食べられる素材で変装を演出するんだよぉ
第一回、出来れば二度と開催したくない『架空の彫金師謁見大作戦会議』が開催中。参加者は爺様、父様、キルさん、エピ嬢ちゃん、執事のシュザームさん、で、あたし。
「ですからね、謁見してもユーさんだって分からなきゃあいいんでしょう?それなら王妃さんの座る席からズズズいーっと離れて、何だったら広間の出入り口のドアぁ大開放して、そのまま下がれるとこまで下がったとこで、へへーって平伏すれば、お互い相手は豆っつぶくらいの大きさに見えて、顔なんざぁちいとも分からないと思うんですが?」
「シオンよ、それには大きな問題が二つあってな、妃殿下が職人の顔を見たいとおっしゃっておられるのと、謁見前に持ち物やおかしな魔法が掛かっていないかの検査があって、確実にウィスタリアだと分かってしまうだろうな」
成る程。例えば、顔を何かしらで隠しても検査では出さないといけないってぇこったね。それと、魔法で見た目を誤魔化すってぇ方法も効かない。なら、やる事はもっと単純で良い。
「じゃあ、こうしましょう。名前も未だ伝えてないんですよね?」
「そうだったかな?」
「そうですよ、父上。東方から新しい仕事を探しにやって来た所を、我が軍の治安維持部隊が声を掛けたのち、腕前を確認した父上が気に入って我が家に滞在しているという筋書きまでは話しましたが、名前も性別も伝えていません」
爺様と父様は情報は隠すタイプだねえ。いやね、ぺれぺれぺれぺれ無駄口叩く軍人なんざぁちょいと信用が置けないよ。
「名前は東 飛鳥、名前の由来はあたしの生まれた場所とお気に入りの場所からとったんで気にしない下さいな。東方から流れて来た女の職人で顔に火傷の痕があるって事でどうでしょうかね。出身国が必要なら、出身地と一番文化が近い陽って事にしておいて下さい」
「うむ、分かった。確かに、シオンの作る物は東洋風だからな。シガシアスカはどう綴るのだ?」
「東、ですが?」
「じゃから、シガシだろう?」
「東、です」
何でみんなしておかしな顔をしてるんだい?爺様の発音がおかしいからかい?
「シオン様、ナガヒバチと同じ発音になっておられます」
はて?
キルさんのフォローの意図が分からない。
「シオン様、長火鉢と言ってみて下さい」
「長火鉢」
「昼休み」
「昼休み」
「ご理解していないようですので、失礼承知でを申し上げますが、シオン様の『ひ』の発音は我々には『し』に聞こえるのです。民族の差では無いでしょうか。閣下、シオン様はヒガシアスカと言っておられます」
「ほほう、そういう方言なのだな」
ああ、そういう事かい。全く、ご面倒な話だよ。訛りが違うってやつだね。
テーブルの上のご大層な紙っぺらに『東 飛鳥』と書いて見せる。東京は飛鳥山にて桜満開とね。
「で、御面相の方ですが、金属を扱うってぇ事は、火ぃを扱う訳だから、火傷の痕があってそれを書く従ってもおかしくないでしょう。先ずは『顔と頭に大きな火傷の痕がございます。職人は二十代の女性で、醜い傷跡を妃殿下や周囲の方々に晒すなんてとてもとても出来る事じゃあございません。普段も人となるたけ会わないようにしているくらいです。醜い傷跡を人目に晒したくない気持ちをご理解下さい、と」
「それで済めば良いがなぁ、儂が受けた注文の品が大評判でな、妃殿下も職人の顔がぜひ見たいと仰っておられるのだ」
物見高いねぇ。ってぇ事はだ、剣帯飾りや胸に付けるブローチやらの注文が増えたなと喜んでいたけれど、それだけ人様の口に謎の職人ってぇ得体の知れないもんが話題に上って、結果、どんなやつか見てやろうってぇ事になっているんだね。自業自得ってやつだ。
けどね、まだまだ策はある。
「髪を纏めて布で全部覆った後、額から片方の顎の辺りまで面で覆って、更に頭っから布をかぶりゃあ、ユーさんだと分かりません」
「それだと検査の時に面を外して顔を見せろと言われるぞ。どういう理由をつけても、数人には顔を見せなくてはいけない」
「だったら火傷痕をつくりゃあ良いんです」
あ?何だか部屋温度が下がった感じがするよ?夏なら便利だけれど、コイツァ剣呑なやつだ。
「勘違いしてませんかね?実際に火傷をする必要なんて無いに決まってるじゃあないですか。カラメルと澱粉のりで偽装すりゃあ良いんです。先ずは論より証拠、あたしの手並みをご覧になって、細工は流々あとは仕上げをご覧じろってぇ事ですよ」
全く、短気な爺様達だよぉ。ユーさんの体じゃあなかったら、くびり殺されていたかも知れないよ。
調理場にぞろぞろと移動、人払いをしてから手鍋を二個出して一つに砂糖と水を入れて火にかけ、もう一つに小麦粉と水と塩を入れてぐるぐる混ぜる。本当はちゃんと煮て作るべきなんだけれど、今日は見せる為なのでお子様でも出来る簡易版糊。
砂糖から作ったカラメルを立派な大理石の調理台に流し、ちょいちょいと形を作って程よく冷めた所で剥がして湾曲させる。内側に糊を塗って、ペタリと顔にはっつければ、ゴワゴワした火傷痕もどきの出来上がり。
「実際はもっと丁寧に作りますけれどね、接合部が目立たない様にしたり、色を付けたり。で、この上から被る面を作れば完璧です。顔に傷跡があれば、当然言われた通り頭も酷い事になっているから見せろとは言われないでしょうね。言われたら、髪が抜けて酷い事になっている。顔だけでも人前に出すのが辛いのに頭まで見せろと言うのなら死んだ方がましだとでも言い張りますよ。目立つ髪の色は変えられませんからね」
「剥がれたりしないか?」
「薄く軽く作るんで大丈夫ですよ。澱粉糊ってのは、乾くとかなり強力になるんです。ゆっくり水を浸ませて剥がせば跡も残らないし、食品で作るから体にも悪く無いんで。もし何だったら、剥がした後、食べる事も「誰も食べないから捨てろ」そうですか?食いもん捨てるとお天道さんから罰ぃあたるんじゃ「あたらない。第一、我が国にはオテントサンなる神は居ないからな」お天道さんは神様じゃあなくって、太陽のこってすが、太陽信仰も無いんですか?私の世界では太陽を神様に見立てるってぇのは結構な国で行われてますけれどね」
あたしの言葉に考え込む爺様と父様。
「当主様、若当主様、シオン様に話を脱線させられています」
「おう、そうだな。シオン、食べ物を粗末にすると太陽から罰が与えられるという信仰は、なかなか興味深いがまた今度にしよう」
いや、別にまた今度話さなくても良いよ。ちょっと口から出て来ただけだし。
爺様と父様は職人としてのあたしの腕と凝り性の性分を理解してくれて、火傷痕の偽装方法を一任してくれた。勿論、謁見前に余裕を持って、実際に使う一式を確認して貰わないといけないけど。
「これをはっつけたまま、城下を歩いてみて周囲の反応を見たいとこだね。頭と顔に火傷痕がありますって言って通用すりゃあ安心だよ」
「シオン様、なぜハンカチで頭を包んで顎の下で結んでいるのですか?」
「ユーさんの紫苑色の髪は目立つからね。予行練習中に頭ぁ晒していたら、意味が無いじゃないか。あたしの名前とおんなじ色の髪も、こういう時は目立って困るねぇ。何だったら坊主にしたって良いんだけれど」
「坊主とは」
「ツルツルに剃っちま「ダメです!シオン様もお嬢様も、女性としての尊厳を失う様な事をしてはいけません!」ごめんよう、エピ嬢ちゃん、ごめん、目ぇに涙溜めて抗議されると弱いよ。あたしだって、別にツルツルにする趣味は無いよ。それと、今ユーさんが暮らしている筈のあたしの世界でも、女性が短く髪を切る事はあってもツルツルにはしないから安心しとくれ。キルさんとエピ嬢ちゃんの知らない世界で、大切なお嬢様がツルツルのつるっぱげってぇ事にはなってないから。……。多分……」
「多分って何ですかぁ!」
「いやね、生まれた赤ん坊の髪をツルツルに剃ると、元気な髪が生えてくるってぇ考え方をする地域があるのと、おしゃれなスーパーモデルさんてぇ職業の方々は、ちょいとばかり基準が違っていて大人でもツルツルにする事があるから、まあ、世の中絶対って事は無いじゃないか。あたしゃあ無責任な事は言いたく無いよぉ。だからね、ほぼほぼツルツルじゃない」
「シオン様、一度ゆっくりお話をしましょう」
「しません」
「します」
「ご遠慮致します」
「ご遠慮なさらず」
「いやもう、キルさんの大切なお時間をいただくわけには参りませんので、どうぞお気になさらず」
「お気になってお気になって仕方が無いのですが⁉︎ 」
「人生もうちょっとおおらかに生きると、楽しいよ?」
「だ、れ、が、私に心配をかけているのでしょうか?」
「そりゃあキルさんが心配性ってぇ性分に生まれついちまったんだから、自分のせいだよ」
「ほほう?」
キルさんが何やら剣呑な笑みを浮かべるので、ユーさんの必殺社交会に相応しい表情で迎え撃ったつもりが、何故か説教を食らった。
◇◆ちょっとアレな言葉説明◆◇
御面相;顔の様子。顔つき。揶揄う時等に用いる「あの御面相でねぇ」。
くくしつけて;括り付けて。紐などで結びつけて止めて。
紙っぺら;小さな紙。メモ用紙。綴られていない一枚の紙。
◇おまけ◇飛鳥山の事◇
東京都北区飛鳥山公園の事。江戸時代徳川吉宗が整備してから桜の名所として有名。
落語でも『花見の仇討ち』『長屋の花見』等の舞台になっています。
王子駅から無料で乗れるモノレール『アスカルゴ』や、公園内の子供向け遊具、都電やD51の展示も人気があります。
春以外も、ツツジ、紫陽花、紅葉と楽しめます。東京最後の路面電車、都電荒川線なら王子駅前か飛鳥山下車。専用軌道部分の方が長いので、路面電車として楽しむのであれば王子駅前から飛鳥山、小台から熊野前区間の乗車を。後者は区分された道路中央の部分を走ります。




