要らない穴には秋葉様のお札をおはんなさい
「お客様ですか?今、順番で作っているのでちょいとばかりお待ちいただきますが、短時間で作るもんなので御用とお急ぎで無いのならそのままどうぞ」
「ちょっと、早く終わりにしなさいよ」
「客じゃあ無い御人に文句を言われたからといって終わりにする義務は無いんでね、いい加減諦めておくれでないかねぇ」
「仲間と認められない気持ち悪い奴に、ここで店を開いて欲しくないんだよ」
「お前、俺達はこの店に用があるんだ。邪魔をするな」
「どちらさんですか?服装からすると良いところのおぼっちゃまとお嬢様といったところでしょうが、今は大人の話をしているので邪魔をしないでくれませんか?」
「小母さん、そんな酷い事言わないで下さい。私達、このお店目当てで来たんですから」
揉めてるよ。ぞろっぺぇ連と小母さんが。それと、遠巻きに見ていた小母さんの仲間達も寄って来た。もう面倒だから、帰るかな。少なくともこの短時間では、あたしの正体がバレていないっていう当初の目的は果たせたし。
目の色が一番心配だったんだけれど、ほっかむりと面で影になっているのと、ちょいとばかり目を眇めておいたのが功を奏したのかねぇ。良く見たら、レル兄さんもいるじゃあないか。幾らアザレさんが可愛らしいからって、お偉いさんのお付きをやってるんだからもうちょっとあちこちに目配りをして、観察力も上げた方が良いと思うよ。あたしからすりゃあしめこの兎だけどさ。
「さて、じゃあ今日はここまでで」
「ちょっと待ってよぉ。可愛い飴が買えるって聞いてわざわざ来たんだから
「話は終わっていないよ。もうここには来ないって約束しなさい」
「店主、俺達がわざわざ足を運んだんだから、仕事をしていけ」
何だか勝手な事を言っているけれど、面倒事はごめんだよ。さっきと違って混乱する前に、ルーストのお兄さんに助けて貰うかねえ。
「良い加減にしてくれないかな。僕達の邪魔をするなら痛い目に合うよ」
「ダメよ、ラディ。そんな言い方したら怖がられちゃうわ」
「アトラークの言い方はきついが、私達の目的を邪魔されるのは気に入りませんね」
「サンクもいつもは皆んなに優しくって言ってるでしょ」
「俺達はまだ良いとしても、事情が分からずともレルに対しての不敬を許す訳にはいかないぞ」
「それはそうだけど、ラティ、ツェルを止めて頂戴」
今度は内輪揉めっぽくなって来たよ。しかも、アザレさんは野郎どもをミドルネームの愛称で呼んでいるんだねぇ。ユーさん知識のよれば、頭と胴が一発でさようならしてもおかしくない状況だ。何をやっているんだろうねえ、このぞろっぺぇ連は。一応、学園では抑えているんだろうけれど、仲良すぎというか何というか。
十四歳から十七歳といえば、まだまだ考えも浅い子供でもあり、親離れして自分で何でも出来ると考えて無茶をする時期でもあるけれど、一人前として認められるのが早いエルトリアでお偉いさんの子供ってぇ立場なんだからもうちょっとしっかりして貰いたいもんだよ。野郎どもがこう呼んで欲しいと言ったんだろうけれど短慮としか言いようが無いし、それを受けてあっさり呼んじゃうアザレさんもダメだね。十も歳が離れたあたしだから、このすっとこどっこいどもの成長を生あったかい目で眺めてやらない事も無いけれど、ユーさんの爺様がこれを知ったら、血管の数本持っていかれた状態でお城に乗り込むんじゃあないかね。
「揉めているので今日は帰ります。また来週にでも「だめだ、今すぐ作れ」はあ、しかし文句を言われているんでね」
「大丈夫だ、私が命じて排除する」
オルクスの言葉に合わせて出て来る護衛の皆さん。市街地を混乱させてどうするのかね、この唐変木お坊ちゃんは。
「この店は公的に認められている。これ以上難癖をつけるのなら自警団の捕縛対象になるぞ」
レル兄さん、それは横暴。分かるけどさ、ぞろっぺぇ連で一番年長で、こういう時に口火を切るってぇ立場になってるってのは。お陰さんで煩い小母さん達は引いたけれどさ、一時的になんとかしても後から面倒になりかねないよ。離れたベンチで我関せずを装っているルースト兄さんが、片手で口元を押さえつつ、もう片手をぐっと握って軽く上げて見せているのは、『状況は理解した。報告は任せろ』ってぇとこだろうかねぇ。確実に面白がっているみたいだけれど。
「ではその珍しい飴を作って貰おうか」
至近距離だけど気がつかないみたいだ。爺様によれば紫の目はちょいと珍しいけれど、決して他に無いわけじゃぁないそうで、他国でもまあまあ見られるらしい。
「ルーク様、この様な者が作った物を手にするのは危ないのでは無いでしょうか」
「レルヒエ、今までここにいた女子供が喜んで手にしていたではないか。確かに、醜い店主だが、許可をとって営業しているのだ。おかしなものは作るまい」
「でもよ、流石にちょっとな」
「治療魔法で治さないのは変だよねー」
「治療によっては高額になりますから、ここまで酷いと平民には少々難しいのではないかと」
「みんなっ、人を見た目で判断したらダメだよ?おばちゃんも元気出してね。アズはお花とハートの飴が欲しいわ」
はぁ?目の前で貶して来るとか失礼極まりないねぇ。大体近距離まで来といて、あたしの正体が見抜けない目ん玉ぁなんぞ節穴の方がまだマシだよ。ピカピカ光ってるだけで良いんなら、くり抜いて銀紙でも貼っつけな。若しくはそうだね、秋葉様のお札をおはんなさい。穴が隠れて火の用心になるよぉ。
さっきはまだ思春期の坊ちゃん達だからと、ちょいとばかりの余裕を持って眺めていたけれど、目の前の人間を罵倒するなんざぁいただけない。こんなこって国のお偉いさんが務まるなんざぁ無理がある。そりゃあもう炎上必至だよ。その口にも秋葉様のお札をおはんなさい、だ。
それと、アザレさん、その言い方で庇えていると思っているのだったら、頭そのものをすげ替えた方が良いよ。そういやぁ、庇うという字と転失気は字が似ているね。丁度オチもつくから、お尻にもお札をおはんなさい、とね。(転失気;屁)
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「とまあ、そういう訳でバレはしなかったけれど精神力が削られたよ」
「大変でしたね。シオン姉さんの好きな餡子菓子手に入りましたよ」
「やるねぇ、エピさん。でもこれは月餅だね。秦華の菓子だ」
「えー、そうなんですか?」
「そうだよぉ。月餅には胡麻油が入っているけれど、日本に似た陽の菓子にはてぇげぇ入っていない筈だよ。いやね、月餅も好きだから食べるけれど。買って来てくれてありがとうね」
モグモグと月餅をいただきつつ、胡麻油入りでちょいと重めの餡子を同じ店で買ったと言う君山銀針で流し込めば、思わず口元が綻ぶ。にしても、あたしの知っている君山銀針といえば中国は洞庭湖の君山の黄茶だけれど、この世界にも君山があるのかねぇ。あるから名前がついてるんだよね。異世界って遠くて近いもんなのかねぇ。
そんなあたしを目ぇを細くして眺めているキルさん。眉間に皺ぁ寄せてると、そのまま固定しちまうよ。
「お二人は随分と仲良くなられた様ですが、外でやって問題にならない様にお願い致します」
「硬いねえ、石部金吉もまっつぁおだよ。若いうちはもっと柔軟でいないと、歳ぃとった時に身動きが取れなくなるよ」
「私は大丈夫ですから、ご自分の事を心配なさって下さい」
「あたしも大丈夫だよぉ。こう見えても二十七の「大人の女性ですね、知っています。きちんと歳を足していく冷静さはお持ちなんですね」やだねえ、他人の話をヒョイっと持っていかないでおくれな。今日は本当に大変だったんだから、ちょいとばかり気ぃ抜いたとこで罰はあたんないと思うんだよぉ」
ぐったりとソファにもたれ掛かれば、仕方ないですねと呟いてお茶のお代わりをくれるんだから、なんだかんだ言ってキルさんも人が良い。
帰って来てからルーストさんも交えて父様に今日の報告をした所、頭を抱えていた。そりゃあそうだ。かなり目ぇを向け難い様な御面相になっているとはいえ、至近距離まで接近したのにぞろっぺぇ連全員これっぱかりもユーさんに気付かず、その中にこのユースティティア家を背負って立つ予定のレル兄さんが混ざっていた上に、見た目に難のある女性への失礼な言葉の数々を嗜めるどころか一緒になって貶したんだからね。
爺様が国境警備の見回りってぇ事で、三ヶ月ほど家を空けている間、一番怖い爺様が不在で気が抜けて糸の切れた凧みたいにホワホワしているレル兄さんの事で、父様は色々と思うところがあるらしい。大変だ。
ぞろっぺぇ連で一番年長なのがレル兄さんだし、表六玉王子さんの側近候補の中では位も高い。父様の心配も分かるけれど、あの状態でお年頃な坊ちゃん方に理屈を説いた所で反抗期特有の捻じ曲げをするだろうからね。親って本当に大変だよ。
◇◆ちょっとアレな言葉説明◆◇
唐変木;気の利かない人。物分かりの悪い人。
秋葉様のお札をおはんなさい;落語牛ほめより。台所の柱に空いた節穴に、火伏せの神とされる秋葉権現を祀る秋葉神社のお札を貼れば穴が隠れて火の用心になる。と言う流れから、牛のお尻の穴を見てそこにもお札を貼れば穴が隠れて屁の用心になると言う地口落ち。
こんなこって;こんな事で。
転失気;落語転失気より。医者が放屁の事を「中国の医学書で『気を転ろめて失う』と書いて転失気」と説明する。
てぇげぇ;大概。
石部金吉;道徳的で堅固な人。生真面目。融通の利かない人。
まっつぁお;真っ青。




