洛陽から長安へ
チイ イ イ
鋭い一声がした。
忠王の膝で寝ていた蓮が、目を開けていた。
モソモソと、起きあがり、忠王の衣をつたって這いあがろうとした。
忠王は顔を背け、手巾でふいた。
蓮、どうした。
と、声をかけ、抱きあげた。
チイ イ
と、もう一度声をあげ、忠王の首に両手をまわし、顔をあて泣いた。
思いだしたように、時時、チイ イ と声をあげた。
なに言ってんだ。父上のことか?
うれしいな。
そんなに、呼んでくれるなんて。
蓮、おしっこは?
でるんだろう。
外で、してこよう。
ずっと馬車だと、気が滅入る。
停めてくれ!
横に、よせてくれ。
後の馬車には先に行ってもらえ。
少し時間がかかる。
さあ、蓮、降りてみよう。
いつまでも、お襁褓の中で、おしっこをしてたら、なかなか感覚がつかめない。
同じ男として、教えてしんぜよう。
母上には、できないことだ。
おしっこ、でるだろう?
にゃい。
えらくはっきり、言うんだなあ。
まあ、ためしに父上が、蓮のオチンチンに聞いてみる。
さあ、後の馬車に見えないように、奥に行こう。
蓮の衣を下側だけ脱がせ、片足に片手を外側からあて、両手で持ち上げた。
蓮を抱いたまま、かがんだ。
さあ、
おしいっっこっこっこ
おしいっっこっこっこっこ
お尻に風があたって気持ちいいだろう。
おしいっっこっこっこっこ
えのころ草がはえてる。
蓮のお尻をこちょこちょしようか?
ヤア
大きな声があがった。
すると、おしっこがチョロチョロと出てきた。
蓮がびっくりして、振り返って父親を見た。
ほうら、父上が、“おしっこさん、”って呼んだら、はい、って、出てきた。
お襁褓でするより、気持ちいいだろう。
時時、こうやって、練習しよう。
杏、先っちょを拭いてくれ。
杏は、持ってきたお襁褓でふいた。
蓮、母上に、ありがとうございます。は?
ヤア。
こら、礼儀知らずは、恥ずかしいぞ。
ちゃんと言ったら、ご褒美だ。
どうする?
にゃに?
ひ・み・つ
にゃい。
残念だなぁ。
蓮を、鳥のように飛ばせてあげようと、思ったのに。
とっと?
ヤ。
残念、じゃあ帰ろう。
さあ、抱っこだ。
ヤ~、
とっと。
したいのか?
お礼は?
アンガト。
殿下、
ございます。
が、いるわ。
小さいのだ。
うるさく言わなくていいだろう。
違うの。
蓮は、陛下とお会いして話すことが、これからあるわ。
ちゃんとした、物言いを身に着けておかないと、蓮が恥をかくことになるわ。
陛下に、“アンガト”は良くないわ。
たとえ、たどたどしくても、“ございます。”を付けるべきよ。
蓮のためよ。
わかった。
そなたの言うとおりだな。
そなたが正しい。
蓮、“アンガト”は直そう。
“ありがとうございます、”だ。
さあ、言ってごらん。
“アンガト マ一チュ。”
蓮、いいぞ。
上手にできたな。
それで、いいのだ。
母上は?
どういたしまして。
さあ、杏、蓮のそちら側の手を持って。
さあ、いくぞ。
はあい、
忠王と杏が手をあげ、蓮を高く持ち上げた。
蓮、もっとする?
ン。
じゃ、はあい。
キャア
もっと?
ン。
はあい。
ヒャア
蓮、馬車に着いた。
今日はこれまで。
また、明日な。
さあ、今日は外でおしっこもしたし、偉い、偉い。
早く城に着かなきゃ、みんなが心配する。
さあ、行こう。
蓮、この城は、前に、父上の城だったんだよ。
今は、違うけどな。
小さいだろう。
州城だからな。
長安や洛陽とはちがう。
あそこは大きな都だ。
だから城も大きい。
後で、中を見て回ろう。
高いところに登ると、周りがよく見える。
母上といてくれ。
私は兄さんに、会ってくる。
母上の事を頼む。
柱の陰で杏は蓮の目の高さに合わせてかがんだ。
蓮、父上に意地悪して、ごめんなさい。
許してね。
杏は、泣いた。
蓮は、母の頬に好き好きをした。