張説
お久し振りです。
ご機嫌伺いに参りました。
おお、よく来たな。
元宵節はどう過ごした?
陛下が、いろいろ催しものを用意してくださっていますから、俶と楽しく過ごせました。
それは、良かった。
元宵節の出し物は、朝賀の時と違って、見る人が動いて行くから、完成度が要求されないので、気が楽だ。
新人の鍛練の場に、ちょうどいい。
俶は順調か?
ええ、問題はありません。
陛下、張説と宇文融、意見が合わないようですね?
妻と子に夢中で、家から出てこない、そなたにまで聞こえたか。
前からだ。
例の逃戸の事だ。
戸籍を調べて、洗いだし、本籍地に戻す作業をしたら、八十万戸出て来て、数百万銭の税銭が徴収できた。
せっかくの、まとまった額だ。
中宗様の時に、他の経費に流用して、義倉は空っぽになっていたから、義倉に使ったよ。
五年ほど前のことだ。
だけど、張説が言うには、宇文融の部下が胡麻をすって、多めに徴収したと言うのだ。
宇文融の実績を上げるためにな。
だから、活戸政策は、余分に税銭を徴収される農民の為にはよくないと。
それでは、逃戸が減らなくて、解決にならないとな。
当初は、戸籍のある場所に帰すやり方だったが、後で、今いる場所で戸籍を作るように変えた。
それでも、逃戸はなくならない。
宇文融は、任子で官吏になった。
張説は、科挙で任官した。
立場が違うから、考えが違うとは言えないみたいだな。
張説は宇文融の言うことには、なんでも反対なのだ。
張説のような成り上がり者には、親の力で任官できた者は、我慢ならないらしい。
だから、話をしても、折り合いがつかないのだ。
それならば、張説にはこうやればいいという案があるのかと言えば、なにもない。
だのに、宇文融の案には、頭から反対なのだ。
いやに、なるよ。
おまけに、二人とも、徒党を組んでやり合うものだから、去年、左遷したよ。
張説には退官を命じ、宇文融は魏州刺使だ。
張説は、出仕の必要がなかったものだから、初学記、集賢院の学士たちと協力して、思ったより早く出来た。
ちょうど、良かったんだな。
だが、二人とも、朝廷には必要な人間だ。
この正月呼び戻し、宇文融は戸部侍郎にした。
やっぱり、戸籍のことは、宇文融にまかせたら安心だ。
張説も少ししたら、復帰させようと思っている。
二人の争いは見たくない。
政事には、しばらくかかわらさせないでおく。
集賢院の学士たちとは順調みたいだ。
だから、集賢院の院長としと、復帰させるつもりだ。
よくわかったよ。
経済政策には、科挙系の役人はダメだとな。
詩を作るのは、得意だが。
それと、こんなことを言うのはなんだが、逃戸は、地主層に受け入れられて客戸になっている。
張説も、今では立派な地主だ。
いい土地を買いあさっている。
朕は、多田翁、と呼んで、からかっているがな。
地主は、土地をもてばもつほど人手がいるのだ。
田畑は耕して、作物を収穫しての値打ちだからな。
だから、働き手がいるのだ。
その人手を逃戸に頼っている。
それだから、反対なのかと、思ってしまう。
朝廷の役人は、皆、土地を持っている。
そなたも、封地として持っているだろう。
だが、逃戸を受け入れ、客戸として、持っている土地で働かそうとは、考えないだろう。
今、働いている者がいて、余分に人手はいらないからな。
だが、張説は土地を買っている。
その土地を耕す、新しい働き手が欲しいはずだ。
国家の経済と、張家の経済のどちらを考えているのか、疑ってしまう
張説は、武后様の時に科挙に受かった。
張易之、張昌宗の兄弟が、魏元忠に、公衆の面前で恥をかかされたことがある。
武后様にも面と向かって、張兄弟のことを非難した。
だから、張兄弟は、
魏元忠が謀反を起こそうとしていると、嘘の告発して、仕返しをしようとした。
張説は、その濡れ衣事件の証人になるよう、張兄弟に頼まれた。
希望する官位に付けるから、との条件だった。
この告発が公になってから、証人として登場した張説に、
魏元忠が謀反なんてするわけがない。
本当の事を言うように、と
多くの人の声がかけられた。
結局、張説は張兄弟を裏切った。
謀反はでたらめと、証言したのだ。
張兄弟に背くということは、武后様に背くという事だからな。
張説は罪に問われ、流刑になった。
流刑先では姿を隠した。
刺客を恐れたのだ。
この話を聞くと、一見、張説が正義を貫く立派な人物に見える。
だが、証人として出て来たという事は、張兄弟の話を受け入れたという事だ。
張説は、美官に心が動いたのだ。
張説は、偽証するのに声をかけられた。
当時、あの人なら引き受けるだろうと見られるような人物、だったって事だ。
二年後、中宗様が帝位につかれ、張説は召還された。
朕、十九才の時の最大の話題だ。
朕と張説を繋いだのは、父上、叡宗様だ。
張説は、仕事の出来る男だから、叡宗様の眼に止まったのだ。