杏の逡巡(しゅんじゅん)
疲れただろう。
馬車の旅で疲れているのに、蓮に、おねだりされたら、つい頑張っちゃうからな。
私だって、くたびれたよ。
そなたの方は腕も痛むだらう。
男とは違うからな。
二人は丸い寝台に横たわりながら、話した。
蓮は、上向きに横たわる父親のお腹の上で、父親のたてた膝を背もたれにして座っている。
忠王は、時時、膝をたてたり、伸ばしたりして、蓮を遊ばせている。
蓮、くたびれてないのか?
忠王は蓮をお腹の上で、寝かせた。
赤子の時を思い出すなあ。
蓮は、小さかったから、よく父上のお腹で、こんな風に寝てたんだよ。
今は、蓮が乗ると重くてたまらん。
大きくなったんだなあ。
実感するよ。
お腹の上の蓮の髪の毛を撫でながら、杏を見た。
下をむき、両手を顔の下で組んで、こちらを向いて横たわる杏が、表情も変えず、声も出さずに、ただ涙を流していた。
どうした?
蓮、お眠の時間だ。
さあ、横になろう。
たくさん寝て大きくなろう。
蓮を寝かしつけた忠王が、側にきた。
猛子の奥さん、足を投げ出しているのを見られて、離婚されたんですって。
今の私を見たら、猛子様なら、首ねっこをつかむでしょうね。
離婚だ、って言いながら。
殿下が猛子様みたいじゃなくて、よかった。
どうしたんだ?
なに言っている。
殿下、誕生祝い、行きたくない。
なにを着たらいいか、わからない。
衣は、身分を表すわ。
あの子、私が、他のお妃様たちより、質素な衣を着ているのを見ると、傷つくわ。
それだけでなく、私が他のお妃様たちに礼をつくしているのを見たら、やっぱり、傷つくわ。
あの子、勘づくわ。
いくら殿下が美しい衣を用意してくださっても、身分不相応だと言う声が聞こえる気がする。
私、悪いけど、やっぱり行けない。
そうか、そんな事を考えていたのか?
時間は、まだある。
陛下に相談してみる。
そなたの気持ちはわかった。
そうだな。
蓮は賢い。
一番に考えなければならないのは、
蓮のことだ。
私は、そこまで考えていなかった。
蓮の衣は、ちょうど季節の変わり目なので、陛下が用意すると言っていた。
孫の中では最高の格を持つものを用意されると思う。
前に賜った物は、私が幼いころ着ていた、親王の格式の物だった。
私が、所轄の部署・尚衣局に頼んでも、受け付けてもらえない物だ。
親王の私の物は、受けてくれるだろう。
だが、私以外の者の親王の格式をもつ衣は断られるだろう。
蓮が、親王の衣を着るのは、陛下の意思なのだ。
そうだな。
蓮との、衣の格が違いすぎるのは良くない。
気がついてくれてよかったよ。
さあ、腕の使いすぎで疲れただろう。
蓮、移動が長かったものだから、ずうっと遊べず、今日みたいなズルをしようとしたのだな。
少しでも、余分に遊んでもらおうとな。
咎めないように、
いずれわかる。
自然とな。
恥ずかしそうにしたのは、いい事じゃないと分かっていたからだ。
ささいなことだ。
遊びたい心が、つい言ったのだ。
十九日間、我慢したんだ。
偉いよ。
そなたの子だ。
いい子だ。