皇后様の死
眠っている俶を抱き、忠王は話かけた。
今日、張説が王府に訪ねてきたよ。
素晴らしい御子がお生まれになったそうで、おめでとうございます。
と、云われたよ。
君が生まれてから、父上は経験した事がない事を経験している。
戸惑うことばかりだよ。
陛下が我に笑いかけて、しゃべり続け、楽しそうだ。
皇后様が亡くなってからだよ。
父上と話したといえるのは。
我は皇后様に育てられたんだ。
実母は、同じ後宮の少し離れた所に住んでいたんだ。
ずっと知らなかったんだ。
初めての誕生日より、前だそうだ。
仕方ないよね。
誰だって、覚えてないよね。
だから、当然、皇后様の事を母上と呼んでいた。
皇后様は、いい母親だった
我を見た人は、顔の事はふれなかった。
云ったとしても、“個性的ですね”だ。
でも、母上はいつも、
嗣昇ちゃんは、父上によく似ているのね。
って、両手で頬を包むんだ。
誰もそんなこと云わないよ。
って、云うと
みんな知らないだけ。
即位する前、父上は苦しんでいたの。
よくお酒を飲みながら、虚空を見ていたわ。
虚空って、難しい言葉だから、分からないわね。
眼の前の、“見えないもの”を、見ていたの。
だから、時どき、“クソッ”とか云うの。
そして、お酒をあおるの。
そんな父上に似てるって、云われたら、嫌?
なんでもいい。
似てるって、云われるだけで、うれしい。
誰かが、
そんなの、嘘だ。
似てない。
って、云ったら、
母上が云ってた。
って、云いなさい。
その子に、母上がちゃんと、
嘘じゃない、っ云うから。
わかった?
その日から、父上は心が軽くなった。
君は美しい顔をしてるけど、父上は鏡を見るのが好きじゃなかったんだ。
自分で、がっかりするんだ。
兄上のような顔だとよかったのに、ってね。
でも、母上はいつも、
かわいい、
って、抱きしめてくれた。
いい母親だろう。
母上は、二年前に亡くなった。
我のせいだと思う。
亡くなる一年程前、我が出閤したんだ。
出閤って、皇子が独立することなんだ。
だから、宮城を出る、後宮から出ることなんだ。
皇子も公主も後宮の母親のもとで育てられるからね。
公主は婚姻をするまでは、母親といるけれど、皇子はある程度大きくなると、後宮の母親のもとを離れるんだ。
独立して、王邸にすみ、王府を営むんだ。
王府は、朝廷から貰った財産などを活用して、王邸を運営するところなんだ。
それと、月俸はもらえるからね。
お米やら炭やらも、貰えるんだ。
だって、米なんか、租米で倉に山ほどあるからね。
だから、生活には困らない様には、なっているんだ。
母上が泣いて、嫌がったんだ。
そこで、毎日会いにいくって、約束したんだ。
だけど、だんだん行かなくなって、“悪いな、”と思っていたんだ。
そしたら、母上が宮中で、子を授かる巫術をした、と、罪に問われたんだ。
本当は死刑になるのだけど、廃位され、庶人に落とされたんだ。
陛下の恩情って事でね。
だけど、母上の兄上はやはり死刑になったんだ。
巫術を手伝ったってことでね。
すごく後悔したよ。
私が行かなかったから、母上は代わりの子どもを得ようとしたんだ。
だけど、母上はもう四十才近くだよ。
若い時に生まれなかっのに、なんで?
と、思ったよ。
聞いたんだ。
会いにいったんだ。
その時にね。
本当は、謝りにね。
やっぱり、我の嗣昇ちゃん、来てくれたのね、
って。
母上は、今、やらなければ後悔するって思った、って。
十年たったら、
あの時、してたら子どもがいたかも、ってね。
しなくて後悔するより、して後悔する方が納得できる、ってね。
でも、兄上が死んで、眼がさめたって。
実家に迷惑をかけた、ってね。
そのあと、亡くなった、って聞いた。
多分、自死だと思う。
だって、別れる時、
いつも、あなたの側にいるから。
って、云ったんだ。
宮中に行くと、宮女たちがみんな、泣いていたんだ。
陛下がそれを見て、皇后様が慕われていたのだと、わかったみたい。
やっぱり、国母にふさわしい方だったんだ。
皇后様に育てられて、我は幸せだと、思ったよ。
だから、皇后様に似た君の母上に会った時、皇后様の言葉を思いだした。
側にいてくれるんだ、来てくれたんだ。
ってね。