突厥
前の話で、突契の黙啜が娘の婚姻で唐に来た、と言ったな。
その時、孫万栄を殺す条件として、降戸、穀種、絹、農機、鉄を要求してきた。
武后様、即答せず、あとで許可した。
結果、李盡忠の時と違って、孫万栄の死には、あまり貢献してないように見えた。
しかし、大国・唐の約束だ。
当然、約束の物は渡した。
黙啜は怒ったそうな。
種五万石、一粒も、芽が出なかったそうだ。
全て、蒸していたのだ。
絹、五万段、粗悪品だったという。
農機三千事、鉄四万斤、
先に、渡した物から思うに、良い物ではなかったろう。
降戸は誤魔化しがきかないからな。
約束は果たされただろう。
いずれにせよ、突契は、返してもらった民に、手に入れた種を育てさせようとした。
遊牧民族が穀物を育て、食糧を自給しようとしたのだ。
絹はかさばるが、銭と違って重くなく、貨幣と同じ役割をする。
ただし、粗悪品だと、まあ、大金ではないな。
農機、芽が出なかったなら必要ないか?
鉄、この調子でいくと、兵器を造れるような良い鉄ではないな。
黙啜は、穀物を蓄え国を富ませ、強い兵器を兵に持たせ、絹で足らない物を買い足そうとしてたのだな。
要求していた物を見たら、一目瞭然だ。
武后様は、だから、表向きは要求に答えた形で、対応したのだな。
ハッハッ、
やっぱり抜け目がない。
だけど、黙啜が声を大にして怒ったのは、娘の婚姻相手の事だった。
あの武延秀が、突契に婿として訪れたのだ。
黙啜は皇室の人を婿にと、武后様にお願いしていたそうな。
武后様は皇帝は自分だから、武氏でもいいと思ったのだろう。
だが、黙啜は李氏の人を考えていたようだ。
武延秀を見て、ひどく罵ったようだ。
そこで、武延秀は突契に何年もの間、留め置かれたのだ。
黙啜としたら、腹は立つが、殺すわけにはイカン。
武后様の身内だからな。
人質として預かろうと、割り切って考えたのだろう。
だから、突契の言葉はしゃべれるし、歌は歌うし、胡旋舞は舞えるのだ。
足かけ四年、丸三年、居たのだから。
する事がなくて、どうせ暇だったんだろうからな。
だけど、そのおかげで、安楽公主の心を掴んだのだ。
黙啜の望みどおり、李氏と婚姻となると、中宗様か、父上・叡宗様という事になる。
二人しかいないのだから。
この点だけは、武后様に感謝だな。
やっぱり、朕としては胡族の血が入った弟や妹には、抵抗がある。
皇室との婚姻なら、いずれ皇位争いに口を出してくるだろう。
力を貸すと言ってな。
北周と北斉が争った時、双方が突契の可汗の娘を娶ろうとしたのだ。
突契の兵力を当てにしてな。
娘は北周の宇文ようと婚姻をした。
後の武帝だ。
北周は、北斉に勝利した。
だが、跡を継いだ息子は五人の皇后を立てるような、出来の悪い息子だった。
皇后は一人のみ。
普通、中国の地で育ったなら、日々の生活の中で儀礼として身に着けているような、当たり前のことだ。
じゅきょうの“じ”も知らないのではないかと思える。
そして、七才の息子に皇位を譲った。
自分は上皇となり、遊ぼうとしたのだ。
二年後、上皇は亡くなった。
不摂生が原因と言われている。
父親は北周と北斉を一つにし、次は南朝を滅ぼそうとして、過労のために亡くなった。
中国の統一を考えての行動だ。
武帝が気の毒に思える。
だから子供の皇帝から皇位を譲り受けた隋の楊堅は、後の人に、歴史上最も苦労せずに簒奪したと言われている。
朕は妻である皇后、突契出身の母親の教育が悪かったのではないかと思っている。
いくら実母でなくても、跡取り息子の教育は気にかけるべきだ。
唐の立派な家であれば、女子でも四書や五教は学んでいる。
上官婉児しかりだ。
母親には、教育ができる人が望ましい。
北周も、跡継ぎがちゃんとした教育を受けていれば、ああはならなかっただろう。
たしかに、ちゃんとした教育はなされていない。
八つの諫言の中の一つに、字を間違うと指摘されていた、
英邁と言われた武帝の息子が、だ。
いずれにしても、突契の娘の婿候補に李氏を選んでくれなくて、よかった。
それだけは、感謝だ。
ところで、俶、いくつになった?
十四年生まれですから、八才になりました。
後、七年か。
俶を十五才で郡王に封じたら、朕の役割は終わったことになる。
朕の最後の女子を、どうするかだ。
今から、花鳥使を遣わして、そうそうに見つかれば、俶の冊封まで待たすことになる。
だが、見つからなかったなら、見つかるまで、朕は淋しく待たねばならない。
陛下、陛下はなにを心配なさっているのですか?
この唐のすべての地は陛下のもの。
そして、すべての民も、陛下のもの。
すべて、陛下の思いのままなのですよ。
そなたは、まだ若いから、死が身近ではない。
朕は、五人兄弟のうち、すでに二人を亡くしている。
父上は五十五才で亡くなられた。
朕は、今四十九才だ。
俶を封じる時、朕は五十六才だ。
父上が亡くなった年を越えている。
朕は、その女子とどれだけ一緒にいられるだろうか?
朕は俶を封じたら、すぐに、その女子と時を過ごすようにしたい。
だから、そなたに言っておく。
朕には、時間がないのだ。
朕は年だから、頭も惚けてきて、変なことも言うようになるだろう。
だけど、親孝行のつもりで、寛容に接してくれ。
陛下、それでは、今から、花鳥使を遣わすべきです。
少しでも、陛下の意に叶う女子を捜すべきです。
時間に余裕がありますから、きっと陛下の天女は見つかることでしょう。
でも、陛下、見つかったとして、誰に遠慮しているのですか?
見つかるまでの時間を考えると、後悔しないように、すぐに、妃となさればよいではありませんか?
そなた、忘れたか?
俶は、朕がご先祖様にお願いしてさずかった子。
朕はその時、誓ったのだ。
俶が成人するまで、身を慎しむとな。
身を慎しむという事は、人によって様々だ。
だから、その女子のことは慎しまなくていいと、思う者もいるだろう。
だが、朕は誓った時、すべてを犠牲にすると、思っていたのだ。
だから、その女子のことで情に流されたら、俶になにか悪いことが起きるような気がする。
ご先祖様を裏切れない。
朕はやはり皇帝なのだ。
女子より、唐を優先する。
だから、寛容な気持ちで、見て欲しいと頼んでいるのだ。
あと七年の辛抱なのだ。
高力士に各地に花鳥使を遣わすように、言わねばな。
武恵妃がいるのにと、思う者もいるだろう。
朕の心はとうに去っている。
会えば皇太子の悪口をやんわりと、言う。
下心が見え見えだ。
ますます嫌気がさす。
朕の心を掴む女子は、どんな女子だろう?
いつ見つかるか、楽しみだ。
そなた、朕が、俶のことを大切に思っているのが、よくわかったか。
あっ、冊封は誕生日少し前にしよう。
そうしたら、郡王として、本当の誕生日を祝えるからな。
それとも、そなたと丹丹と三人で、長安なら永嘉宮、洛陽なら上陽宮で水入らずで祝ったらいい。
皆で話しあい、好きに祝ったらいい。
皇太子の廃位、時々、話がでる。
張九齢が母親の喪があけ、朝廷に帰ってきた。
これからは、張九齢が皇太子を守るだろう。
後、五年は頑張ってもらわねば。
あいつは、頭がいいから理路整然だ。
科挙、首席だからな。
正論しか吐かない。
だから、張九齢がいれば皇太子は安泰だ。
骨のある男だからな。
真面目ないい人間だが、朕にとっては、面白味のない男だ。
いざという時は、九齢を名誉はあるが権限のない職に移せば片は付く。
皇太子には悪いが、唐のためなのだ。
子はいずれ、慶王の子とするつもりだ。
慶王には、子が、いない。
と、いうより出来ないのだ。
幼い頃の病で、侍医から言われていたのだ。
だから、長子だけれども、皇太子にしなかった。
慶王に関しては、朕は、自分でも甘いと思う。
そなたから見ても、いい気はしなかっただろう。
仕方がないのだ。
話を聞いたら、そなたも父親だ。
朕の気持ちもわかるだろう。
四月に、太子太師に任じた。
そなたばかりに、官位を与えたら、慶王に申し訳なくてな。
兄上・寧王には、太尉、
弟薛王には、司徒
そなたの弟、れい王には、太子太傅
鄂王には、太子太保
そして、そなたには、開府儀同三司
皆に、官位を与えたら、そなたにも与える機会だと思えてな。
一人の時与えるより、皆の中の一人の方が目立たないだろう。
そなた、俶のおかげで、随分得しているんだぞ。
朕もいろいろ、考えているのだ。
だから、あまり、罪悪感を持たないように。
朕も我が子のことだ。
それなりに、考えている。
そなたは、なにも考えるな。