表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/85

ゲームは知らないって言っているのにしつっこいねぇ

「ちょっと、失礼でしょう?」


 わざわざまわり込んで来るなんて暇だねぇ。それにかっぴらいた目ん玉には水滴一つ付いちゃあいない。やっぱり嘘泣きじゃぁないか。全く、図書館の利用者が少ないのが不幸中の幸いだよ。

 何やら書棚の向こうにキルさんがいて、謎のハンドサインを出している。右手を顔の横に挙げて、そのまま胸にあてて、二回軽く頷く。そして謎の笑顔。そして書棚の影に消えて行った。

 ええと、あたしゃあ、労咳を、患っていますが、まあ大丈夫です?って所かい?いや、違うね。手を挙げて、横断歩道を渡っていますか?手前てまえさんの態度を胸に手ぇあてて考えて下さい。これも確実に違うよ。エルトリアに横断歩道は無いし。


「話を聞いているの?ウィスは聖星を知っている転生者だから、私が怖くて離れてるんでしょう?大丈夫よ、私はウィスの味方なの。貴女が私のお願いを聞いてくれれば、私もオルクス達に貴女の事をとりなしてあげる」


 ぐっと声を落として取引っぽい事を持ちかけて来たけれど、残念ながらあたしにそれを受け入れる気は此れっばかりも無い。大体前提が間違っている。セイホシとやらも知らなけりゃあ、怖いとも思っていないし、王子さん達と仲良くしたいとも思っていない。どうせなら「『爆笑昭和の名人寄席CD大全集』を差し上げます」とか「圓朝の真景累ヶ淵と牡丹灯籠の文庫本を差し上げます」ってな事を言って欲しいねぇ。CDを貰っても再生出来ないけれど、もしかすると聞ける様になるかも知れないし。


 どうせ図書館を出た所で、しつっこく追いかけて来るだろうし、アザレさんの話からすると、ユーさんがアザレさんとぞろっぺぇ連にくっ付いていた方が、あちらさんの都合が良いって訳だ。


 アザレさんはウィスタリアがテンセイシャで、多分ゲームの名前であろうセイホシとやらの内容を知っていると思っているんだねぇ。それから、これはかなり重要な事だけれど、女神さんが巻き戻した六年間に気が付いていない。つまりだ、あたしはウィスタリアがユーさんである場合の六年間を知っていて、その六年間のユーさんの動きはあちらさんにとって都合が良いもんだったって事になる。

 アザレさんは7歳の時から王子さん達に会っていたけれど、10歳の時点で王子さんの婚約者候補になったウィスタリアの事を知っていた筈だ。こんだけ手際のいいアザレさんだから、王子さんやレル兄さんに頼めば簡単にウィスタリアに会えただろうけれど、それをしていなかったのは理由があったのか、それとも態と会わなかったのか……。


 仮定であれこれ考えるのは好きじゃあ無いから、この事実を確認出来たってぇ事だけは覚えておくとして、さて、この目の前のお嬢さんをどうしようかね。なんだかモニャモニャ念仏ぅみたいに唱えてるけれど、あたしにゃぁさっぱり分からない。


「分かった?」


 可愛らしい顔を真っ赤にしてテーブルに両肘を付いている様は、男子学生さんなら思わず惹かれっちまうかも知れないけれど、残念ながら昼休みの図書館を利用する生徒達は、お嬢ちゃんなんぞを見物するよりは手元の文献を見ていたいと思っているんだろうね。

 こちらに向けられる視線は『その煩いのを早いとこなんとかしとくれ』ってなもんで、アザレさんがあたしに言いたい事があって足をお運びくだすったのは事実だけれど、あたしだって被害者だよぉ。眴めくばせだけで抗議するんじゃあなくて、直接こっちの机までおいでなすって、文句の一つも言ってくれると助かるんだけどね。マナーとしてやらないだろうけれど。


「ちょっと返事は?」


 しつっこいねぇ。相手が黙っているのなら、それは否定だって考えないのかね?転生とやらの前に何歳でどんな生活を送っていたのかは知らないが、ゲームが出来てそれに関する情報を網羅してたってんだからそれなりの歳だったんだろうに。その記憶があるんなら、もうちょっと礼儀正しくして欲しいねぇ。

 それともそれなりの精神年齢を持っているアザレさんにとっては、ウィスタリアなんぞどうにでも出来る小娘だとでもいうのかね。そりゃあね、厳しい教育を受けたとはいえ優しくて責任感の強いユーさんなら無視なんてしないだろうけれど、こちとら海千山千の問屋やら商売しょうべぇ人やらを相手にして来た個人事業主の彫金師だよ。気にいらなけれりゃあ他を当たりなって言える位の腕は持っていたんだ。いや、まあ、気にいらないウェディング事業会社の生意気な社員にキッツイ啖呵ぁ切っちまってちょいとばかり貯金を崩す事はあったけれどさ。


「言っておくけれど、考えた所で状況は変わらないわよ?私は聖星を完全攻略したし、攻略サイトもファンブックも追加コンテンツの内容も全部覚えているし、これからどうすれば良いかよーく分かっているの。ウィスが転生者で聖星を知っていたとしても、私がオルクス達を攻略して行くのを放っておく様なライトユーザーでしょ?この世界はゲームじゃあ無いのよ?学園が始まってからじゃあ遅いんだから」


 はあ、しっかたないねぇ。お昼休み中、アザレさんが垂れ流す与太話とちょいとばかり鬱陶しい得意気な顔のお相手をしていたら、午後にゃあ胸焼けして過ごす事になりそうだ。


「メガイラ様、二点程宜しいでしょうか?」

「はん、やっと話す気になったのね?じゃあ今日はオルクスとの買い物に「お話を遮るのはマナー違反ですが、メガイラ様がわたくしの返事をお聞きになりたいと仰るのに、いつ話して良いか分からない状態になっておりますので失礼承知で話させていただきますね」え?ええ、良いわよ、聞いてあげる」


 聞いて貰わなくても良いんだけれどねぇ。聞きたいのはそちらさん、話してあげるか決めるのは手間の勝手。でもまあ、話してあげるから、耳ぃかっぽじってよぉくお聞きな。


「先ず一つ目。わたくしはメガイラ様の仰る内容が殆ど理解出来ないのですが、少なくともわたくしが習得しております多岐に渡る学習と照らし合わせても、メガイラ様のお話は荒唐無稽と申しますか、妄想めいていると申しますか、わたくし以外の方に話しても理解されないのでは無いでしょうか?普段の生活に支障はありませんか?悩み事や体調不良を感じられるのであれば、ご家族の方や学園の校医にご相談なさっては如何でしょうか?」

(まあ、アザレさんがどう思っているかは知らないけれど、傍はたから見りゃあキ印間違い無しだよ。あたしよりも早くに転生とやらできっちりエルトリア人をやっているんだからさ、もうちょいと頭ぁ働かせたらどうかねぇ。そりゃあね、ウィスタリアがゲームと違う動きをしてるから、自分みたいに転生したのかと思うのは自由だけれど、聞き方ってぇもんがあるさね)


「はあ?私はそんな事を聞いているんじゃないでしょ?オルクス達に相手にされていないウィスが可哀想だから、仲間に入れてあげるって言ってるの。良い?今のままだとウィスは破滅するんだからね」

「二つ目、わたくしが何方どなたとお付き合いするかは、わたくしの自由ですの。長くも短い学園での生活で、多くの事を学び有益なお付き合いをしたいと考えて日々過ごしています。オルクス殿下は気になさっていない様ですが、婚約者の居ない未婚の女性が婚約者のいる複数の未婚の男性と、近い距離でふれあいながら行動を共にするのは社会通念上問題があるかと思いますわ。わたくしはその様な方々と行動を共にしたいと考えておりませんので、どうぞ、ご理解いただき、静かに過ごすべき図書館からオルクス殿下もいらっしゃるでしょう教室にお帰り下さいませ」

(そちらさんが付き合いたくても、あたしゃあごめんだね。理不尽な申し出を断れない程、気力が無いぶらぶら病患者じゃああるんまいし、街中を一人のお嬢さんを坊ちゃん方が囲んできゃあきゃあ盛り上がるその後で、周囲の白い目を向けてくる世間様に『ぞろっぺいな連れが騒がしくして申し訳ございません』てな感じに頭を下げつつ、後からお偉いさんからのお叱り覚悟で着いて歩くなんてごめんだよ。帰けえれ、帰れ、誰か塩巻いとくれってなもんだ)


 ユーさん仕込みのお上品な微笑みを浮かべつつ、手を図書館の出入り口に向ければ、上気した顔を更に真っ赤にさせるアザレさん。お猿の尻は真っ赤っか。上野公園は猿山でござい。

 と、その出入り口。ああ、ちょいとまた面倒が転がり込んで来たみたいだよ。


「ウィスタリア、何をやっているんだ?」


 オルクス殿下のおなーりーってなもんだよぉ。

◇◆ちょっとアレな言葉説明◆◇

かっぴらいて;大きく開いて。『かっ』による強調。かっぽじっても同様(かっ+穿る)。

労咳;肺病。特に肺結核。

圓朝;噺家初代三遊亭圓朝。天保十年〜明治三十三年。多くの噺を創作し、怪談真系累ヶ淵、怪談牡丹灯籠も圓朝作。(青空文庫で読めます。旧仮名遣いで長いのですが、興味のある方は是非)

与太話;デタラメの話。馬鹿げた話。出まかせのつまらない話。

ぶらぶら病;気鬱な病。良くも悪くもならずぼんやりと軽い不調が続く病。江戸時代では、労咳(軽い症候状態)、気鬱病、恋煩い等も纏めてぶらぶら病とした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ