転移後の背景を語られた上でオマケの魔法を貰いました
アプリ乙女ゲーム『聖なる乙女は星と踊る』はルクスベルグ大陸にあるエルトリア王国を舞台として、聖なる力に目覚めた星の乙女アザレ・メガイラ伯爵令嬢が、攻略対象達と愛を育み、聖なる力を高め、王国を襲う魔の力を打ち払うといった内容になっている。
ゲームではアザレ・メガイラはデフォルトネームで変更する事が可能だが、異世界はゲームでは無いので当然名前はそのまま。
パズルゲームでポイントを集めて便利アイテムを買ったり、戦闘モードで魔物を倒してレベルとステータスを上げたり、食料系アイテムを使って様々な効果のある料理を作ったりする育成パートと、画面タップやフリック等を使ってライバル達と戦うダンスバトルパートがある。
ウィスタリアは侯爵の孫で、王の孫であり第二王位継承権を持つ同じ歳のオルクス・ラティウス・ユノ・エルトリアの婚約者候補で、ゲームではアザレのライバルの一人になっている。オルクスは攻略対象の一人で、対象の中では一番地位が高い。
攻略対象は全部で五人、ライバルキャラは三人だが、ヒロインを育成する為のかませキャラもいるので、難易度はそれほど高くない。
小さな頃からウィスタリアは素直で優しく控えめで勉強熱心であった事と、軍閥の筆頭で大将軍を務めるユースティティア侯爵と王家の繋がりを強固にする為、10歳でオルクスの婚約者候補になった。本来なら候補でなく確定としても良かったのだが、まだ幼いウィスタリアとオルクスの仲がどうなるか分からないと、孫バカの侯爵が頑張って交渉した結果この様な形に落ち着いた。
その為、ゲームと違いウィスタリアの他に婚約者候補が二人選ばれた。
エルトリアには国が管理する王立ルクラティ学園がある。女神の名を冠した学園は12歳から18歳の成績優秀な子女を受け入れ、各自の能力を磨き、今後の家同士の付き合いや仕事を視野に入れ、学園という世界の中で保護されつつも国と本人に有益な事を身に付けていく機関になっている。
ウィスタリアは入学式当日から目を疑う光景に直面した。ふわふわブロンドの可愛らしい女生徒がオルクスの腕にしがみついており、親しそうに眴めくばせを交わしつつ、何やら囁き合っている。婚約をしている訳でも無い男女が、ましてやオルクスは皆の上に立つ王子であり候補とはいえ婚約者がいると言うのに、人目を憚らず特別に親密な態度をとる事があってはならない。
本来注意すべき側近候補達まで、微笑みながらその様子を眺めたり話しかけたりしている様を見て、眩暈までして来た。
オルクスと婚約者候補は月に二回程、オルクスの母である王太子妃茶会で交流していたが、その場ではこの様な異常事態の欠片も感じられなかった。驚いたウィスタリアだが、令嬢らしくその場は黙ってやり過ごし帰宅後に祖父と父に話をして分かったのは、親しくしていた女生徒がメガイラ伯爵家の令嬢アザレであり、城下町の視察をしていたオルクスと知り合い、その後に細々とした交流を経て仲の良い女友達と呼べるような立場になっているという事だった。
先に入学してオルクスの幼馴染で側近候補でもある二つ年上の兄であるレルヒエの話によれば、アザレはウィスタリアと同じ歳で、7歳の時に知り合って以来、市井の事を討論する仲間として認められていて、異性として親しくしているのではなく幼い頃からの縁で距離が近いだけだと言う。
幼い頃からの感覚が抜けていないだけと言っても、状況としては異常であり祖父と父はレルヒエを叱りオルクスに諫言する様にと伝えた。
にも関わらず、レルヒエを含む攻略対象者や学園の生徒の多くが優等生となったアザレの周囲に集まり、味方である武官の祖父と父が国境警備や魔物討伐に出ている間に、ウィステリアは孤立してしまった。
ゲームでウィステリア以外のライバルキャラとされていた女生徒達も、学園のカリキュラムであるダンス大会等で競い合う事はあっても普段はアザレと仲良くやっている。
オルクスの婚約者候補三人は、王太子妃から学生のうちに学園という狭い世界で将来の為の言動を学ばねばならないのだから、先立ちになって生徒達が円滑に過ごせる様に采配すべきであると学園の伝統に則り、よく考えて行動する様にと通達された。
勿論、オルクスの動向については王太子と王太子妃に伝えられており、王家として未成年の幼い婚約者候補達が抑え切れるとは考えておらず、問題に対してどの様な対応をするのか、将来王の隣に並び立つ者としての資質はあるのかと言った判断材料の一つとされていたのだが、三人からすれば学園内で人気の仲の良い仲間、それも自分より高位の人物を含んでいる集団に対して公的な立ち位置で接する必要があり、他の生徒からの中傷や非難を受ける事になった。
その結果、ウィスタリア以外の二人は婚約者候補を辞退して、一人は隣国に留学、一人はストレスと過労で酷い神経衰弱状態になり領地で療養する為に休学となってしまった。
大将軍の孫で軍閥の最高位令嬢であり、兄が幼馴染兼側近候補として仕えるオルクスの、たった一人の婚約者候補となったウィステリアの退路は絶たれた。その様な状況下で最高学年まで学園の風紀や規則を守り、婚約者候補として相手にされなくとも正しい行動をとり続けた彼女は、冷たく口煩く厳しすぎると生徒達に嫌煙され四面楚歌となり、敵意とお節介に塗れた令嬢達から兄を含むオルクス達が卒業前のダンスパーティーで彼女を貶める計画をたてていると嘲りを含んだ言葉で告げられ、心がボッキリと折れてしまった。
ここに居たくない。居られない。
ウィスタリアは物心ついた時から信仰し朝晩祈っている慈愛の女神ルクラティに願った。
苦労しても構いません。努力が報われる場所を指し示し下さい。
ルクラティはそれを受け入れ、ウィスタリアの辛い思い出を刺激しない様に、その魂を別次元である日本に転生させた。
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あー、長かった。特に名前が。徳川次郎三郎内大臣従一位源朝臣家康ってかい?
『シオンさん、理解していただけましたか?』
「いやまあ、大体は。でだ、そのお嬢さんが過去を捨てて日本に生まれるならそれで良いじゃないか。人間前を向いて進まなくちゃあ、いけないよ。過去の失敗から学び、繰り返す事なく真っ直つぐ進んでくってぇのは、良いよねえ。あ、だからといってここまで付き合ったんだ。そうですね良かったですね、じゃあさよならってんで、あたしを火ん中ぁポンと放り出すのは無しだよ。そこんとこは上手い事してくれてさ」
『いいえ、ウィステリアの魂は転生しましたが体は残っています。シオンさんを火事から救った代わりにウィステリアとして学園を卒業し、その後安心出来る居場所を確保していただきます』
「はぁ?もう良いじゃないか。お嬢さんは家族とは離れちまったけど努力次第で幸せを掴めて、その中抜けの体がどうなるかは知らないけど、まあ、ピンシャン動ける事こたぁ無いだろうし、ベッドにでもすっ転がして置けば良いさね。命は助けて貰ったけど、与太話に付き合ったんだ、ちょいとばかりオマケして火事が起きる30分程前に戻しておくれな。そしたら貴重品持って逃げるからさ」
『戻せません。別次元だと理りの力が』
「分かった!分かってないけど分かったよ。長くなるのは面倒だ。大切なとこだけ教えとくれ。ユースさんになって貶められたら死ぬのかい?拷問を受けるとか、再起不能になるとか、死刑になるとかさ」
『それはありません』
「あたしは安全に日本に帰れるのかい?」
『そこは卒業して危機を乗り切った後、シオンさんとウィスタリアの魂をこの場に召喚するのでご相談下さい』
「何でそこでお嬢さんの名前が出て来るんだよ」
『シオンさんの心、いえ、精神をそのまま体を戻したら燃えますので』
そこは動かせないのかいっ。何てこった。世の理りってぇのはしちめんどくさいモンだねぇ。融通が効かないよ。景気良くポーンとオマケしてくれるのが、女神の心意気ってぇモンだろうに。まあ、出来ないのなら仕方ないけどさ、そちらさんの尻拭いで他所様を拐って来るなんてぇ真似してつくれたんだから、もうちょっと何とかさあ。
『危機を乗り越えればウィスタリアも安心して戻って来れますので、それまでウィスタリアが日本で過ごしていた体に転移していただくという形になります』
それはそれは、突き出し心太じゃああるまいし、あっちぃ入れたりこっちぃ入れたり、えらくいっそがしいこったねぇ。それに生き返るけど新しい家族の中に放り込まれるたぁ、またざっかけないこった。一応あたしにも「子供も巣立ったし、外国で楽しく暮らすよお」何て浮かれて出てった上、何だか見事にあちらさんに馴染んで生きてるか死んでるかってぇ連絡も来ない二親がいるんだけどねぇ。
元々相性が良くなくて、死んだ爺さんと婆さんに育てられたけどさ、元に戻れないんならあたしが丸焼けしたってぇ連絡は流石にあっちに行くんだよね。親より先に逝くのは親不孝って言うけど、まあ付き合いの薄いお二人さんには最後の面倒な後始末って事で諦めていただいて、と。
「お嬢さんが日本や周囲の人達とお別れたくないって言ったらどうすんだい?」
『そこは話し合いで』
行き当たりばったりかい⁉︎ あたしの人権はどうなった?
『ルクラティ様はルクスベルクの神で、ウィスタリアはその信徒ですので』
日本に戻ったら、お賽銭はずんで大国主命と少彦名命に女神をはっ倒して貰うように祈るかね。
『物騒な事はお考えにならない様。少なくとも今直ぐ火事の中にお戻しする事も出来ますので』
嫌なやつだよ。全く。
「流石に大方の情勢が決まったとこにおっぽり出されても、あたしにゃあどうも出来ないよ。確かに神経は太い方だけどさ、上がっちまった双六の巻き返しは無理だよ?」
『それは大丈夫です。学園入学の12歳まで巻き戻した時点での入れ替わりに致します。今迄にウィスタリアが身に付けた能力は備わっておりますので、そこはご安心下さい』
結構な小細工が出来るんじゃないか。なのに火事の前には戻せないって、ああ、あれかい、これも異世界に手を出す限界ってやつかい。
『その通りです。それから、ルクスベルグには魔法の力があります。不利な状況を乗り切る為に一つだけ、シオンさんの望む魔法能力を差し上げます。但し、相手の精神に異常を及ぼすものや、大きく天候を左右する、大量の魔物を消失させる、広範囲の生き物を癒す、大型隕石を落とす等といった、世の』
「分かった、分かった、理りを乱すのはダメなんだよね。良いよ、楽しく過ごす為の力をおくれな。金属を加工する力をね」
『金属を加工する力、ですか?魔剣や聖剣を』
「違う、違う。細工だよ、金属細工をするのに便利な力さね。加工したい金とか銀の硬さを自由自在に出来る力。出来れば輝石を好きな形に変化させる力も欲しいんだけど、これだと複数になっちまうかね?」
『何故その様な力を?』
あら、あたしの仕事は知らなかったんだねぇ。
「藤 紫苑26歳、金属工芸を学んで爺さんの後を継いだ駆け出しの彫金師ってぇのが、丸焦げになりかけたあたしの生業なりわいだよ。趣味はスポチャンとツマミ細工としんこ細工。機材を使わないで金属の硬さを調節出来るんなら、御の字所か天まで昇る気分だよ。出来るかい?」
何でまた豆鉄砲くらった顔になるかねぇ。好きな事が出来れば、ちょいとばかり苦労しても気にならないさね。
『分かりました。フジシオン、女神ルクラティ様の名に於いて、妖精ミルカが契約を結びます。祝福は金属と輝石を変化させる力』
「ちょいとお待ちな。金属は硬さだけだよ。加工はあたしがやるからさ。自分でデザインして作り上げるのが面白いんだから」
『分かっています。シオンさんの心を、いえ、頭の中のイメージをそのまま投影しますのでご安心下さい』
心っつうと、あたしに突っ込まれるから回避したね。良い傾向だよ。
って、あたしの道具袋!
『道具袋はウィスタリアの私室に送っておきます』
ほんとかい⁉︎ 約束だよ⁈ 置いてなかったら次会った時、頭から塩かけて齧りついちまうからね!!!
【ちょっとアレな用語説明】
◆ 徳川次郎三郎内大臣従一位源朝臣家康;官位も入れた最終的な家康の名前。トッピング全部乗せ状態。
◆ざっかけない;粗野な、ざっくばらんな、ガサツな。
◆双六;すごろく。
◆ツマミ細工;正方形の小さな布をピンセットで摘んで作る細工物。複数個を合わせて植物や鳥などを形作る。簪等に使われる。
◆しんこ細工;上新粉に砂糖と水を入れて蒸し、温かいうちに形作るお菓子。屋台、自転車移動式屋台等で出ていたが、2021年現在は見かけない。面白いけど然程美味しくない。だって、米粉と砂糖だし。インターネッツwを検索すると、手軽な親子工作として勧められていたり。料理でなくて工作とされているのもアレです。