家族の愛は一時的な義理の関係でもしっかりありまして
「先程から話を聞いていれば、殿下とその側近候補ともあろう君達が、たった二人の令嬢を取り囲んで詰るなどという事をして恥ずかしくないのかね」
多分、いや、謎の正義感たっぷりでこれっぱかりも恥ずかしく思ってないんじゃあないかね。
「メガイラ嬢も、婚約者でもお付き合いしている訳でも無い異性との距離が近い。正しい距離を取りなさい」
「はぁい。教えて頂きありがとうございます。気をつけます」
気をつけるも何も、入学してからこっち、それこそ親切なお嬢さん方に散々っぱら注意されたのに、のべつまくなしの常びったりのままだけどね。取り敢えず謝っておけってぇ気持ちがこれでもかって位溢れ出してるよ。
「殿下、図書館を利用していた生徒に騒いでいる者が居ると呼ばれて参りましたが、私が到着した時点で、席についていたユースティティア嬢に対して、立ったままのメガイラ嬢が机を叩いたりしながら顔を近付けて何かぶつぶつ訴えていた様子でした。そうこうしているうちに、殿下がおいでになり、一方的にユースティティア嬢を糾弾されておられましたが、元々図書館で静かに調べ物をしていたのはユースティティア嬢です。それに対して言いがかりをつけ、更には力の強い者が無理やり引き連れて行こうとは穏やかではありません」
「教授、それは普段からウィスタリアが交流を嫌がり、アザレ嬢を邪険にするからだ」
「先程、ウィスタリア嬢は王妃殿下の許可をいただき、慈善活動をされていると言っていましたよ。交流は無理に持つものでは無いのでは?ウィスタリア嬢は婚約者候補として、やや殿下と共有する時間が少ないかも知れませんが、国学や外国語や国内外経済について詳しいと教授達も褒めています。急に引き連れて行くのでは無く、予定を立てて他の候補者令嬢と一緒にお茶会等を行うと良いでしょう」
「教授、ウィスは私の妹です。殿下がご不満をお持ちになられては、我が公爵家として恥です」
「公爵家から王妃殿下に話を通しているのだから、王妃殿下も当主もされているのだろう。子息である君の考えは通用しないよ」
さっすがだねえ。亀の甲より年の功だよ。結構早くに着いてたのに、暫く状況を見ていてくれて反論出来ないとこまで来てからバッサリやってくれるなんざぁ、粋だねぇ。安心して掴まれた腕をわざとらしく撫でさすっていると、キルさんとエピ嬢ちゃんの表情が大変な事になっている。
そうだねえ、大切なユーさんの体に痣ぁ出来ちまったからね。ったく、職人の腕ぇ掴むなんざぁ、大悪党だよ?釜で煮込むよ?石川や浜の真砂は尽きぬともってぇ辞世の句を詠ますよ?
取り敢えず握ったり開いたりを繰り返しは出来るけど、結構痛いねぇ。利き手じゃなかったのが不幸中の幸いだけれどさ、こっちだって押さえたり支えたり色々使うんだからね。
「教授、お嬢様を医務室にお連れしても宜しいですか?」
「勿論だ。ユースティティア嬢、大丈夫かな?」
「はい。ご心配いただきありがとうございます」
「ちょっと待ちなよ!まだ話は終わっていないよ!」
「アルタール君、怪我をしている女性を引き止めるのは正しい事だと思うのかい?」
「だって、あいつが僕達の事を軽く見てるから」
「あいつではなく、ユースティティア公爵家令嬢だよ。確かに、学園は平等だ。地位や立場が違うものが、学業や武術といった学びを通じて交流し、優秀な者の能力を高め、卒業後の円滑な関係を築く場所だ。しかし、勘違いしてはいけない。エルトリアには王国法がある。君達がユースティティア嬢に瑕疵があると言うのなら、それを明確にして我々教師に伝え、事実を確定したのち対処しなければならない。君達は正当な手順を飛ばして、王国軍を預かる忠臣、ユースティティア公爵の大切な令嬢に怪我を負わせたのだからね」
何やら後で話が続いているけれど、ユーさんの手首の方が大切だ。キルさんとエピ嬢ちゃんに挟まれて、医務室に向かう。既に午後の授業は始まっていて、廊下に人は居ない。
図書館の見物人達も、先生の話の途中でこちらを気にしながらそっと出て行っていたよ。見物人からすれば王子さんを筆頭に何やらおかしな事になっている連中が集まって揉めてるんだから、出来れば情報を集めたいとこだったろうけれど、生徒としては授業の方が大切だよね。不真面目な態度だとそれだけで成績が落ちるみたいだし。
「わざわざ煽りましたよね?」
「まさかその様な事は致しませんわ。ですが、痕の残る様な怪我をしてしまいましたから、受診記録は方々に報告されますよね。皆様に心配をお掛けするのは心苦しゅうございます。暫くは皆様落ち着いて過ごされるのではないでしょうか」
(さて、どうだろうね。そんな面倒な事はしないよ?けどねえ、ユーさんの手に怪我ぁさせられたのは、抗議しないといけないねぇ。学園の医務官さんは、生徒の怪我の報告を必要だと思われる場所にするんだろ?王子さん一行が、女生徒に言いがかりをつけて、しばらく痕の残る怪我ぁさせたら、あちこちに報告するよねぇ。そうなれば青菜に塩でぞろっぺー連も暫くはおとなしいはずさね)
「それはそうですけれど、痛い思いをしてまでする事ですか?」
「もしかすると叩かれるかもと覚悟はしておりましたが、それはそれで新しい展開が望めますでしょう?」
(いやあ、本当は、はっ倒されると思ってたんだけれどね。どっちの方がましだったんだか)
「どちらもおやめ下さい」
「次があれば、今回の様な対応は致しませんわ。二人には心配を掛けた事、お詫びします」
心配そうなエピ嬢ちゃんに対して、キルさんはちょいとばかり複雑な顔で「そう致してくれるのなら、最初からしないと思います」何てぇ事をぶつぶつ呟いていた。聞こえないよ?聞こえないから、気にしないよ?
「キルハイトの所まで、話は聞こえておりました?」
「いえ、メガイラ嬢が一方的に話し掛けている事は分かりましたが、一応声を抑える頭はあるみたいですね。何の話をされていたのですか?」
「私も同席していたのに、姉様を同じ彼方の人間だと決めつけて、一緒にいろと脅して来ました」
「エピナートさんは事情を知っていると思っているのでしょう」
「誰にも話さずに、それまでと違う行動をするのは難しいですよ。まさか、姉様が当主様に打ち明けているとまでは思っていないとは思いますが」
「さあ、それはどうでしょうか。お兄様が学生寮に入る為にはお爺様の裁可が必要ですし、当然その為の理由がなければあり得ませんよね。彼の方知っている情報でのお兄様がどちらに住んでいたのかは知りませんが、色々推測してあの様な発言に繋がったのでしょう。とはいえ、今の状況の方が親睦を深めるのには向いておりますし、実際、殿下を含めた皆様がお兄様の部屋に集まる事も多いと聞いておりますわ。」
(さぁて、それはどうかねえ。レル兄さんが寮に入るには、それが必要だって納得した爺様が申し込まないといけないからね。ゲームのレルヒエの生活ってのがどうなっているかは知らないが、溜まり場に出来る部屋があるのは良かったんじゃ無いかねえ。纏まってる方が何かってぇと楽だよ)
爺様や父様に訓練して貰ってはいたけれど、皮膚そのものが丈夫になる訳も無し。握られた場所は見事に腫れている上に、特に力の入った指先の所は完全な内出血、筋まで痛めていたので、医務室で治療魔法を掛けて貰って腫れと痛みを抑えて貰った。
完全に治すとその分負荷が掛かるそうで、大きな怪我の場合は負荷がかかっても早急に治療しないといけない事も多いけれど、ちょっと痛めた程度なら少し落ち着かせて自然治癒に任せた方が良いとか何とか。こちらの治療の流儀は分からないので、キルさんとエピ嬢ちゃんがこの後どうするかを聞いてくれていたのでお任せする事にして、どこで何時どういう状況で誰にやられたのかを医務官さんに涙目で訴える事に専念した。
残念ながら演技力ってもんには縁が無いけれど、痛めた腕をさする振りをしてちょいと押すという力技で乗り越えた。
帰宅後、爺様と父様に報告したんだけれど、あたしよりもキルさんとエピ嬢ちゃんがお怒りで訴えて、爺様が正式にぞろっぺぇ連に事実を伝えてどう思うかってな事を返答して貰う事になった。ここまでは良かったのだけれど、話が終わったと思ったら四人の目があたしに向いて、無茶をしたと叱られた。
ユーさんの体を怪我させちまった事を謝ったんだけれど、それもまあ、そうなんだけれど、根本的な問題はそこじゃあなくて、あたしもユースティティア家の大切なお嬢さんなんだから、わざわざ怪我ぁする様な態度を取った事がいけないんだそうで、その認識を改めるようにと四人掛かりで叱られた。
まさか、あたしそのもんを心配しているとは思ってもいなかったので、そこんとこは反省したし、そう言ったのに「シオン様の言動は物事を気楽に考えすぎているとしか思えません」とキルさんに切って捨てられて説教が伸びた。いやもうね、反省しましたよ、本当に。結構大切にされているなと思っていたんだけれど、ここまでとは思わなかったよぉ。




