルさんは己をもうちょっと理解した方が良いよ。責任感が強いから口では何と言っても逃げたりしないで、問題点を洗い出して対応出来るお兄さんだ。
「ああ、でも未だ若いのに苦労を掛けてんのは申し訳ないねぇ」
「お嬢様、急に何をおっしゃっているのですか?」
「いや、あ、いえ、キルハイトにはいつも迷惑を掛けてすまないと思っておりますのよ」
面白い顔をするんじゃないよ。鳩が豆鉄砲喰らったみたいな、藪からスティックみたいな。
「お嬢様、私には幾ら迷惑を掛けても大丈夫ですからね」
バチコーンという音が聞こえそうな程、態とらしいウインクを寄越してくるエピさん。可愛いねえ。
ーーーーーー
手元を動かしながら、アザレさんがやたらとブローチに固執する理由を整理していく。
あたしはゲームとやらにはトント縁が無いんで、そっちからの考察は出来ないけれど、揃っている事実を元にして考える事は出来る。
一つ、頼まれたブローチの数は三つ。
一つ、ブローチには婚約者三人の瞳の色に合わせた宝石を入れる。
一つ、だとすると三人の婚約者候補に下賜すると思われる。
一つ、ブローチのデザイン画はあたしが描いたけれど、入れ込む鷹のデザインは向こうから指定された。
一つ、アザレさんは王妃さんのブローチの現物かデザイン画を強く欲しがっている。
ユーさんの記憶によれば、王家の各個人にはお印ってぇのがある。動物だったり、植物だったり。で、王妃さんが指定した鷹はオルクスの印。第二王位継承権を持っている王孫の印の入ったブローチを、王妃殿下が下賜するって事は元々王妃さんが認めている婚約者候補に対して、しっかりとした形で証明を与えるって事だ。
以前のユーさんも王妃さんから鷹のブローチを貰っていた。当然そん時にはあたしみたいな職人は居なかったから、記憶にあるのはハイカラな洋風デザインのブローチで、婚約者候補のお二人さんは辞退後だったからユーさん一人が持っている筈だったのだけれど、何故か同じ物をアザレさんが持っていた。
王子さんとアザレさんは唯の同級生ってぇ立場の筈なのに、学園で堂々と御神酒徳利で腕ぇ絡めて、ご丁寧にブローチを胸の真ん中に着けて「ウィスも同じ物を持っているのね」「ふん、ウィスはお祖母様からいただいたのだろう?アザレのは私からだからな」とか何とかほざきゃあがっていたから、余りの常識欠如に内心ぶっ倒れそうな程ショックを受けたユーさんが「左様ですか」と答えられたのは奇跡みたいなもんだたったと思うよ。
誰が作ったかは別として、アザレさんは王妃さんが用意するオルクスの印入りのブローチが必要なんだって事だよね、多分。
女神さんの下っ端の妖精、名前は何だったか忘れたけれど、その何とかによれば、アザレさんはこの世界を舞台にしたゲームをやり込んでいて、早手回しで事を進めていたんだそうだから、しつこく欲しがるもんは彼女にとって重要だって事だ。それでもって、重要なもんだからこそ、よーく知っている筈だよ。
だとすれば、だ、ブローチのデザインを知っている筈だよ。ゲームの、だけどね。
「よし、一回ここらで小さく反撃と行くかねぇ」
別にぞろっぺぇ連がベタベタくっついていようがどうしようが、あたしにゃあどうでもいい事だけれど、お調子に乗られっぱなしやられっぱなしってのは心持ちが悪い。それに、レルのお兄さんの頭を冷やせるかも知れないよ。
あれ?おかしいかもってぇ疑念が湧けば、そこをとっかかりに元の優しいお兄さんに戻るかも知れない。ユーさんが最終的にエルトリア基準で傷もんのお嬢さんになった場合を考えれば、以前はアザレさん方に着いちまった兄が味方になっていたら凄く嬉しいはずだ。
「という訳で、上手い事焚き付けておくれでないかね?」
「何故そうやっていつも面倒な事を私に任せて来るんですか?」
「優秀だから?」
シンコ細工の生地を蒸しながら、慈善事業の書類をキルさんと向かい合わせの二人掛かりで確認する午後。隣に座るエピさんは、あたしのデザイン画に合わせて丁寧に摘み簪用の花を糊付けしてくれている。
要はアザレさんの納得がいくブローチが手に入れば良いんだから、ゲームのデザインがどうとか、和風洋風も知った事じゃあない。アザレさんの知っているブローチと同じもんを飛鳥が作ったと思わせりゃあいい。
勿論、実際は違う。記憶にあるブローチと同じなのは鷹の御印だけ。周囲のデザインはそれに馴染む様デザインしたオリエンタル風の飾り彫りだ。だから実際に目にすりゃあ直ぐにバレるけれど、そんな事はどうだっていい。重要なのはアザレさんが王妃さんが許可していない御印入りのブローチを着けるって事だ。
そうなれば、そのブローチの作成依頼は誰が出したってぇ事になってお咎めもあるだろうし、飛鳥やユースティティア家が流失したという冤罪も着せられなくて済む。ちょいとお灸を据えられりゃあ、ぞろっぺぇ連も流石に反省するだろうし、大人しくもなる筈だ。なって欲しい。
「難しい事は無いさね。レルさんの教室で『職人の作業をチラリと見たけれど、東国出身の職人でもエルトリア風のデザインが作れるんだな』ってな事を漏らしてくれれば良いだけだよぉ」
「基本的にお嬢様の側にいるので、同級生と余計な事は話しません」
「そこはそれ、キルさんなら何とか上手く出来るからね、ちょちょいと良い感じにお願いするよぉ」
「キルハイトとお呼び下さい」
仏頂面で書類を睨んだまま言われちまったよぉ。
ひょいと肩をすくめてエピさんを見れば、おすまし顔で手元を見つつも口元が緩んでいる。だよねぇ。色良い返事は貰えなかったけれど、無理ですってぇ言わなかったからね、やってくれるよこれは。
全く、あたしの周りは思春期真っ盛りだ。




