皇太子位
玄宗が臨し王だった時、ろ州別駕に任じられていたので、ろ州に赴任していた。
その地で、妓女であった趙麗妃を見初め寵愛し子を成した。
趙麗妃の子は第二子ではあったが、皇太子として立った、“瑛”である。
玄宗が即位するに及び、武恵妃を寵愛するようようになった。
武恵妃の子供は三人続けて亡くなったが、育った瑁は、誰にも増して、玄宗の愛する皇子となった。
皇太子・瑛
皇甫徳儀は第五子、鄂王よう
劉才人は第七子、光王きょ
は、母親同士がろ州の出身ということもあり、よく一緒にいた。
そして、皇太子、鄂王、光王は玄宗の愛情が薄くなった母親を思い、会えば、お互い内密に怨みごとを口にした。
しかし、地方の妓女と、都の宮中育ちの女子を見たら、やはり若い玄宗には垢抜けた武恵妃が魅力的に見えたであろう。
まして、年齢も若ければ、なおのことであったであろう。
あまり責めるのも酷な気がする。
武恵妃が生んだ咸宜公主は楊かいと婚姻していた。
楊かいは、寿王が宮中でいると宮中へ、十王宅に入ると十王宅へと、義兄弟を訪ねる振りをして怪しまれないように、皇太子たちの身辺を探っていた。
そして、武恵妃に報告した。
その報告から、武恵妃は、玄宗に泣いて訴えた。
太子様が陰で仲間と相談して、私たち親子を殺そうとしています。
陛下の悪口も言っています。
玄宗は激怒し、宰相に三人の皇子を廃したいと、言った。
張九齢は、
陛下、陛下が即位されてから、三十年近くになります。
太子様たちは、宮殿奥深くにいて、宮殿を離れていません。
陛下の訓示を受け、天下の人は陛下の統治が長く続き、子孫が繁栄するであろうと、喜んでいます。
今、三人の皇子様は成人なさっています。
大きな失敗もないとお聞きしています。
陛下は根も葉もない話を聞いて、一時の感情で皇子様たちを廃そうとするのですか?
それに、皇太子は国の基、軽々しく動かすべきではありません。
昔、晋の献公が驪姫の話を聞いて申生を殺し、三世が乱れました。
漢の武帝が太子の罪を訴えた江充を信じ、都に血が流れました。
晋の恵帝は賈后を用い、愍懐太子を廃しました。
中原が苦しみました。
近いところでは、隋の文帝が独狐皇后の進言を受け、太子勇を廃し煬帝を立てて、天下を失いました。
ことを見るには、慎重でなければなりません。
陛下がなさろうとしても、私は命令に従いません。
玄宗は喜ばなかった。
李林甫はなにも言わなかった。
退室してから、陛下お気に入りの宦官に言った。
これは、陛下の家事である。
なにを他人に聞くことがあるのか。
玄宗は、いまだ決められずにいた。
武恵妃は、側仕えの牛貴児を密かに使わして、張九齢に言った。
廃される者もあれば、興る者もいます。
あなた様が支えてくださったら、宰相の地位に長くいられますよ。
張九齢は牛貴児を叱った。
そして、その話を玄宗に語った。
玄宗はその話を聞いて驚き、顔色が変わった。
だから、張九齢が宰相を罷めるまで、太子の地位は動かなかったのである。
李林甫は昼夜、張九齢の欠点を陛下に言った。
玄宗は、李林甫の悪口に浸った。
そして、張九齢が嫌になってきた。
皇太子を廃するためには、張九齢を罷めさせねばなあ。
玄宗は高力士に言った。
だが、武恵妃も馬鹿だなあ。
張九齢、あの顔を見たら、わからんかなあ。
“くそ真面目”と顔に書いてある。
多分、今まで武恵妃の誘いを断った者がいないのだろう。
だから、あんな、唐変木に使者を送ったりしたんだ。
それを、張九齢は朕に報告する。
張九齢も怖いもの知らずだなあ。
皇后待遇の女子だぞ。
普通は、後難を畏れて口にはせんだろう。
武恵妃も、驚いただろう。
まさか朕に報告するとは。
武恵妃の手の内が見える。
今まで、あんなふうにして生きてきたのだなあ。
朕の寵愛を後ろ楯にな。
朕は、張九齢を騙すのが辛い。
あの者は、朕のような立場の者では、なかなか会えない男だ。
だが、騙さねばならぬ。
唐のためだ。
武恵妃には、それなりの代償を払って貰うことになるだろう。
なあ、高力士。