沙門不敬王者論
蓮、さあ鳥さん、しよう。
ここは、天井がないから、安心して、できる。
部屋の中だと、頭を打つからね。
外の方が、気をつかわなくていい。
杏、下が石だたみだから、おろす時は、ゆっくり着地させるようにして。
足首を痛めないようにね。
さあ、よいと、
ヒャア
よいと、
ヒャア
よいと、
ヒャア
殿下、ごめんなさい。
腕が、もうダメ。
申し訳ない。
そなたに、配慮できなくて。
蓮、母上がもうくたびれたって。
今日はこれまで。
また、明日。
さあ、おいで。
高いとこだと、心配でいかん。
蓮、鳥さんは、部屋でしたらダメだよ。
蓮、蓮は、言葉は早くしゃべれてないけど、私たちの話を理解しているのはわかっているよ。
だから、ちゃんと言っておくからね。
杏、蓮は私たちの会話を聞いているから、小さいからわからないだろうと、思慮の無いことを言わないように。
はい、
蓮、父上には、わかっているよ。
蓮は賢い、自慢の息子だ。
せっかくの屋上だ。
周りが見渡せるから、ぐるりと回ってから降りよう。
あちらが、洛陽の方だね。
あちらの竜門は仏教徒には、聖地だね。
仏教のお坊さん、父母に拝礼をしなかったって知ってる?
そうなんですか?
父母が、子のお坊さんを拝むのだって。
おかしくありませんか?
随分、昔からみたいだよ。
東晋からだというから。
百年以上まえからだ。
父母も拝まなかったし、王者も拝まない。
なんか、儒教の教えとはちがっていますね。
隋の時も、皇帝に拝礼をせず、立ったままだったと言うから。
ずいぶん偉そうですね。
出家したら、国家権力の外にあると、言っている。
私なんか、売度で僧、尼の許可書を買った人が、父母に拝礼をせず、父母に拝まれていた、と言う話を聞いて、怒りをかんじた。
だから、父上は、宰相に命じて、僧尼を厳しく調べさせ、偽僧尼を還俗させた。
一万人以上いたそうだ。
だけど、僧尼は、かつて、父母にも皇帝にも、拝礼はしなかった。
太宗様の時にも、父母に拝礼をするように との命を出したけど、ダメだったみたいだし。
高宗様の時も、武后様と相談して、詔勅を出したけど、仏教の教団が、武后様の母上の所まで、何度も押しかけていったりして。
武后様の母上の実家は、隋でも有名な信者だったから、むこうも、そこの所は心得ていて、母上の方から、武后様を説得させたみたい。
だから、仏教の僧尼は、父母も皇帝も拝まなかったんだ。
だけど、父上が、偽僧尼を還俗させた後、寺の建立と造仏を禁じ、修理も検査のあと、許可するとの詔をだしたんだ。
そして、しばらくしてから、
道士、女冠、僧、尼ら、父母を拝せしめよ。
と、勅で命じたのだ。
だから、多分、今は父母を拝していると思うよ。
陛下はすごいよ。
今までは、ある日、突然、
父母を拝せよ。
と、詔勅がでて、仏教教団が反発していたけど、
今回は、勝手に寺を造るな、仏像を作るな、とか、言っといて、
父母を拝め。
だけど、道士、女冠も入っているから、文句が言えないんだ。
文句を言うなら、全員で言わなきゃ。
仏教には、 沙門不敬王者論 って、ものを東晋の時代に書いた慧遠というお坊さんがいて、その中で、
沙門、お坊さんは王者を礼する必要なし。
と、言っているんだ。
王者を拝まないんだから、当然、誰も拝まなくていいという、拠りどころになっているんだ。
だから、仏教徒は文句を言うんだ。
僧と尼が文句を言っているが、
道士、女冠は文句を言わない。
ってことは、
父母を拝むんだ。って噂、
仏教の印象を悪くするからね。
道教が好印象をもたれるのは、避けたいからね。
だから今頃は、父母を拝んでると、思うよ。
父上の作戦勝ちって、とこだね。
父母を拝まないっていうのが、信じられない。
自分は両親に拝まれて、どんな気がするのかしら。
想像できない。
知らなかったのか?
ええ、勝手に立派な方たちだと思っといました。
掖庭宮にいると、世事に疎いんです。
李家は、老子を祖としている。
武后様は協力的、と考えて、道先仏後を仏先道後にするよう、仏教教団に、随分、頼まれたらしい。
老子の道教を李家は大切にしている。
当然、仏教より道教を優先する。
高宗様はどんなに頼まれても、首を縦にふらなかった。
高宗様が亡くなったら、武后様は、仏先道後に変えたけどね。
中宗様になると、道先仏後に戻った。
これから、仏先道後になることはないだろう。