告密の制
“告密の制”
武后様は、李敬業の乱に続く反乱が起きないように、情報を提供する者のために、四つの銅の匣を作らせた。
東は仁を表す 緑色
延恩といって、仕官を求める者が投入する事
南は信を表す 赤色
招諫といって、朝廷の得失を指摘する者が投入する事
西は義を表す 白色
伸冤といって、無罪の罪で苦しんでいる者が投入する事
北は智を表す 黒色
通玄といって、天変地異や機密事項について申しあげたい者が投入する事
それは、役所の決められた場所におかれた。
民の声を聞くということであった。
同時に、各州、各県に御触れがでた。
百姓でも、商人でも、前科者でも、だれでも、情報を提供したい者があれば、申しでるように。
告密者はもしその情報がでたらめでも、とがめられる事はなく、情報を提供しようとした、その心がけが立派だという事であった。
そして、告密者はもし願うならば、武后様に会う事もできた。
洛陽までは馬車で送迎された。
途中の食事、宿は役人五品の待遇であった。
武后様は告密者に会って、抜け目なさそうな口のうまい者であれば、役人にとりたてた。
この告密は、秘事密告という暗い性格を帯びていく。
一人を捕まえると、芋蔓しきに、何十人もの人が捕らえられた。
自白させるための、拷問の道具が、白状させるためにみせられた。
見ただけで、気を失う者もいるほどだった。
ただ、自分が白状すれば、他の人も追求された。
多くの人が、苦しみ怖れた。
役人に選ばれた者たちは、業績をあげれば、武后様に褒められ、褒美をもらえた。
自分も褒美をもらおうと、役人たちは酷吏となっていった。
だが、武后様の標的は別にいた。
自分を苦々しく見ている、李家の身内の人たちであった。
太宗の兄弟、その子供たちは武后様のやり方を見ていた。
一族の廟などを作ったり、王朝を立てるのではないかと疑えるような、振る舞いがあったからな。
武后様にとっては邪魔な連中だ。
彼らは地方の刺史などで、ある程度の兵力をもっていた。
垂拱四年(688年)
八月、琅邪郡王・李沖の乱が起きた。
武后様が、明堂が完成したので、落成式に、洛陽に来るようにと、緒王に命令したのだ。
洛陽に行けば殺される。
緒王たちは、お互い連絡を取り合って、兵を挙げようとしたが、離れているうえ、準備は整っていないので、足並みが揃わず、先ばしった琅邪郡王はすぐに殺された。
他の緒王たちもこの敗北の知らせを聞くと、怖じ気づいてしまった。
だが、琅邪郡王の父親、越王・李貞は兵を挙げた。
李貞は敗北した。
そして、自殺した。
武后様は先を読み、軍を準備をしていたのだ。
何千の兵に対し、何万の軍
速い結果だった。
王族が反乱を起こした。
告密の制で手紙のやり取りなど、情報はしこたま入ってくる。
後は、酷吏たちに任せば芋蔓式に共謀者が捕まるだろう。
馴れたものである。
拷問をはじめる最初にする事は、鼻に酢を入れる事だそうだ。
拷問による自白で、王族の大部分が殺された。
太平公主のふ馬薛紹も処刑はされなかったが、杖刑百、牢で餓死した。
太平公主は寡婦になった。
薛紹の母上は太宗様の娘、城陽公主なのだ。
二人は、いとこ同士だったのだ。
二年後、一人娘の太平公主は武氏の者と婚姻をするよう武后様に説得された。
武三思か、武承嗣か、どっちか忘れたが婚姻しようとしたが、病気がわかって、武攸曁と婚姻した。
ただ、武攸曁には妻がいたので、武后様が殺した。
太平公主は武攸曁と婚姻した事によって、三百五十戸の封戸が 三千戸になった。
規則では公主三百戸、多くて三五十戸、緒王千戸となっている。
異例の事だ。
武后様は武氏を李氏と結び付けたがっていたのだ。
だから、武氏の血は周りの多くの者にも流れている。
そなたの母上も楊氏だ。
武后様の母方の血筋だ。
武后様の思いどおりになっている。
武攸曁は、太平公主のように野心を持って動くような事はせず、天寿をまっとうした。
妻・太平公主の不始末で、墓の盛り土は削られたがな。
高い身分を提示されても、固辞する人だった。
武氏には珍しい人だった。
本当に、李氏はいなくなった。
朕の母上、兄上の母上も門番の婢に
武后様の悪口を言った。
と、讒言され殺された。
酷吏たちは、その後、過ぎた取り締まりをしたとして、殺された。
武后様は知らなかったそうだ。
告密の制の事は二度と話したくない。
ただ、朕にも、そなたにも、武后様の血が流れている。
朕にとって、武后様は祖母であり、そなたにとっては、曾祖母だ。
朕たちの立場では批判的なことはなにも言えない。
儒教の教えに反するからな。
父上、父上の妃たちの封号は華妃や麗妃などでそれまでの賢妃、徳妃、淑妃とは違います。
母君と同じ封号が嫌だったからなのですか?
おまえは普通、人が遠慮して口にしないことを聞くのだな。
・・・
そうだ。
母上と同じ号を冠する女子なぞ、存在させるわけにはいかん。
その名を聞くたびに反応する自分が辛い。
それは、兄上も、父上も、同じだと思う。
だからなのだ。
封印しておきたい思い出なのだ。
・・・
そなたと話して、武恵妃の事は憑き物が落ちたように、冷静にみられる。
俶が成人するまで、惚れてる振りをするのが大変だ。
だが、あの者には使い道がある。
皇太子を排除するよう動くだろうからな。
朕には息子だ。
自分ではしたくない。
だが、唐のためにはやらなくてはならない。
俶に、皇太子、皇帝の道を歩んでもらうためには退いてもらわねばならんのだ。
武后様が猫を嫌っているのは知っているか?
噂ではない。
本当なのだ。
父上が、皇嗣になった時、東宮に住んだ。
その時、猫を飼わぬように、との沙汰があった。
犬は、かこいから出ぬが、猫は屋根をつたってどこにでも行くから、との事だった。
蕭淑妃の呪いの言葉を気にしていたのだ。
多分、武恵妃も似た感覚の持ち主だと思う。
そのためにも、武恵妃は手離せない。
朕が、慚愧の念を持たないためにもな。
自分を振り返えるいい機会だった。
そなたと話せてよかった。
おい、そろそろ長安へ帰る用意をするように。
寝台は持っていけ。
四つに分けられるから、運ぶのに困らない、
あれは、もう一人増えても十分寝られる。
重宝するぞ。
四人で寝ると、何の字だ?
お前は幸せ者だ。
川の字で寝ようなんて女子はおらんぞ。
なに、ニヤニヤしているのだ。
わかって、いるのか?