兄と妹の妹の仲を取り持ちたい気持ちはあるんだよ
結局、平日の昼間は真面目に学園に通い、放課後はあれこれと忙しいので、王妃さんと会う前に変装の様子見はぞろっぺぇ連がやって来た日とその後一日の二回しか試せなかった。一応、王妃さんの身内と実の兄を騙せたんだから何とかなると思いたい、思いたいのだけれど、あの連中は魅力的なヒロインってな事になっているアザレさんに浮かされて正しい判断力が無いという可能性もあるんで、そこはさっぴいて考えないといけない。
王妃さんに会う前に行われる検査では、優秀な魔法使いによる魔法や魔法道具の使用の有無、同性の使用人による化粧等の偽装の有無、持ち込み禁止になっているものを隠して持っていないかといった事を調べられるらしいのだけれど、どこまで調べるかは後ろ楯の地位や立場で違ってくるし、顔に酷い火傷痕といった見た目ではっきりと分かり周囲から確実に誹られる様な状態を更に追い詰める様な事は控えてくれる、らしい。
爺様と父様は、王家から忠臣として軍の将軍を任されているユースティティア家が受け入れた女性職人に対して、着ている物を全部剥ぎ取った上に火傷の痕をベタベタ触る様なねちっこい検査はしないと予想を立てた。
で、予想と違って綿密な検査をされて東方の職人の正体がユーさんだとバレた場合、学園でショックな出来事があったせいで神経をやられたのだけれど、女神の加護により仮初の記憶と東方の技術を植え込まれ、別人として生きる選択を与えられたってぇ事にするから、と父様にしつっこく言い含められた。
学園でショックな出来事ってぇ辺りに、父様の隠れた怒りを感じるね。そりゃあそうだ。ユーさんを王子さんの婚約者にしたいってぇのは王様からの申し入れで、その王子さんがユーさんを含むお嬢さん三人を袖にして、アザレさんに傾倒しているんだから。
とまあ、対策を考えて貰った所で、ただの職人であるあたしにキ印の演技が出来る筈もないし、偽装がバレて捕まったら下手にあれこれ話したりせず、覚えている落語をぶつぶつと諳んじていれば、後は父様が良い塩梅にしてくれるなんてぇ事を言われた。流石、渋ダンディは頼りになるよぉ。それと、女神って言い訳が通じるらしいのが凄いね。女神の加護なら知らない国の知らない技術を得るのもあり得るってんだから、便利なキーワード扱いだよ。
当然これは最悪の事態だ。それにね、バレるつもりなんてこれっぱかりも無い。紫苑色の髪を隠す頭巾は死守するし、飴細工の偽火傷痕は引っ張った位じゃあ取れないから、寧ろしっかり触って貰うつもりだ。層を重ねた間にゆるーい澱粉のりも仕込んだから、強めの力を入れれば瘡蓋が剥げて炎症を起こしている風を装えるスプラッタ仕様まで入れ込んだよ。どうせやるなら徹底的に。
出来れば頭をツルツルに剃っちまいたかったんだよね。だってさ、エルトリアの貴族のお嬢さんだったら、何があってもハゲにはしないから。髪を切られただけでもショックで寝込んだりするらしいからね、日本で過ごしているユーさん大丈夫かねぇ。美容院に行く度、気絶してなけりゃあ良いけれど。
大体ね、爺様も父様も優しすぎるよ。女神の加護だなんだって言い訳こわけした所で、王家を騙したってぇ事には変わらないんだから、それこそ首と胴体泣き分かれ、四尺上で空っ風に吹かれちまうじゃあないか。
それなのに二人とも、娘の為に頑張っている新しく家族になった孫で娘の紫苑は絶対守るってんだから、あたしだって負けられないよ。何とか検査を掻い潜り、東飛鳥ってぇ人物を王妃さんに認めさせてやろうじゃあないか。
本来なら、爺様とユーさんが『東方から流れて来た職人』の付き添いとして同行するのが筋らしいんだけれど、爺様はお仕事で国境警備隊の視察、ユーさん本体をあたしが使用中ってんで、爺様の代わりを父様が、ユーさんの隣をレル兄さんが務める事に相なった。
勿論、レル兄さんにユーさんの入れ替わりを教える訳にゃあいかないので、王妃さんとのお茶会当日の朝っぱらからレル兄さんを呼び出して、先ずは病気を装って頭っから毛布をひっかぶった状態でご挨拶。本来なら無理を押してでも参加すべきお茶会だけれど、余りにも調子が悪くて王妃さんの前で倒れてしまう方が大事なので、今日はレル兄さんに行って貰いたいと毛布の隙間から怨みがましい視線を向けてお願いした。
「ウィス、どうしても行けないのか?公爵家の娘が体調管理すら満足に出来ないなど、妃殿下に恥ずかしくて仕方が無い」
「申し訳ございません。わたくしも常日頃から気をつけておりますが、先日訪問した孤児院で少々宜しくない風邪に罹った様なのです。まかり間違えて妃殿下が罹患される事などになったら、わたくし、お詫びのしようもございません」
「確かに、妃殿下の安寧が第一だが、余りにも軽率だぞ」
偉そうなお兄さんだねぇ。ユーさんがアザレさんの誘いを全部断っているのもあって、王子さんらにせっつかれて色々面白くないみたいだけどさ、年若の妹なんぞあてにしないで自力でぶつかりなってんだよ。それで振られたら骨は拾ってやるからね。
こちらが黙ってご拝聴して差し上げてりゃあ、良い気になってぐちぐちと嫌味を重ねて来るんだからいけないよ。もうね十七歳なんだから、自分の責任ってのを考えて貰いたいね。それに、あたしゃあ一方的に言われるのは嫌いなんだ。此間は見た目で嫌味を言われたからね、ちょいとばかり反撃しても罰はあたんないよねぇ。
それにね、一応レル兄さんはユーさんの実の兄で、アザレさんが来る前までは普通の兄妹の関係だった記憶があるんだよねえ。一人っ子の上に、産んだら後は金は出すから面倒はかけるな頑張って生きろってな両親を持ったあたしとしては、ちょっとばかり文句を言ったら少しはわかってくれるかも知れない機会を逃すのは勿体無い。よし、覚悟しゃあがれ。
「レルヒエお兄様に対して失礼を申し上げるやもしれませんが、少々わたくしの思いを聞いていただけますでしょうか?」
(お前さんの足んないとこを言って差し上げるから、耳ぃかっぽじってよーくおききな)
「ん?なんだ?」
ご機嫌さんで思い通りにならないユーさんに嫌味を垂れ流しているのに口を挟むと、眉間に皺を寄せて一気に不機嫌な表情に変わった。腹芸が得意なお貴族様なんだからさ、幾ら妹でもレディ相手なんだからもうちょいと気を使っても良いだろうに。底が浅いのか、恋愛で惚けた頭にぺんぺん草でも生やしてるのか。
「将来、ユースティティア侯爵となるお兄様は、来年度はエルトリア学園の最上級生になられ、またオルクス王孫殿下の側近として日夜お忙しくしていらっしゃるのを良く理解しておりますが、その為に、お爺様やお父様のなさっている執務の代理やユースティティア家が出資している商会や開発、慈善事業の方に余り力を向けられないという事実がございます、また、我が家は女主人が居らず、拙いながらわたくしが出来る限りの事をさせていただいています」
(お前さんが王子さんの側に貼っついているのは分かるけどねぇ、アザレさん目当てに必要以上にそっちに時間を取って仕事をしてないから、以前もユーさんが頑張ってたんだよ。今はあたしがあれこれ好き勝手してるけどね)
「まあ、そうだな。しかし私も卒業すれば時間に余裕が出来、現在よりも公爵家の仕事をこなす事が出来るだろう」
「はい、お兄様のご苦労は分かっているつもりでございます。ですので、今、わたくしが名代として慈善事業に力を入れております。お兄様のお許しがあってこそ、わたくしがユースティティア家の代表として民に貢献でき、妃殿下にお褒めの言葉を頂けているのです」
(レル兄さんがアザレさんに岡惚れして使いもんにならない分を、こっがひっかぶってんだよぉ。お陰さんでそんなつもりも無いのに、貢献したとかなんとか持ち上げられて。あたしゃあ面倒はご勘弁なのにさ)
「ああ、それについては私も王太子殿下からお褒めの言葉をいただいている」
「ですので、今回、体調を崩した件はお見逃しいただけますでしょうか?妃殿下にもお手紙をお送りし、本日訪問出来ません事をお知らせしたところ、常日頃の活動についてお褒めのお言葉と、本日はゆっくり静養する様にとのお返事をいただく事が出来ました。どうか、事情を汲み取りいただけますでしょうか?」
(だからさ、偶にゃあレルさんが役に立ったって罰はあたんめぇよね。王妃さんにも義理を通してユーさんの休む許可を貰ったし、ちょいとは働かないと本当に木偶ぅ転がしとくのと変わんないよ)
「う、うむ。妃殿下のお許しがあるのなら私から言う事は無いな」
無いと言いながら、細々した嫌味を暫く重ねてからやっと部屋を出て行ったので、エピさんに合図して部屋の内鍵を閉めてもらい、続きの間に控えて貰っていた可愛らしい侍女、十五歳のリーリィ嬢ちゃんがベッドに潜り込む。
このリーリィ嬢ちゃんは爺様肝煎の一人。爺様達が辺境軍と合同演習をした時に、受け入れ先の無い身寄り頼りが無いという事で連れ帰った母子のうちのお子さんの方。将軍をやっている爺様達は困っている人を保護する事が多く、その際、行き先が無いと領地に連れ帰って、仕事を斡旋したり救護院に入れる様にしていた。いたってぇのは、ユーさんが十歳になってからは執事のシュザームさんに補佐して貰いつつ、代わりにその仕事をやる様になったから。
そんな中で爺様がユーさんに雰囲気が似ているリーリィ嬢ちゃんを普段は侍女として、有事の際には影武者になれる様に指導したんだそうで。二人普通に並んでいる分には全然似ていない。なのに、ちょいと化粧して動作に気をつければユーさんに早変わり。勿論、じっくり見られればバレる。
元々軍人のユースティティア当主は、代々戦闘時に相手を翻弄する為に影武者を用意しているので、その辺は得意分野になるらしい。幼い時に母親を亡くしたユーさんを心配した爺様と父様が認めたリーリィ嬢ちゃんは、大変良い仕事をして下さる。具合の悪い婦女子に対して、近くに寄るのは失礼だというエルトリア貴族の基本マナーも加わるから、お抱え医師と仮病の組み合わせを使えば倒れたお嬢様の出来上がりってね。
さて、入れ替わったあたしはバルコニーに出たのち、ほっかむりをした頭を低くしてほぼ匍匐前進状態で隣の部屋のバルコニーへ移動。警備責任者はルーストさんだからあたしも安心して支援を受けられる。そっと部屋に転がり込んで、ユーさんの為に隣室で待機している態のキルさんに隠しておいた変装セットを受け取った。
◇◆少々アレな言葉説明◆◇
さっぴいて;差し引いて。
此間;この間。先日。過日。
岡惚れ;気持ちが分からない相手を密かに思う(恋慕う)事。傍惚れとも書きます。
木偶;木彫りの人形。転じて人形全般。操り人形。役立たずの人(自力では動けない所から)。