育ち盛りの子供の夜更かしは宜しくない
毎日送り迎えして貰い「実は一人で乗れるんですぅ」という事実と、優しい爺様達を騙している事が気になって仕方が無い。元々嘘ってやつが苦手で、吐くのも吐かれるのも嫌いなのでストレスが溜まる。貯まって良いのは貯金と信頼、溜めちゃいけない汚れ物。
朝練と週末の訓練で、まあまあ早く上達している振りをしながら「そろそろ一人でも」「未だダメだ。怪我をしたらどうする」という会話を毎度毎度やらかす羽目になって、その憤りを夜中の作業に向けている。
「うっふっふっふっふ。これは貯まって良いやつだよぉおおおお」
注文した長火鉢の上に、これまた同時注文した五徳と小さな片手鍋を設置。すり潰して水に浸した米粉を水ごと入れて、三七は二十一日の間、とろーりとろりと煮詰めまするれば、赤い振砂に椰子油、テレメンテイナ、マンテイカ、唐、天竺、南蛮渡りの妙薬をば合わせまして、良く練ってつくりましたのが、このガマの油でございます。
キルハイトさんとエピナートさんを巻き込んで、たっぷり作った正方形の布に米糊をチョンチョンと付けて、ピンセットで摘んで細長くすれば剣先つまみ、丸く摘めば丸つまみ、丸つまみ五個を円形に貼り付ければ、可愛い梅の出来上がり。剣先つまみをチョンチョンと飾れば、藤下りの出来上がり。真ん中につける花芯が無いのが不便だけれど、そこはそれ、ユーさん家の物置に置いてあった壊れたシャンデリアから拝借したガラスビーズを貼り付ければ商品レベルのうっつくさ。
「貯まって来たよ、貯まって来たよ、あたしが作ったもんは時期を見て売る方法を考えるとして、この練習用持って早いとこ慰問に行きたいねえ。これだけあれば根気と真面目にやる気持ちがあればあっという間に手に職で小金持ちだよお」
練習用の布がたっぷり入った長持ちに手を入れてガッサガッサとかきまわす。空気を入れ替えてやらないと、カビでも生えちゃあお話にならない。
調子にのって思わず振りまいた。
「さてお立ちあい。半紙を一枚切ってお目にかける。半紙一枚切れるときは人間の甘皮一枚切れるという。一枚の紙が二枚に切れる。二枚が四枚、四枚が八枚、八枚が十と六枚、十と六枚が三十と二枚。三十と二枚が六十と四枚。六十と四枚が百と二十八枚。春は三月落花のかたち、比良の暮雪は雪降りの形!あっ……」
やっちまったよ。
夜中、一人寂しくちっちゃな布を拾い集める。小さな白い紙っぺらみたいなもんを手にしたら、撒きたくなるよねえ。あたしだけかねえ。
こんな夜は、ちろりに日本酒をほんのちょいと舐める程度入れて、湯燗して飲むのがお楽しみだったんだけれどねえ。ちょいと失敗した日に、お猪口一杯も満たさない位でさ。
「酒の肴もいつもより美味しく感じるんだ。『出来ますものは、汁、柱、鱈、昆布、アンコウのようなもの、鰤にお芋に酢蛸でございます、フィー』ってね。全く、独り言が多くなっていけないよ。誰かに話せりゃあ楽になるんだろうけどさ……」
うん、湿っぽいのは此処までさね。あたしゃあやってやるよ。同じ日本人が、他所さんの世界で罪の無いお嬢さんを傷つけて良い話なんてぇ無いね。
そのアザレさんだけれど、入学して半年、何かってぇとユーさんに絡んで来る。絡んできた所で、こちらからは用が無いんだから、素気無くお断りさせていただいているんだけれど、王子さんやらレルお兄いさんやら仲良し連中やらにと、誘っても相手をしてくれなくて悲しいってぇ言い分で縋るもんで、こちらに注意がのべつ幕無しにやってくる。
お坊ちゃん達がアザレさんに良い様に動かされてるんで、図太いあたしとしちゃああちらさんが関わるのが嫌んなる程言い負かしても良いんだけれど、お貴族様ルールで侯爵の孫娘が目上の王子さんや野郎どもをコテンパンに言いまかしちゃあ拙い様だから、毎回その場は我慢して、爺様と父様に相談という告げ口をしなきゃあならない。
これがまた歯痒くってねえ。
で、溜まったストレスを夜の手仕事にぶつけた結果が大量のつまみ細工と、ちょっとした実用性のある根付っぽい飾り。女神さんから貰った金属の硬さを変える能力ってぇのを確認する為に、物置にあった折れた銀の燭台をちょいと拝借して、ユーさんの家の紋章入りの飾り紐をつけた細工物を仕上げた。盾型を二枚貼り合わせて間に五センチ位の帯を挟める様にしたから、剣帯を通せるし房飾りなんかもぶら下げられる。
お世話になってる爺様や父様や軍のお姉さん達に差し上げようと思ったんだけれどね、ねえ。
いや我ながら良く出来てるんだよ?出来過ぎだ。いやね、こちとらこれでお金を頂戴している玄人だ、職人として適当な仕事は出来ない。しかも、銀が面白い様に柔らかくなるもんで、いつもより楽しくなってねえ。形を作ってから大切な道具袋からタガネとおたふく金槌を出して、こちこちやり始めたらねえ、止まらないよ。
ユーさん家の紋章が、盾の前に剣が斜めに掛かってて、そこに百合が一本すっと伸びているってなお洒落なもので、こちこちこちこち延々やって、何と言っても熱を使っての金属加工部分を省けるもんで、いつもなら一つがとこ十日程度の細工が半分程で済んで、気が付けば十。
一応見つかっちゃあ拙いと思って、書き物机の鍵の掛かる引き出しにバラした燭台と道具袋と一緒に入れて置いたんだけど、キルハイト坊ちゃんとエピナート嬢ちゃんの目がねえ、作り始めた翌日の夕方、何か聞きたげにあたしと引き出しを往復してたよ。
見たね、と思ったけれど、あちらさんが言って来ないのなら手前からやりましたって自白する必要も無いよね?実に申し訳ないのは日々思っているんだよ?この世界に鰹があるんなら、女房を質ぃ叩っこんでも御ご馳したい位だよ。いや、女房はひっくり返ったって作れないんだけれど、それっくらい悪いなと思ってるんだよ?
うーん、そろそろ潮目かねえ。
窓の外に目をやれば、月明かりに照らされた屋敷の植え込みの間を歩く見回りのお兄さん達。お疲れ様です。あの人達もユーさんを守ってくれてるんだよねえ。
つまみ細工の長持ちを衣装部屋に叩っこんで、うーんと伸びをした。よし、寝よう。今日は寝よう。
◇◆ちょっとアレな言葉説明◆◇
三七は二十七日の間〜;落語『蝦蟇の油売り』より
うっつく;美しい。美人。「お前さんうっつくだね」と言われたら「綺麗ですね」と褒められています。
さてお立ち合い。半紙を〜:落語『蝦蟇の油売り』より
出来ますものは〜;落語『居酒屋』より。居酒屋のメニューを店員が読み上げていくシーン。柱はバカ貝の小柱。江戸前の寿司、かき揚げ天ネタの一つ。「ようなもの」は店員(小僧)の口癖。
根付;江戸時代の留め具。紐で小物と繋ぎ帯に挟んでぶら下げる道具。
女房を質ぃ叩っこんで:『女房を質に入れても初鰹』流行り物が好きで見栄っ張りの江戸っ子を読んだ川柳。
御ご馳;御ご馳走。おごちしたいなので、(二人に)ご馳走したい。おごちになる、ならご馳走をいただきます。(ごちになります)




