杏の懐妊
杏、うれしいよ。
忠王は、膝まずき、杏のお腹に横顔を当てた。
ここに、私たちのかわいい娘がいるんだね。
も~う、娘か息子かわからないのに、そんな事を言って。
でも、多分、娘だと思う。
母上に、うんと、お願いしたから。
二人は顔を見合せほほえんだ。
蓮がやってきて、二人の様子を見て、たじろいだ。
蓮、いらっしゃい。
お腹に赤ちゃんがいるの。
なにか、声をかけてあげて。
いいちゃくない。
毎日、言葉が上手くしゃべれるようになるのね。
すごいと思うわ。
蓮、兄上になるのよ。
弟か妹、蓮は、どっちがいいかな?
りぇん、どっちも、いりゃない。
殿下、蓮があんな事、言ってますよ。
蓮、父上と母上の子ども、いらないのか?
いりゃない。
じゃ、蓮は?
れぇん、れぇんがなあに?
蓮は誰の子?
りぇんは、ちぃ上とはぁ上の子。
父上と母上の子、いらないのか?
りぇんは、いるぅけど、りぇんじゃにゃい子はいりゃにゃい。
まあ、なんと身勝手な。
何でなんだ?
ちぃ上とはぁ上、あかちゃん、ばっか、かわいいって。
誰が、そんな事言ったんだ。
忠王はかがんで、蓮と眼の高さを同じにした。
昔、私の母上は、小さい子が来たとき、
母上には、そなたが一番、って、言ったよ。
父上も、蓮が一番なんだけどな。
それでも、嫌なのか?
蓮が、声をつまらせながら、
ちぃ上をとりゃれる。
と、言った。
忠王は蓮の頭をなでながら、
父上には蓮が一番なんだ。
とられる心配なんか、いらないよ。
係が、ちぃ上は、係にょことがいっとおちゅきなんだって、いゅうんだ。
れぇんじゃ、にゃいって。
蓮が、そこまで言うと、声をあげて泣きだした。
忠王は、蓮を抱きあげた。
赤ちゃんのことばかり言って、ごめんな。
一番に、蓮の事を考えなくては、いけないのに。
じゃあ、赤ちゃん、もういらないか?
母上、女の子がほしいって、喜んでいたのに。
おんにゃのこにゃの?
生まれるまで、わからないけど、生まれたら、女の子でも、男の子でも、蓮だけの、兄弟だ。
係は、兄弟だけど、母上がちがう。
父上と母上の子どもの兄弟は、お腹の子だけだ。
たった一人のだけの兄弟なんだけどな。
蓮、係は、陛下に蓮がほめられたのが羨ましかったのだ。
だから、父上の事をそんなふうに、言ったのだ。
蓮のお祝い、父上といっしょにしただろう。
それも、羨ましかったんだろうな。
だから、そんなふうに言うんだ。
蓮は、係が一番、って思うかい?
父上、蓮よりも、係の方が好きと思う?
ちぃ上、りぇんがいちぃばん。
だろう。
よくわかっているじゃないか。
蓮が一番だから、いつも蓮のお家にいるだろう。
これからは、あまりいられないけどな。
父上、崇文館に学びに行かなければいけないんだ。
毎日だ。
父上が学んでいる間は、蓮も母上と字の勉強だ。
あっ、崇文館は、王宅にあるんだ。
係が
王府に父上がいつも来る。と、言うかもしれないけど、気にしないで。
そりゃ、誰かが病気だ、とか聞いたら、寄ったりするけどね。
父上の勉強がすんだら、二人の様子が気になって、寄り道なんかしないで、蓮の顔を見に、蓮だけじゃない、母上の顔も見に、永嘉坊に来るからね。
ここ永嘉坊のこの屋敷は、蓮のものだ。
蓮の年令で、自分の屋敷を持っている者など、いない。
他人にわかれば、はげしい嫉妬にあうだろう。
風当たりが強くなるだろう。
だから、蓮、この屋敷の事は言わないように。
そなたのように、幼い子供に言っても、無理なのはわかる。
ただ、今でさえ、係の言葉に惑わされている。
蓮を少しでも傷つけたくないと、思うのに、どういうふうに、説明したらいいやら。
ちぃ上、りぇん、わかった。
りぇん、ちぃ上、りぇんがいっとおだから、もう、にゃかなゃい。
はぁ上のあかちゃん、ちゅき。
ちぃ上、とっとちぃて。
係なんか、とっと知らないからな。
さあ、外に行こう。
杏、出来るかい?
大丈夫だと思います。
でも、今日で、最後。
やっぱり、止めときます。
お腹の子も守らなければ。
これからは、殿下だけの時は、肩ぐるまにしてください。
その時は、天井に気をつけてください。
頭を打つといけませんから。
殿下、私、これから十か月、とっとは出来ません。
呂に頼んでもらえますか?
蓮、悪いけど、母上でなく、呂と、とっとをしてもらえる?
ごめんね。
母上が重い物を持ったり、力をいれたりしたら、赤ちゃんが、苦しいって言うの。
蓮がお腹にいた時も、蓮が苦しまない様に、気をつけていたの。
赤ちゃんにも、蓮の時と同じにしてあげたいの。
だから、怒らないでね。
これから、十か月間、呂に母上の代わりを頼むわ。
赤ちゃんが生まれたら、また、一緒に遊びましょう。
ね。
さあ、とっとするから外に行こう。
あっ、言い忘れていた。
蓮、おしっこ、池に向かってしてはいけないよ。
池に蓮が植わっているからね。
母上が、蓮を取りに行くからね。
母上が、池に入るからね。
池におしっこを、してはいけないよ。
頼んだよ。
他の人にも注意して。
頼んだからね。
呂、早く来てくれ!