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何事も予行練習ってぇもんが大切だよね

 有言実行、試験はしておくに限るってんで、髪や瞳の色変化の魔法道具は使わずほっかむりで頭を隠した後、丁寧に作った偽物の傷をペタリと顔にはっつけて、これまたちょっと凝った桜の花を彫り込んだおでこから左目と鼻、左頬を覆う面を上からくくしつける。服装は作務衣風おしゃれ作業着。東国から流れて来た職人という設定なので、可愛らしい配色ではなくて紺色の物を作って貰った。ありがたいねえ。

 いつもの自転車に手を掛ければ、笑顔の父様が六十センチ程の剣を差し出して来た。笑顔と剣、組み合わせとしてどうかと思うけれど、好意はありがたく受け取る事にするけれど、ちょいと重い。こんな時エアーソフト剣があれば、並み居る敵をバッタバッタと切り倒し、は出来ないね。見た事も無い武器っぽい何かに、ちょっと相手が怯む位だよ。ただ、思い通りにぶん回せるだけで。

 取り敢えず、要らない紙をぐるぐる巻いた新聞紙の棒みたいなのは作ってあるので、毎回護身用に自転車のカゴに突っ込んである。いきなり襲われた時は、多分こっちを掴むんじゃあないかね。それ以前に、痴漢だろうが暴漢だろうが、危険な目にあったら先ず逃げるが第一と決めている。基本的に危険な場所におも向かない、危険な状況を作らない、それでも危険な目にあったら逃げる。逃げ切れそうもなかったら全力で叫ぶ。それでもダメならやっとここで迎撃。そして迎撃と決めたからには、躊躇わず全力で急所をつけと死んだ大伯父に教わったっけね。

 そんな大伯父は温和な下駄屋で武道も武術も全く経験が無いって話だったけれども。


「シオン、気をつけるのだよ。見た目で絡んでくる者もいるからね。いつも通り目立たない護衛も手配したけれど、直ぐに助けられない事もある。ウィスタリア程度の護身術は使えるのだろう?」

「ええまあそうなんですけれどね、これはちょいとばかり重いんで。これどうやって携帯すれば良いですかね?」

「剣帯で腰に下げておきなさい」

「服が脱げそうです」

「それは拙いね」

「拙いです。それはもう拙いです。そんな事になったら爺様と父様が不動明王変化して、目撃者の目ん玉ぁ抉り出すんじゃあないですか?」

「ははは、フドウミョウオウとやらは知らないけれど、そんな事はしないよ。抉らなくても視覚を奪う方法は幾らでもあるだろう」


 爽やかな渋ダンディスマイルでおっそろしい事を言わないでいただきたい。


 腰に下げられないとしても、偽新聞棒とは違って自転車のカゴに突っ込む訳にゃあいかない。まかり間違ってそんな奴はいないだろうけれど、どこぞの物好きが新聞棒を盗んだとしても、所詮要らない紙を巻いただけのもんを持っていかれるだけで痛くも痒くも無いけれど、これがちゃんとした剣ってぇのなら話は別だよ。どうぞお取り下さいってな感じに置いておけば、あっという間に持っていかれるに違いない。王都は治安が良いとは言われるけれど悪い奴ぁどこにだって一定数いるし、日本だって自転車のカゴに刀ぁ突っ込むバカはいない。いや、自転車のカゴに刀ぁ突っ込んだりすりゃあ銃刀法違反であっという間にケーサツのご厄介になるんだけれどさ。

 背中にくくしつけとくかねぇ。


 よいせと斜めに背中に背負えば、父様が剣帯を調節してくれて「ここを引いたら手元に柄が来て、抜けるからね」とアドバイスいただけた。渋ダンディ優しい。以前、爺様にこっちの剣の使い方を聞いたら「構えてバッと抜いてガンッと切り込め」と言われて、どこの薩摩次元流かと思ったけれど、どうやら爺様自身が先天的な剣豪で動きも感覚で覚えているから、教えも感覚と擬音になるらしい。分かったところで当然真似出来ないさねえ。

 何れにしても、攻撃はしないで済む方が良い。背中の剣を見て「ああこりゃあ襲えない」と思ってくれれば御の字だよ。もし絡まれたら、上手い事誤魔化して助けを待つ、と。


「じゃあ行って来ます」

「うんうん、気を付けて行っておいで。私の部下も見守っているからね」

「そんなに気になるもんですか?」

「なるよ。やはり顔に傷があると差別されるからね」

「重々気をつけます」


 心配そうな父様と、自転車置き場で出発待ちをしてくれている護衛の皆さんにペコリと頭を下げて、自転車に跨った。


ーーーーーー


「あれー?今日は綺麗なお姉ちゃんじゃないの?おばちゃん誰?おばちゃん怖い人?でもお姉ちゃんの自転車だよ?」

「おばちゃんじゃあないよ。あたしゃあまだ十九のお姉さんだ。お姉ちゃんの師匠だよ」

「えー、嘘だあ、ちっちゃく見えるよ?十九歳なら結婚してるのー?。それにししょーって何ー?」

「十九で適齢期ったら早いねえ。それはこの国の考えだよぉ。世の中にはいろんな世界があって、四十で結婚するのも珍しくない国もあるのさね。(つづ)二十歳(はたち)で結婚するってぇと出産育児には有利らしいけれどね、若くて元気な時に自分の事をあれこれやるのも良いもんだってぇ価値判断する国もあるんだよ。それと師匠ってのは先生って意味だね」

「ツヅヤハタチって何ー?」

「十九や二十って意味さね」

「変な格好のおばちゃんどこから来たのー?」

「あっちの方からだよ」

「そうじゃなくて、どこの国の人ー?」

「東の方だよ」

「どうして顔汚いのー?」

「汚かぁ無いよ。火傷の痕だ。もう痛く無いけれど、お前さんたち怖く無いのかい?」

「怖くないよ、下町の方には怪我いっぱいしてる子とかも居るもん。でも仲良くしちゃダメなんだよ。下町は危ないから」

「触ったら感染る?」

「お姉ちゃんより凄い飴作れるの?」

「ねえねえ、どこのお家に居るのー?」

「そのお面のお花何ー?」

「お面は売ってるのー?」


 おっそろしく良く喋るねぇ。ここに来る坊ちゃん嬢ちゃんは、学校に行く前のちびっこが多いんだけれど、いつもならニコニコお行儀良く待てるし、出来上がった時に歓声はあげるけれど質問攻めにされた事は無かったよ。

 要は、平凡な髪色で綺麗な顔したユーさんには話し掛けにくいけれど、何やら怪しげな女にはズケズケ質問をぶっつけられるってぇ訳だ。別に質問に答えてやる義務は無いから、適当に相手をしながらいつも通りシンコ細工を作る。一応。大まかな値段表はあるけれど、即興で言われたもんを作るのも腕の見せ所。値段表に書いてあるもんのどれと同等の手間が掛かるから、この値段になると説明してから作る。


 うーん、質問が多すぎるよ。これはもう誤魔化すしか無いね。いつもならちょっと見学して帰る連中も残っているし。


「よし、あたしの私生活なんぞ聞いてもどうもならないだろうから、お話してあげるよ。これは東方のある国のお話。東方のある地域では、色々なもんを長い棒の両側に結んだり、ぶら下げたりして歩きながら売るんだよ。これはそうやって唐茄子、カボチャを売る話だ。ある所に与太郎っていう頭があったかい、ネジが数本抜けた、ちょいとばかり頭の働きが悪い二十歳のお兄さんがいたんだよ。怠け者ってぇ訳じゃ無いけれど、言われないと何も出来ない、言われても失敗ばかりする、与太郎を心配したお母さんが野菜を扱う商店を営んでいる弟、与太郎の叔父さんに仕事を紹介してもらう事にしたんだよ」


 ユーさんの知識を使って、落語の『かぼちゃ屋』をエルトリアの言葉で話してみると、存外食いつきがいい。


「唐茄子屋でござい。唐茄子屋でござい。あれ、気がついたら狭い路地に入って来ちゃったな。でも叔父さんも狭い路地の方が良く売れるって言ってたからな。狭い路地でござい、じゃなくて、唐茄子屋でございだ。あったかい唐茄子。出来立ての唐茄子。はい、魔獣はブラックドッグの出来上がりー。次は、そちらのお嬢さんだね」

「ちょっと、さっきから見ているけれど、子供に変な事を教えないでくれるかい?」

「変な事ではなく、東方の笑い話ですので安心して下さい」

「安心出来ないよ。今迄何回か来ていたお嬢さんはいいけれど、貴方はちょっと見た目に問題があるでしょう?怖がっている子もいるんですよ」


 そうなのかい?目の前にいる子たちは平気だし話し出したら増えてったから、この程度なら城下町で受け入れられると思ったけれど、相手によるって事だね。

 苦情を言ってきた小母さんの後には、こっちをチラチラ見る大人達。とはいえ、見た目が気持ち悪いってぇ事だから、襲われたり商売もんをダメにされたりはされなそうだ。追い出したいと思っていても、先ずは言葉でって事か。


「そう言われても営業許可は取っていますし、あたしも仕事なんで問題があるのなら自警団なり地域の商売人の代表さんなりに相談していただいて、そこから注意をいただければ対応しますんで」

「なんですって。今、怖がっている子供達や、気味悪いと思っている住人たちが居るんだって言ってるだろう。そんな顔で客商売するんじゃないよ」

「それを言われても、商売をしないと生活が出来無いんですよね。と、はい、馬だよ。次はお嬢ちゃんだよね」

「お花ー。可愛いの。銅貨三枚で出来るお花をお願いします」

「お花ね。任せとくれ。」

「人の話をする時は手を止めたらどうだい⁈ 」

「手ぇ止めたら仕事にならないんで。それに、営業許可を取っていると言いましたよね。正規ルートで営業停止を求められたら受け入れますけれど、そうでなければあたしも仕事しないと生活出来ないんで続けます」


 チラリと周囲に視線をやれば、護衛のお兄さん達が様子を伺っているので『大丈夫』という意味を込めて、片手をあげてひらひらと振る。あ、良く見たらルーストのお兄いさんもいるじゃあないか。あれかね、顔に傷があるってんで、危ない連中に絡まれる可能性が高いって踏まれたのかね。


「綺麗な顔したあたしの弟子は良くって、小汚い御面相のあたしはダメってぇ言うのなら、気分とかそういうもんじゃあなくて、きちんとした理由をつけて、納得させてくれるお偉いさんを連れて来てくれませんかね。少なくともあたしの御面相を怖がらないお客さんが来てくれて、正規の営業停止命令が無いんなら、あたしゃあここで仕事を続けますよ」

「なっ⁉︎ 私達は親の代からこの広場を中心として店を広げているんだ。後から来た者を選ぶ権利があるんだよ」


 無いよ、そんなもん。休日にお寺さんに出ている的屋で仲間同士のトラブルがあっても、本部事務所に話を持っていって解決するんであって、勝手に気に入らない店主の店を退かせる権利は無いよ。

 こちとら自転車だ。撤収するのだって一瞬で済むけれど、一旦引いたら次もそうなる。弟子って事にした綺麗な方にも文句を言うかも知れない。だからあたしゃあ引かないね。


「話はそれだけですか?平行線なので、これ以上は話しません。邪魔をするのならあたしの方で、商工会の方に話を持っていきます」


 にこりと笑えば詰め寄って来ようとする小母さんとそのお仲間数名。


 っと。


「何か揉めているのですか?」

「あれー。前に見た子と違いますぅ」

「随分と変わった格好の店主だな」


 最悪だよぉ。ぞろっぺぇ連が小母さんの向こうっからおいでなすった。いや、色違いユーさんの状態でご対面するよりマシかも知れないね。ここでぞろっぺぇ連を騙せりゃあ、確実に王妃さんも騙せるだろうから。

 随分とピリピリしたリハーサルになっちまったけれど、男は愛嬌、女は度胸だよ。


 あたしはニコリと微笑んだ。

◇◆少しアレな言葉説明◆◇

御の字;ありがたい。しめたものだ。最上である。

十や二十;「十や二十歳」という形で用いられた言葉が誤って十九を指すようになった。つづ二十とも。本来は10や20。

的屋;縁日や盛り場などで露店や興行を営む業者。食品、玩具、くじ引き、射的、といった屋台や、芸や話芸で客引きし商品を売るガマの油売りや外郎売、大道芸そのものも含む。主人公は露店を的屋と呼称している。

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