爺様との相乗り登校で持ち込まれる厄介も防止された
入学式以降、馬車での登校は止めた。ある程度の地位や財産のある生徒はみんな馬車で登校する為から、朝から学校の前は大渋滞になっちまう。黒いの、白いの、灰っぽいのに、濃いのから薄いのまでの茶色な馬が、これまた紋章とやらを描き込んだ馬車をガラガラと引っ張って、学校の職員さんが誘導するのを待たなきゃあいけない。あたしゃあ短気な人間だからね、無駄な時間を消費するのはごめんだよ。
初日は早起きして爺さんに交渉したら「可愛い孫娘に何かあったらどうする⁉︎ 」と断固反対の構えを見せられたが、可愛い孫娘の立場を利用して「多くの馬車が集まって事故も怖いですし、軍に所属するお爺様やお父様の馬に相乗りさせていただければ、わたくしも安心して学校に向かえますわ」と言ったら、嬉々として二人乗り用の鞍を出してくれた。二人乗りで前に持ち手もあるし、横座りも出来るってぇ優れ物。作った職人さんと話して見たいねえ。丁寧な仕事が素晴らしいよ。
嬉しそうに馬に鞍をつけている爺さんに、後から来た父さんが「父上、俺が送りますよ」と言い出して、「ウィスは儂に頼んで来たんだからな、儂が送るに決まってるだろう」と断られているのを見ると、何だか申し訳無い気持ちがむくむくと、ねえ。
お二人さんの大切なユーさんじゃなくて、知らずに図太いあたしの為に心を砕いてくれて、あたしが悪い訳じゃあ無いけど結果として騙しているから気が引ける。それもこれも女神さんの策略で、ユーさんを守る為だからってぇ事で、あたしもこの気持ちを押し殺すしか無いんだけれど。
兎に角、秘密はあるけれども大切な家族として、気持ちに応えて大切にしていこうって思ったね。だから、毎日交代で送って貰う事にした。レルヒエのお兄いさんは複雑そうだったけど、そちらさんにはあのアザレお嬢ちゃん対応係という重要なお仕事を頑張って貰おうじゃないか。あたしゃあこれっぱかりも関わりたく無いからね。
誠実に付き合っていけば、実は娘の影武者でした〜ってバレた時の怒りも少なくなる、と思うんだよねえ。後はあたしも女神に誘拐されて、この状況から逃れられなくなった被害者ですって主張するね。それしか手が無いから。
さて、交代で送って貰うのはいいけれど、爺さんも父さんも常に屋敷に居る訳じゃぁない。武力で解決しなくちゃあいけない事があれば、二人揃ってお出かけになる。それから、送って貰った所で帰りの足は馬車を推奨される訳だから、ここは一つ、一人で馬に乗れるという事を主張しなくちゃあいけない。
男子生徒の一部は馬で登下校するから、預かってくれる馬房もあるし、ちゃんとした手入れが出来る職人さんもいる。行き帰り馬なら買い物も自転車を停める感覚で出来る、と思いたいというか、まあ、あれだね、一人で動けるってぇのがありがたいよ。あの鬱陶しい愉快な仲間達を撒くのだって楽だと思うし。
実際のとこ、健気なユーさんは14歳の時に王家が郊外で開催する狩猟大会に王子さんに随行出来る様に、馬術を学んで15歳の頃にはかなりの腕前になっていた。しかも横乗り。横座りじゃあない。馬の片側に足を引っ掛ける突起が二つあって、足を挟み込んで乗るんだけれど、乗る人は体を常に捻んなきゃならないし、馬の方は片側に多くの負担が掛かるからどっちも体に良くないんだとか。よくもまあ、婚約者候補ってだけで、そこまでやってあげたもんだよ。あんにゃもんにゃ王子の見る目の無さったら無いね。
だから、体と頭で覚えている横乗りはしない。だって体に悪いんだよ?何で半分がとこあの連中対策で、悪くないユーさんの体ぁ悪くするなんてたまったもんじゃないよ。
必要なのは横向きに乗ってゆっくりで良いからある程度の制御が出来て、一人で乗れる体制を覚える事と、最悪制服で跨ってもそれを隠せるエプロンみたいな物を作る事。
「お爺様、お父様、お願いがあるのですが……」
本当に申し訳無いけれど、送ってもらうついでに渋爺さんと渋父さんに訓練とエプロンぽい服のお願いをすれば、危ないとは言われたものの極上の笑顔で承知してくれた。「わたくしもユースティティアの娘です。有事の際には馬を駆り、陛下や殿下の前に立ち、騎士の方々の手が届くまでこの身を持って敵を防ぎましょう」とか思ってもいない事を言ってお願いしたらイチコロだったよ。
実際に有事があった時にゃあ、あたしの目の前で、膾にでも千六本にでもされちまえば良いんだよ。あの、すっとこどっこいどもは。その間にあたしゃあ逃げるよ。
あ、いやこんな事考えるようじゃあダメだね。幾ら気に入らなくても目の前でおっ死なれるもの嫌だし、死ぃを願うような事を言っちゃあお終いだよ。一応、義理ってぇもんがあるし、転生したというアザレ嬢ちゃん以外は子供なんだから、体は小さくっても26歳のあたしが見捨てちゃあダメだ。大人としての仁義にもとる。
こっちの世界に来てから直ぐに、あの人の話を聞かない表六玉連中に勝手な事言われて意識はしてなかったけど、存外にダメージが大きかったんだねぇ。
「お嬢様、僭越ながら申し上げます。体がまだお小さいのに馬で登下校されるのはどうかと思います」
「付き合わせてしまうキルハイトには悪いけれど、わたくしにとって必要な技能ですから、早いうちに身につけるのは良い判断ではないかしら。それに、キルハイトも見たでしょう?殿下とお兄様がお連れになった方々を。明確な理由が不明のまま、わたくしとメガイラ様はお友達になるべきだというような事をおっしゃって、家に押しかけて来るのです。あの様子では、一緒の馬車で登下校という事態にもなりかねませんわ」
(そりゃあね、お坊ちゃんを付き合わせるの悪いと思ってるけどさ、足回りを軽くしとかなきゃあいけないさね。ユーさんを破滅させる連中と仲良くさせる気はこれっぽっちも無いんだよ。ユーさんの記憶だと、入学式からこっちアザレ嬢ちゃんはユーさんに付き纏って、上手い事ユーさんを貶めて自分の味方を増やしていってたからね。近寄るのはごめんだよ)
爺様の馬の横を馬に乗って並んで歩くキルハイト坊ちゃんは心配そうだけれど、こちらにはご機嫌な爺様がいる。
「キルハイト、行きは儂らが送るし、帰りは家から人を寄越してやるから安心しろ。ウィスの自分で頑張りたいという気持ちは尊重してやらんとのう。お前は従者として、怪我の無いよう気をつけてやってくれ。この先、誰かを守る事もあるだろう。ウィスもやってみて無理そうだと感じたら、ちゃんと言葉に出来る子だからな」
「畏まりました、大旦那様」
それにしても、乗馬通学は正解だったよ。
入学式の翌日、爺様と出発する前にレルヒエのお兄さんが慌てて出て来て「ウィスをどこに連れて行くんですかっ⁉︎ 」って言って来たんで、爺様が「儂に送って欲しいと言うんでな」と渋ーい笑顔でそのまま置き去りにしてくれたからね。前日、あのぞろっぺえ集団を手引きして、やり手のアザレ嬢ちゃんと友達になれってぇ押し売り野郎がポカンとしたのは、スッキリしたよ。全く、ざまあみろだよ。
爺様に送って貰いながら、初っ端からこの調子じゃあ先が思いやられるねえって思っていたんだけれど、学園到着した途端に人が寄って来て、爺様を確認した途端に離れていった。
ユーさんの記憶のよれば、入学式で王子さんを頭に愉快な仲間達がアザレ嬢ちゃんに貼っついていたんで、婚約者候補でお偉い侯爵さんの孫であるユーさんに抗議が殺到。同じ学生であるっていう関わりしか無い王子さん達に自分で文句を言うなんてはしたのうございますわってな思考で、ユーさんにお願いしようってって連中に色々と言われたらしい。
確かに、常識として王子さん達の態度は拙かった。けれど、それに関わりが薄い連中が他人任せと、文句は言いたいけれど直接言って権力のある連中の覚えが悪くなるのは嫌だっていう様な手前勝手な性根で何とかして貰おうってのはいただけない。
あたしにお願いされても、正しい事なら自分の口から言えば良いさねって返すんだけれど、無骨な常勝将軍とか何とか言われている爺様がついていたんで逃げられたらしい。流石爺様、存在だけで蹴散らすなんざあ。心強い。
集まって来た中に、騎士見習いのゲーネシス坊ちゃんも見えたけれど、あれも爺様には弱いんだね。騎士ってぇのは武士に似ているんだから、爺様に突撃くらいしてくれば良いのに。百戦錬磨の爺様に腰が引けるのはわからないでも無いけれど、男だったらドーンと当たって砕ければ良いんだよ。ああ、でも一つ評価出来る事があるよ。早く登校したあたしを待っていたんだから、朝はきっちり起きているんだよね。早起きは大事だよ。
◇◆ちょっとアレな言葉説明◆◇
あんにゃもんにゃ;物事の道理がおかしい事。世事に通じていない事。なんじゃもんじゃの変化語。
がとこ;古語。約。そこいら。位。半分がとこ→半分位。




