ヒロインさんは敵役を舞台に引っ張り出したい様で
孤児院や救護院でのつまみ職人育成計画は、まあまあ予想の範囲内といった感じに進んでいる。手先が器用でも組み合わせる時のセンスは別物だし、元々江戸の伝統工芸なので基本作品は菊や桜や藤といった花や植物、鶴などの鳥やちょうちょ、新しい所で外来種の花なんぞを作るのだけれど、大元になるデザインは全部あたしの頭ん中にしか無い上に見た事も無い花を作れと言われて作れる筈も無く。
なもんで、頭ん中のデザインを描いた紙と実物見本をいくつか作ってから、これを真似して作っても良いし、エルトリアの花やら鳥やら好きなもんを作っても良いと言ってみた。
丁寧にデザインを描き出す人もいれば、実際につまみを並べてイメージを形にする人、デザイン画は何を描いているのかさっぱり分からないけれど、それを元に綺麗な形に並べられる人とまあ、色んなやり方があって楽しくみさせていただいた。
効率だけを考えたら、得意な作業のみをやって貰うのが一番なのだけれど、爺様とあたしが目指すのは一人で売りもんを完成させられる技術を身につける事。勿論、向き不向きがあるから出来ないのに無理にやれとは言わないし、気の合う同士で話し合って作業分担するのは構わない。自立して稼げる様になった方が、自分の好き勝手出来る自由が得られるし、いつまでもおんなじ人が保護されていちゃあ、新たに保護すべきもんの入る余地が無くなってしまう。
練習用で作ったつまみ細工は、テーブルナプキンやクロスと言った元の布汚れを誤魔化すために紅茶で染めて各院の窓口に並べてみたら、材料費が掛かったとしても些少の儲けが出る値段で売れた。因みに、街であれこれ下見したけれど妥当な値段がさっぱり分からなかったので、ダメ元でキルさんとエピ嬢ちゃんに値段付けをお願いしたら、値段付けから売り場作りまでやってくれた。ありがたいねえ。どう考えても、本来の仕事にはかすりもしない作業だってのに、ユーさんの人徳だよ。
珍しいだけじゃなくて、お手軽な値段の装飾品ってぇのがこの世界には余り無いってぇのも売り上げに繋がった様だし、ちゃんと作業者に雀の涙ほどではあるけれど手間賃を払う事が出来た。自分で稼いで自分のもんを買うのは良いもんだよ。
ドレスを切った材料の方も練習を重ねて腕を磨いた職人さん見習いにあたしが認定した人達が順次使って行って、こっちはユーさん家の執事であるシュザームさんが見つけてくれた城下町の雑貨屋数店と、爺様の店で売っている。
整った髭が渋いシュザームさんは謎が多い。50歳は超えているらしいんだけれど、ユーさんも出身地や経歴を知らないので、ユーさんスマイルで「シュザームはユースティティア家に来る前には何をしていたの?」と聞いてみたら「年齢を重ねた男には秘密が多いものです」とかわされちまった。いや、まあ、どうしても聞きたい訳でも無し。本人が言いたく無いんだったら、わざわざ聞き出す必要は無いさね。
まあ、あれだ、ユーさん家は渋い鯔背な爺様とオジさんが多いってこったね。
本業の彫金の方は、ちょいとばかり手間だけれど正体を明かさない謎の職人ってぇ事で、爺様の店の店員さんにお客さんの希望するデザインの聞き取りと大まかなデザインを作成して貰って、それをこっちで貰ってからあたしが実際に作る為のデザイン画を作ってお客さんに確認して貰う。それで良いって言われたたら作るってぇ流れにした。
流石に職人としての経歴無しの侯爵の娘っ子が作っているとか、おかしいからねぇ。とにかく目立つのは拙い。
学園から帰ったら堂々と好きな事が出来るってんで、学園でちょいとばかりご面倒なお嬢さん方に絡まれても「先日も申し上げましたが、英明なる殿下のお考えに口を挟む気はございません」でごまかして、ちょいと苛々しても帰れば楽しい作業が待っていると、ご機嫌さんな日々を過ごしていた。
過ごしていたんだよ、さっきまではね。
「ウィスは日本人なんですかぁ?」
雨降りの鶏じゃああんまいし、首ぃこっちぃ傾げ、あっちぃ傾げ、翡翠色の目ん玉をぱちぱちぱちぱち、開けたり閉めたり開けたり閉めたり、両手を胸の前で組んでこれも左右に振っているもんだから、忙しいったらこの上無いよ。
昼休みに学園図書館でエルトリアの植物図鑑を見ていたら、どうやってあたしの居場所を調べたんだか知らないが、胡散臭い笑顔で近付いて来た挙句に勝手に話しかけて来る始末。
不幸中の幸いと言って良いのか分からないけれど、王子さん達はどこかに置いて来たらしくて、目の前に座っているのはアザレさんだけだ。私の隣にはエピ嬢ちゃんが座っているけれど、のっけから「許しも無くお嬢様の前に座って話し掛けるなど、どういうおつもりなのですか?」とお怒りだったので、取り敢えずまあ、図書館で騒ぐのも迷惑だしと思って「何かお話しでもあるのですか?」と聞いたら、愛称で呼ばれた上に、日本人かと問いかけられた。
あちらさんが首を振っているんで、こちらも控え目に首を傾げて眉を顰めて差し上げた。
「日本人なのよねぇ?聖星を知っているんでしょぉ?」
セイホシってなんだろうね。日本人かと尋ねられたらいいえとしか言えないよ。だって、ユーさんは日本人じゃあないから。
「ニホンジンとは何ですか?セイホシも分からないのですが、それがわたくしとどの様な関係があると思われているのでしょう。いえ、メガイラ様にお聞きしている訳ではありませんのよ。ご挨拶も無しに話し掛けられても困りますし、わたくしとメガイラ様は同級生ではありますが、クラスも異なり関わりもございません。失礼ですが、そのよく分からないニホンジンとやらをご存知の方とお話しして下さいませ」
(ユーさんだったらご丁寧に礼儀のアドバイスから、謎の質問にも付き合うんだろうけれど、あたしゃあ知らないよ。エルトリアのルール破りをして、お嬢さん方に嫌われているってぇ事は、TPOを弁えられないお子様って事だ。お子様の我がままに付き合う義理は無いよ)
礼儀知らずのお嬢さんは放っておいて、視線を図鑑に戻してノートにスケッチをすべくペンを握ると、両手を伸ばして目の前の机をバシバシ叩き出した。
おまんまが足りない幼児の真似かい?煩いねぇ。
仕方なく目を上げれば、両手の平を重ねて胸に当てて、ほっぺを軽く膨らませ唇を尖らせている。遂に鶏になるのかねぇ?そのまま手ぇで胸を叩いて、コケコッコーと鬨の声をあげたらいいよ。逃げるから。
「知らんぷりしても分かるんですから。だって、おかしいでしょ?ウィスは私の為にマナーを教えてくれないといけないし、それがちょっと厳しくって、オルクス達にもっと相手の事を考えてとか言われないとダメなのよ。それと、私が出来ない課題を手伝わないといけないし、ドレスやアクセサリーをくれる筈でしょ?それでオルクス達に、要らなくなったお古をあげるのは失礼だって叱られなきゃダメなの。分かってる?」
分からないし、分かる気も無い。ユーさん、よくもまあこんな我儘なお嬢さんに優しくしてあげたもんだ。しかも、手前さんで努力する気が見えないし、頭に唐茄子でも詰まってるんじゃあないかね。
何であたしが大損するお願いを聞くと思っているのやら。これが王子さん達に良く見えるのだったら、妖術でも使っているのか、王子さん達の目ん玉が腐っているのか。目ん玉が腐っているのなら、くり抜いて銀紙でも貼っときゃあ良いんだよぉ。
「オルクス様、わたくしの不勉強をお許し頂きたいのですが、先程から、オルクス様のおっしゃっている事が全く理解出来ませんの。他国の言葉も不自由しない程度には学んでおりますが、オルクス様は何をおっしゃりたいのでしょうか?差し出がましいかと思いますが、お心に不安をお抱えではありませんか?」
(お前さんの言っている事はこれっぱかりも分からないんだけれど、もしかして頭が御不自由なのかい?それとも神経をやられっちまっているのかねぇ?)
「なっ⁉︎ 馬鹿にしているの⁈ ウィスが私のグループに入らないのがいけないんでしょ!」
「お疲れの様子で、周囲の状況に配慮を欠いていらっしゃいませんか?図書館で大声を出すのは間違っておられますよ」
(煩いねぇ。周りの注目を浴びちゃってるよぉ)
「酷いっ!私のお父様の地位が低いからって馬鹿にして」
酷いのはアザレさんだよ。お前さんのお父さんの地位は関係無く、お前さんの態度が悪いんだって言ってるんだけれどね。分かってて難癖をつけているんだか、本当にそう思っているんだか。まあ、前者だろうけれど、勝手に地位を貶されたオルクス伯爵さんの耳に入らないと良いね。お年頃の娘に貶されたら、お父さん泣いちゃうかも知れないよ。
で、だ、泣いちゃうかも知れないお父さんの娘さんが、あたしの目の前で「酷いー」とか言いながら手を目に当ててるんで、涙が出ているか出ていないかは分からないけれど、恐らく出ていないであろう泣き真似を披露して下さっている。
「お嬢様、どうなさいますか?」
エピ嬢ちゃんがこっそり聞いて来たので、無言で本とノートを纏めて百八十度回転、真後ろの席に移動して背中を向けて座り直した。目に入んなきゃあ、ちょいと煩いだけなので、どうぞご存分に、だよ。
◇◆少しアレな言葉説明◆◇
雨降りの鶏;首を傾げる事。その様。
のっけから;最初から。
唐茄子;かぼちゃ。