母と子
蓮が綺麗に咲いているわね。
男子も、美しい人は、蓮のようと、たとえられるのよ。
昔、そんな人がいたの。
でも、悪いことばかりして殺されたわ。
美しいからといって、見てくれに頼ってはダメよ。
ちゃんと勉強して、中身を伴わなければね。
杏は、丸めた布団を背に長椅子に横たわっていた。
手は、蓮の頭を撫でていた。
はあ上、お腹、大きくなったね。
そうね。
蓮の時のお腹を思うと、蓮に申し訳ないわ。
なんで?
りぇんだって、はあ上のお腹にいた時は、大きなお腹だったんでちょ。
蓮がお腹にいた時、母上は大人になったばかりで、やせてたの。
小さい時は父上が生きていて普通だったんだけど、父上が死んで、貧乏になったの。
だからそれからは、お腹いっぱい御飯を食べたことなかったわ。
花茶は、父上が生きていた時のことよ。
蓮の父上と一緒になって、父上優しいから、たくさん食事を用意してくれるんだけど、お腹が慣れなくて、急には食べられなかった。
だから、お腹にいる蓮は小さな赤ちゃんで産まれたの。
今、大きなお腹でいるの、蓮に申し訳ないわ。
蓮がお腹にいる時、母上、寝てばかりいたわ。
横になっているって、意味じゃないの。
グーグー、寝てたの。
一日中、寝てたわ。
父上、ビックリしたと思うわ。
それまでは、いつも時間に追われていて、よく、寝過ぎたのではないかと勘違いして、飛び起きたものよ。
だから、グーグー寝てても前の癖がぬけなくて、ハッと思って、あわてて起きたわ。
好きなだけ、安心して眠れるようになったのは、今のお腹くらいになってからね。
蓮の時は、たくさん食べなくてごめんなさい。
はあ上、りぇん、お腹にいる時の話を聞くのちゅき。
蓮、上手に話せるようになったわね。
後は、さ、し、す、せ、そ、だけね。
慌てなくて、いいのよ。
母上も、なかなか言えなかったから。
母上に、似たのね。
蓮、父上を赤ちゃんにとられると、思う?
ううん、 わからない。
蓮は父上、大好きでしょう?
うん。
母上よりも、好きでしょう?
そんなことないよ。
母上には、わかるの。
蓮が産まれてから、父上、蓮のためだけに、時間を使ってたわ。
父上は、自分の父上とはあまり話したこともないくらい、一緒にいたことがないの。
だから本当は寂しかったのだと思うわ。
だから、蓮が小さい時の自分のように思えて、蓮を喜ばせることばかりしてたわ。
くたびれていても、蓮が遊びたいという素振りをみせると、喜んで一緒に遊んでいたわ。
だから、蓮が父上を大好きなのは当たり前なの。
蓮が最初に、なんて言葉を言うのか、父上、期待してたの。
ちちうえ、に近い言葉を言ってくれるかとね。
そしたら、蓮、なんて言ったと思う?
おっぱい、って。
父上、ガッカリして、食い意地のはった皇子様だって。
りぇん、おっぱい、って言ったの?
食いちぃん坊だね。
なんだか、はぢかちぃ。
赤ちゃんだもの。
気にすることないわ。
杏は、頭を撫でていた手をほっぺに移した。
あの頃、父上は、蓮のためだけに生きていたの。
父上は、学校も行かないで、蓮と遊んでいたの。
蓮、蓮が大きくなって、父上があまり学問が出来ないと、ガッカリしないで。
学問より、小さい蓮を先に考えたからなの。
だって、学問はいつでも出来る。
でも、小さい蓮と遊ぶのは、その時しかないでしょ。
蓮との時間を一番に考えたのよ。
大きくなったら、同じ位の男の子と遊ぶのが楽しくなるわ。
そしたら、父上は蓮とは遊べない。
だから、蓮が父上と遊びたがってる間は、父上の時間は蓮のものなの。
父上は、蓮のために生きているのよ。
だから、赤ちゃんが産まれても、父上のこと、何の心配もいらないわ。
母上は、ただ、赤ちゃんが女の子であっても、その子の気持ちを大切にしてあげて欲しいと、思っている。
女の赤ちゃんって、産まれた時、女子は陰の気を持つからって、地面に寝かせるの。
大地の陰の気を吸わすためにね。
男の子は、陽の気だから、同じように地面に寝かせても、すぐに抱きあげるの。
陰の気を吸いすぎると、よくないってね。
女の子は陰の気をたくさん吸わす方がいいからと、誰もいない処にいつまでも寝かせているのを、見たことがあるわ。
すごく、嫌な気がした。
女の子が産まれたら、皆ガッカリするわ。
いずれ嫁に行くから育てても、手間なだけ。
おまけに、嫁入り道具が必要、お金がかかる。
世間の人はそう考える。
母上は、女子だからと、父親から大切にしてもらえなかった。
すごく寂しかった。
赤ちゃんが、女の子でも、自分と同じようにしてあげて。
父上にはお願いしたわ。
そしたら、仲良しの兄弟になれる。
父上が言っていたわ。
蓮は、穏やかな子だ、と。
赤ちゃんは、母親に似て、知りたがりやの怒りん坊さんだって。
蓮、どうやらお腹の赤ちゃん、手間のかかる子みたい。
だけど、赤ちゃんのこと、お願いね。
蓮に頼めば、安心できる。
やせっぽっちの小さな赤ちゃんが、こんなにいい子に育ってくれた。
杏は座り直して、蓮を膝にのせた。
母上は、うれしい。
蓮を抱き締めた。
急に杏が、ケラケラ笑った。
赤ちゃんと三人で、押しくらまんじゅうしてるみたい。
蓮もつられて笑った。
りぇん、赤ちゃんちゅき。