人形作り
母はそう言って、私の手を両手で包みました。
私は母の言葉から、初めて道教では蓮の花が聖なる花だと、知りました。
殿下はご存知でしたか?
私は、掖庭宮育ち、無学です。
確か、李家は道教の老子を祖となさっているとか?
その道教が、蓮を聖なる花としているのなら、もしかして反対されないのではないでしょうか?
このことは、無学な私は自信をもっていえません。
殿下が、無学な私の言葉を信じ陛下にお願いして、間違っていては申し訳がたちません。
一度、道観でお尋ねになっていただきたいのですが?
確かめていただきたいのですが。
お嫌でしたら、私がでかけてもよろしいかと、
忠王が、
わかった。私がいってくる。
それと、ここ上陽宮を出ないでほしい。
そなたは、笑うかもしれないけれど、皇宮と上陽宮をむすぶ 橋、この橋を一人で渡らないでほしい。
この橋、名を虹橋と、言う。
愛州を楽園と思ったそなたなら、喜ぶだろう。
だが、私は怖くてたまらない。
虹は雨のあと突然あらわれ、突然消える。
私は、そなたが橋を渡っていると、突然橋が消え、そなたが川に落ちていく様子が目に浮ぶのだ。
だから、絶対に一人で渡らないように。
渡る時は一緒だ。
そして、私の手を離さないでほしい。
笑ったな。
でも、笑われてもいい。
守ってほしい。
“蓮”の件は確認を取ってから、陛下に頼んでみよう。
私も、蓮がそんなに縁起がいい花だとは知らなかった。
そなたの話を聞いていると、そなたの母上は女子だけれど、たくましいなあ。
はい、自慢の母です。
母は、
机と寝台、人数分の椅子だけの部屋を、自分で掃除することになったら、物はない方がいいと、よくわかった。
棚なんてなくて結構。
上に埃がたまるから、掃除がめんどう。
物は考え方、一つって。
縫う仕事をしていて、端切れが出ると、掃除した人が捨てるまで待って、取ってくるの。
どうせ捨てるのわかっているのなら、さっさと取ったらいいのに。
と、私が言うと、
学んでない子だね。
父上がどうなったか、忘れたの。
李下に冠をたださず。
疑われるようなことは、しない事が一番。
分かった。
たとえ端切れでも、取ったと思われたら嫌でしょ。
って。
いろいろな端切れが沢山になると、白い布を、丸く縫ってお人形さんの顔を作ってくれました。
中には蓮茶を入れました。
天井にぶらさげてあるので、すぐに使えます。
一箇所はくくって、丸い玉みたいになると、私に顔を描いてみてって。
自分の物なのだから、そなたが描かなきゃ。
って。
私は緊張して、右の目と左の目の高さを違えて描いてしまいました。
私は可愛くしたかったのに、
変な顔にしてしまった。と、泣きました。
母は 泣かなくてもいいのに。
と、
大きな目にしたらいい、
大きな目は愛くるしいよ。
と、言って
私の描いた目を倍くらいにして、目の高さをあわせました。
母の言った通り、凄く可愛くなりました。
私はひっくひっくと肩を上下させ、泣きながら笑いました。
母は、
人間だれでも失敗はする。
だけど、失敗するから次は気をつけるのさ。
失敗を教訓にすればいいのさ。
わかった。
初めてしたことが、上手にできたら、それはまぐれ。
自分はすごいなんて、思わないこと。
舞いあがると、次は失敗するよ。
これは、私の経験。
って。
そしたら、次は髪をどうする?
母と私の理解がまるで違ったのです。
私は、くくった場所を首だと思っていました。
母は、ううんと。
言って 、
髪は墨で書く、それとも、髪っぽくした布を縫いつける?
と、私に聞きました。
書くのもいいけど。
雨にあったり、水をこぼすと、墨が滲んで、顔が黒くなるよ。
今は尼さんだから、早く考えてあげないとね。
そして母は、
くくったところに、紐みたいな布を沢山縫い付けるのはどう?と、私に聞きました。
私は同意しました。
ピラピラした髪の毛がついた、大きな目をしたお人形さんです。
私は、掖庭宮にはいましたが、母と二人で楽しく過ごした事しか、思いだせません。
母は、人間つらいのは冷たい心に会うこと。
花茶のおかげで、そなたのおかげで、会わずにすんだ。
ここでは貧しいのは、皆一緒。
その分、貧しさは、気にならない。
自分でも、たくましくなったと思う。
自分でも、昔の自分より今の自分の方が好きみたい。
人間万事塞翁が馬
意味を説明してくれました。
無学な私にすこしでも、教えようとしてくれていました。
私のお人形をみて、同年代の女の子が母親にあんなお人形がほしいと、ねだったそうです。
多分、父上が何事もなく、あのまま濮陽にいたら、味わえなかった母とのふれあいだったと、思います。
そうだな。
そなたが掖庭宮にいたから、私はそなたに会えた。