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蓮華 代宗伝奇  作者: 大畑柚僖
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李林甫

開元二十四年(736年)

十月、玄宗の乗る車駕が長安に向かって出発した。

その前に、来年二月二日に長安に行くとの、勅命が下されていた。

けれども、宮中で不審なことが起きたので、次の日、宰相を呼んで、すぐに長安に行くことを、話し合わせた。

裴耀卿と張九齢は、

今は農家の収穫の終わる頃です。

もう少し、待っていただけませんか?

と、言って退室した。

李林甫は部屋に残って、玄宗に言った。

長安、洛陽は陛下の家です。

往来は、いつであろうと好きにされたらいいではありませんか?

農家が迷惑ならば、通る道筋には租税で対応しましょう。

私が担当の者に伝えます。

長安に、すぐ出発しましょう。

玄宗は喜んで、従うことにした。

李林甫が退室すると、高力士がクスクス笑った。

陛下、長安から、夾城の工事が完成したとの連絡が入ったので、見たくなったのですね。

だから、不審な事が起きたのですね。

変だと思いました。

二月二日は踏青の日。

春を探しに、民は郊外に出かけます。

出来たばかりの夾城を通って、曲江へ出かけようと思われているのですね。

下見のために。

踏青の日には天女様と一緒に、出かけるおつもりですね。

池の側で春を探すと開放的になるでしょう。

なにかの楽器の演奏を聞けるかもしれません。

なにかの舞いを拝見出来るかもしれません。

お親しくなれる、いい機会です。

そなた、朕のことはお見通しだなあ。

当然、寿王も武恵妃も、その他もろもろ付いてくるがな。

まるで金魚のフンのようにな。

でも、いい機会ではある。

武恵妃は、音楽を嗜んでいなかった。

難しい曲も簡単な曲も聞いて、わからなかった。

説明しても、理解しようとしなかった。

忠王様に、楽器と舞踊の師匠が出入りしていると聞かれて、出入りの師匠を呼ばれて腕まえなどをお聞きし、鼻歌などを口ずさんでおられました。

天女様は、かなりの腕まえと見受けられます。

ああ、そのとおり、

同じ趣味を持つのは、話がはずんで楽しいものだ。

おまけに、舞りまで楽しめるかも。

眼福だ。

そなたも、朕の側にいるから、いい思いができるのだぞ。

皇帝とは面倒なものだなあ。

一度、勅をだせば、余程ことがない限り命令を覆せない。

まあ、皇帝の言葉が重いということだがな。

早く対応しなければ、原因を調べると言う者が現れる。

事はうまく運んだ。

李林甫のおかげだ。

さあ、出発だ。

いろいろ、考えてくれ。

作戦を練らねばな。

高力士、不審な事はあったのだ。

勘違いかも、知れんがな。

ハッハッ、



朔方節度使、牛仙客は倉庫の軍事の品を充実させ、兵器を磨き整え、仕事に励んでいた。

玄宗はそれを聞いて嬉しく思った。

尚書にしたいと、張九齢に言った。

張九齢は言った。

いけません。

尚書は、昔の納言です。

唐が始まって以来、大臣になった者と徳のある者しかなっていません。

仙客は河湟の事務官だった者です。

今、重要な地位につけると、朝廷が恥をかく怖れがあります。

封地を与えるのはどうか?

いけません。

封地は功績のある者のもの。

辺境の指揮官が倉庫を充実させたり、兵器を整えたりするのは、当たり前の仕事です。

功績には、不足です。

陛下は褒めて、金や絹を賜ればよいのです。

封地は良くありません。

玄宗は黙った。

ことごとく反対する九齢に、腹を立てていたのだ。

李林甫が言った。

仙客には、宰相の能力があります。

尚書くらいなんです。

九齢は学者みたいな者、大局はわかりません。

玄宗は喜んだ。

次の日、玄宗は再び、張九齢に、仙客の封地の事を言った。

張九齢は、前回と同じように、強く反対した。

玄宗は、顔色を変えて怒った。

卿、すべてそなたの思い通りか?

張九齢は床に頭をつけて、謝った。

陛下、私は愚かです。

宰相殿の罪を得ることになっても、まことでないことには、あえて言わずにはいられないのです。

玄宗は言った。

卿、卿は仙客が家柄が悪いからイヤなんだ。

では、そなたはどんな家柄なんだ?

私はいなか嶺南の生まれで、都では身寄りもいない卑賎の者です。

仙客は都会の生まれです。

けれども、私は長年、重要な役所で詔勅の仕事をしていました。

仙客は田舎の小役人、字も読めません。

もし、大任をまかせたなら、人々の期待に応えられないのを心配します。

李林甫は退室した。

そして、聞こえよがしに言った。

才能と見識があればいいのだ。

学問なんかは必要ない。

天子が人を用いるのに、なにが問題なのだ。

もし聞こえなくても、お側の者が後で、玄宗に伝えるであろうと、考えての発言であった。

十一月、玄宗は仙客を“隴西県公”とし、封地三百戸を賜った。

その四日後、裴耀卿は尚書左丞相となり、張九齢は尚書右丞相となり、政事から外されたのである。

張九齢が外された中書令には、李林甫が任じられた。

朔方軍節度副大使・牛仙客は工部尚書、同中書門下三品となったのである。

李林甫は、こういう形で少しずつ、玄宗の張九齢への信頼を損なうように、仕向けたのである。



かつて、玄宗は李林甫を宰相にしたいと思った。

中書令の張九齢に聞いた。

九齢は答えた。

宰相は、国の安危に関わります。

陛下が、李林甫を宰相になされば、国に憂うことが起きるのでは、

と、怖れます。

玄宗は言うことを聞かなかった。

その頃、張九齢は学問によって、玄宗に重用されていた。

李林甫は妬ましく思いながらも、おくびにも出さずに、仕えていた。

侍中、裴耀卿と張九齢は仲がよかった。

李林甫は二人を憎んだ。

この頃、玄宗は在位が長くなり、贅沢心がおこり、政事に飽きてきていた。

張九齢は、細かい事から大きな事まですべて報告して、変だと思う事には反対した。

李林甫は玄宗の気持ちを巧みにうかがい、日々、何かにかこつけ、九齢のことを悪く言った。

追い落とすことに、根気良く対処したのである。


李林甫の努力が実を結び、張九齢と裴耀卿は政事から退いた。

朝廷の頂点に立った李林甫は、なにをしたのか?

李林甫は、玄宗の耳と眼を蔽い塞ごうと考えた。

自分の遣りたいようにしようとしたのだ。

そして、諫官たちを呼び集めた。

(諫官 天子の過失をいさめる役)

(諫職 君主をいさめる役)

(門下省に置かれた。)

(諫官の長を諫犠大夫とした。)

今の陛下は英明であられる。

臣下たちは陛下に従っていれば、忙しくて暇がないだろう。

鳥のように多く喋らなくていい。

諸君は儀式の時の馬を知っているだろう。

人で言うならば三品の位の食事をしている。

まあ、いい待遇といえる。

ただ、いくらおとなしくじっとしていても、一鳴きすれば、その地位にはもういられない。

後悔しても、後のまつりだ。

数日後、諫官の補欠、杜しんが陛下に上奏した。

次の日、下けい県の令(知事)に出された。

諫官の補欠は七品上

上県令は従六品上

一見、官位が上がったように見えるが、当時の感覚では品官が下でも、長安にいることの方が貴っとばれたのである。

実質的な左遷である。

これ以後、玄宗へ諫言する者は誰もいなくなった。


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