式典のありがたい話は長さしか記憶に残らない事が多い
真っ暗になったと思ったら、外におっぽり出されていた。眩暈がする中、足を踏ん張ってみれば、今の状況がブワッと脳裏に浮かぶ。
学園、入学式、向こうさんに居てこっちを見ているのが王子と愉快なお仲間さん達。生徒さん達は本来あたしの世話を焼かなきゃあならない筈の王子さんや兄さんが、ぞろっぺぇ(説明あり)事にお気に入りのお嬢さんに貼りついてるもんだから、どうしようってんで遠巻きに眺めてるんだね。あちらさんで二人揃って身ぃ寄せてんのが婚約者候補のお二人だけど、それぞれの兄弟が付いてるから安心だ。
随分と注目を浴びてるねぇ。あんまり見ている様だと、こっちも薄気味が悪いから端から端まで片っ端、箸で目ん玉突ついて抉り出しちゃうよ。箸があればだけどさ、無いよ、残念な事に。
にしても、もうちょいと安心安全なとこに出せなかったのかねぇ。12歳に巻き戻すったって、目立たない所にしてくれてもバチは当たんないだろうに。幾ら記憶はあります、体に動きが染み付いています、女神の加護とやらで早々遅れをとるこたぁ無いって言ってもさ、あたしゃあ孤立無縁だよ?此の段お伺い致したいよ。女神さんはもうちょっと異世界の人間の能力を疑ってさ、珍かな商品には丁寧な説明書か相談窓口ってぇもんがついているだろうにねぇ。
気が利かないよ。此のタイミングじゃ無いといけないんならさ、もうちょっと考えて欲しいかったね。でもまあ、ここまで見られちまったのに「ちょいとやり直しますんで、こっち見ないでいただけます?見たやつぁ目ん玉抉り出しちゃうよ」ってぇ訳にもいかないから、腹ぁ括るしか無いよね。
さて、そう決めたからには先ずは最初に挨拶だよ。人間挨拶は基本のきだからね。ましてや、愉快なお仲間さん達はお偉いさんだから、ここで弱み握られるわけにゃあいかないよ。ちゃんと頭ん中にやり方も入ってるし、今だって無意識に良い感じに微笑みが浮かんでるのを感じられるし。
もしあたしでなくてユーさんだったおっかなくて遅れが来る(説明あり)んだろうけど、あたしゃあ無いね。何で一回りそこいら歳下のお坊ちゃんお嬢ちゃんに気後れする必要があるのかね。
どうやらユーさんの記憶や身に付いたものはあたしの中にきちんとあって、イメージだとあたしの意識の横っつらあたりに収納されてて、意識的に出し入れするもんと、無意識に発動してくれるもんになってるらしい。ユーさんの記憶は愉快なお仲間さんに恐怖してたけど、そうだったのかいとしか思えない。
でだ、あたしだったら絶対ありえない事に、このちょいとピリついた状況の中、あたしの体というか容器のユーさんの体は、ピンシャンスラリと綺麗につっ立ちつつ、優雅に微笑んでいらっしゃる。あたしだったら面倒はよしとくれってんで、頭をガリガリ掻いていたね。
第一、服装が悪いよ。何の因果で26歳で茶色のブレザーとボックスプリーツの制服を着なくちゃなんないのかねぇ。知ってるよ、12歳なんだよ、今ね。けどねえ、紫のストレートヘアに紫の目ぇで、12歳で学生服。長い人生色々あるけどさ、まさかこんな目に遭うとはねえ。まあいいよ、命の恩人に対して約束は守るよ。というか、会った事は無いけど、真面目で頑張る子は大好きだよ。最後は逃げたいって弱音を吐いちまったけど、相手がそのゲームとやらで手に入れた情報を元にして小狡く立ち回ったんだし、少なくともそんな事が出来るんならユーさんより歳も上だろうよ。大人かどうかまでは分からないけどさ、小学生捕まえて居場所を無くすなんてぇ狡っ辛い真似するたぁ、ちょいと許せないよ。
この世界が好きなら、全員を幸せにしろってんだよ。
あたしはシャキシャキとお仲間さん達に向かった。つもりなんだけど、何やら優雅に歩いている様だね。なんだい、ユーさんは流れるように歩くのかい?あたしはぱっぱと手を振って真っ直ぐ歩くのが好きさ。なんでも真っ直ぐは良いよねえ、曲がるのは嫌いだよ。いやね、目の前に障害があったら避けるけどさ。
前に到着すると、自然に体がカーテシーなる挨拶の形になった。ユーさんの記憶がオッケー出してるんだけどね、腰に悪そうだ。口を開きたいんだけど開けない。どうやら動きながらしゃべっちゃあいけなって事だね。
ちらりとオルクスを見ると、小さく頷いた。
「ユースティティア侯爵が孫、ウィスタリアがオルクス殿下、ゲナーデ様、プレディヒト様、アトラーク様、アザレ様にご挨拶申し上げます。皆様、ご壮健のご様子大変嬉しゅうございます」
あー。無意識機能が凄いねえ。あたしだったら、こんにちは良いお天気さんでございます、だよ。
って、王子さんは頷くだけかい。はいはい、邪魔もんはさっさと消えるよ。よし、式場に向かうよ。ユーさん情報だと完全に失礼な扱いを受けてるからね。王太子妃さんとのお茶会で会っている王子さんと全然違う酷い態度でユーさんは衝撃を受けたんだろうけど、あたしゃどうでも良いよ。王子だって12歳の坊ちゃんだよ?こまっしゃくれた小僧っ子の態度なんぞ、どうだって良いんだよ。
「では失礼致します」
もう一回カーテシー。優雅に勝手に式場に向かってくれる体に動きを任せて、周囲を然りげ無く見まわせば、結構な驚きの顔がある。どうやら王子さんかお兄いさんにご案内して貰うのが普通らしい。エスコートってぇやつだ。
後ろっから「あ、あのっ」ってぇ小さな声が聞こえた様な気もするけど名前を呼ばれた訳でも無し、とっととこの場を去っちまおうかね。ユーさんの時は挨拶をしてその場に止まったせいで、アザお嬢ちゃんに「ずっと憧れていたんです。仲良くして下さいね」とか言われて、人あたりの良いユーさんが「嬉しゅうございますわ」なんぞと返事をした所為で、色々な面倒が起きちまったらしいからね。あたしゃあお嬢ちゃんと仲良くする気はこれっぱかりも無いからね。
でもあれだろ?エスコートとやらを頼んだ所でどうせお嬢ちゃんを優先されるんだろ。お願いします、じゃあ一緒にって、この愉快なお仲間達の末席にくっつのくは嫌だよ。あたしゃ一人でやれる事ぁ、一人でさっさと終わらせるんだよ。ただでさえこっから詰まらない入学式が始まるんだよ?のっけから気ぶっせい(説明あり)なんざあお断りだよ。
自動操縦みたいな体にお任せすれば、進む方向の人垣が割れていく。これはこれでお偉いさんになったみたいだね。それに、ユーさんが12歳から18歳を一回やってるから、記憶に残ってる情報がお得に使えるって訳だ。あのアザレってぇお嬢さんはどうなのかねぇ。もし残ってんなら、今頃心ん中ぁ、大嵐に違いないよ。だってあれだよ、ユーさんが吊し上げられる手前まで行ってたんだから、その事ぁお賢くてお狡賢いアザさんもご承知だろ。愛するゲームの愛する愉快なお仲間さん達に囲まれて、我が世の春を謳歌してるとこで、はい、初めからってぇのはキツイよ。
だとすれば、巻き戻りに気が付いたんなら、あたしを一人で行かせない筈だ。勿論、お仲間から然りげ無く話を聞き出すってぇのにユーさんが邪魔だと思って行かせたって可能性もあるよ。けどね、あたしだったら秘密を握ってるかも知れないやつを、ポンと放り出そうとは思わないね。少なくとも簡単な探りは入れる。ちょいと言葉を掛けるだけで良いのさ。
それをしてこなかったんだから、十中八九、分かってない。女神さんが助けようとしているのはユーさんなんだから、わざわざお知らせする必要は無いからね。
思わずニヤリと上がった口角だけど、どうやら素敵な微笑みに変換されたらしく、目の合った人達に思いっきり微笑み返された。
春は大川(説明あり)もひねもすのたくたと来たもんだ。学園長のお話だとか、成績優秀者の意気込みだとか、学園内を生徒が主導して自治する為の生徒会の会長のお話だとかが、ツルツルと頭の上を流れていく。それでも体は偉いもんだね、微笑みながらシャンと座ってるんだよ。あたしだったら寝てるね。こっそり寝てる。伝統工芸組合の会合で毎回居眠りしちまってるし。
さてさて、暇だからちょいと気になるとこを整理しとこうかね。
先ずはお嬢ちゃんの中身が何時から変わったか、だ。ユーさんのお兄いさんによれば、7歳で知り合ったってぇ事だから、それ以前にこっちに来てたってぇ事になる。元々のお嬢ちゃん、アザちゃんが上書きされたってぇ感じに説明して貰ったけどさ、アザちゃんの切れっ端でも残ってないのかねえ。
別にはっきりいつからだってわかったところで何をする訳でも無いけどさ、やっぱり生まれて直ぐからこっちで色々やってたんならさ、用意周到で手強いよね。実際、ユーさんは孤立させられた上に大勢さんの前で晒し者にされそうだったんだから。取り敢えず、最悪十二年、あたしより先行していると考えておくのが安全だね。すっ転がってる赤ちゃんのうちだって、ゲームの記憶を反芻して行動をシュミレーションしてりゃあ良いんだからさ。
まあ、向こうさんの事だから分かったら良い位の気持ちでいとこうね。
次はお嬢ちゃんとの関わりだ。ユーさんは常識的範囲で、礼儀正しくマナーと規則に基づいて関わっていたのに、揚げ足を取られまくった様だから、あたしとしては基本関わりたく無い。ばっちいもんに態々手ぇ突っ込むのは嫌だよ。理屈と膏薬はどこにだって貼っ付くんだ。物事何だってやろうと思ったら幾らでも屁理屈をつけてゴネられる。制服のスカートの丈が規則違反ですよってぇ言葉が、丈が短すぎて扇情的かつ端ないってぇのに変わったらしい記憶があるからね。ユーさんは扇情的なんて使わないだろうにね、そうやって受け取ったんなら、お嬢ちゃん自身、手前のスカート丈が短すぎるって分かってたんだ。人間、自分の考えてる事が言葉になるんだからさ。
そんなしちめんどくさい相手は放置に限るよ。その所為で王太子妃様に学園の秩序を正す様に行動しろって言われた所で、ああそうですかって返事するだけだよ。規則を守れなんざぁ、大人の仕事さ。お先生はなんの為に居るんだよぉ。役にたたないんなら、先ずは生きているってだけの存在だよ。あとほら、アレだよ、さっき目ん玉ぁ輝かして『素敵な学園生活』を語ってた生徒会長さんが居るじゃないか。長だよ、長だよ、12歳に頼まないで十代後半の連中で頑張っとくれって言いたいよ。
よし、基本放置で良いね。
次は味方を作るって事。これは信頼出来る相手を探して、良い人間関係を築かないといけない。けどさ、居職だったあたしが表に出てあれこれやるのはちょいと難しい。正直なとこ、人との深い付き合いは苦手な方だ。仕事で一人こちこちやってるのが楽しい人間だからね。そりゃね、お客さんやら組合さんやらにはちゃんと誠意を持って相対するけどさ。うーん、ここは一つ、出たとこ勝負でいいよね。要は、お互い信頼出来る人が出来れば良いんだ。親友やらそういう類は、作ろうって思って作れるもんじゃないって死んだ婆さんも言ってたし。人に対して誠実にお付き合いしていけば、いつの間にか出来る。何時迄も出来ないなら、己を見直して悪いとこ直せって言ってたよ。
うん、人当たり良くして自然に任せるしか無いよ。
後は危機を脱出した後のユーさんの居場所だ。あたしだったらこぢんまりとした宝飾店の一つもありゃあ、御の字どころか極楽の蓮の台でカンカンノウを謡って踊るよ。カンカンノウキュウノレス、キュッキュッキューの、キュウノレスとくらぁね。
ぷふ。
笑いが漏れちまったよ。そっと辺りを伺えば、どうやらユーさん機能で上品にな含み笑いに変換された様で、運良く演台で話されている楽しい学園生活に対して、笑ったと思われたらしく向けられているのは暖かい視線だ。まあ、これも六年後には嘲笑にかわっちまったんだろうけどさ。優しいユーさんとは違うあたしには通用しないよ。
あたしじゃなくてユーさんの居場所だから、商売するにしても、扱う品や店の規模も考えないといけないねぇ。頭は良いんだから、店の収支はそれなりに理解していけるはずだよ。ここでまた信頼出来る味方だ。世知があって、ユーさんを裏切らない相手。
記憶の中に、一人だけそれに該当しそうな輩がいるんだけど、さて、どうなんだろうね。
ま、こちらも一気に進むもんでも無し、様子を見ながらいい具合に進めて行こうかね。それと、ユーさんが帰りたくないっていう場合も、ちゃんと考えておかないと。
◇◆ちょっとアレな言葉説明◆◇
ぞろっぺぇ;だらしない。いい加減な。
遅れが来る;気後れする。臆病になる。
狡っ辛い;ズル賢い。抜け目がない。
こまっしゃくれた;小賢しい。ませた。
のっけから;はじめから。
気ぶっせい;気が詰まる。
大川;近くの大きな川。此の場合は隅田川。
膏薬;湿布薬。
居職;屋内で座ってする仕事。
カンカンノウ;俗謡。(落語らくだより