教育方針
ああ、そうだ、唐の現実を伝えておかなければ。
兵士にかかる費用を、そなたは知っているか?
知らなくて当たり前、多くの朝臣には秘めている。
内情を漏らされたら困るからな。
国家収入のおおよそ半分。
驚いたか。
そうだ。節約しなければな。
そして、それより税収を増やすことを、考えなければな。
後継者が決まった。
他の者に、しわ寄せがいくようになるだろう。
それも、仕方がない。
跡を託せる子と思って、たくさん子をもうけたが、朕の子ではなかったのだな。
そなたの子だったのだな。
うらやましいよ。
そなたは果報者だ。
武恵妃の子なら、武后様の血を引いているから、剛毅な男の子を期待したのだが、とんだ的はずれだった。
だが、鼻っ柱が強いのが生まれていたなら、大将軍として西征させたかった。
俶が税制のことを解決したなら、出来ない事はない。
かつてない領土を唐は持つだろう。
軟弱者のそなたから、“天の子”が生まれるとは意外だった。
いずれにしても、おめでたいことだ。
俶には後継者として、最高の教育を考えている。
手間と金を惜しむわけにはいかないからな。
朕のように楽器など扱えなくてもよい。
社会見聞を広めるように育てたい。
実学を学ばせたい。
風流なんかは必要ない。
唐の未来のためだ。
俶は生まれながらの、天子だ。
唐王朝は名君をいただき、長く繁栄するだろう。
高力士が
お酒ばかりでは体に悪うございます。
お食事をなさってないのですから、お控えください。
気のきかない我が悪うございました。
玄宗は高力士に、酒がこぼれんばかりの杯をわたした。
お前も祝ってくれ。
武后政権で側近として仕え、不遇時代の玄宗を支えた宦官は、
今日、私は三人の天子様にまみえることができました。
歓ばしいことです。
ありがたいことです。
と云って、笑って杯をあけた。
四、五日後、留守中の政務をこなした玄宗は、見晴らしのよい池の側の東屋に、張説を呼んだ。
高力士に人払いをさせ、茶を進めながら
そなたの言う通りだったなあ。
と、云った。
何のことでしょうか?
忠王のことだ。
忠王に子が生まれた。
初孫ですね。
おめでとうございます。
その子は、占い婆さんによると、“天子の気を持つ ”
と、云うことだ。
あの時、朕は腹の中にいる忠王を流そうとした。
そなたに薬を頼んだのだなあ。
我が子のことだ。
人に頼むのは嫌だった。
だから、朕みずから部屋のすみで、薬を煎じた。
いつの間にか、ついウトウトと眠って、夢をみた。
夢の中で、神人が薬鍋をひっくり返した。
眼がさめると、夢と同じことが起きていた。
そんなことが、三度続いた。
不思議におもい、張説、そなたに相談したのだなあ。
そなたは、
“これは天命です。”
よくお考えください。
と、云った。
だから、忠王は死なずにすんだ。
生きて、天の子を授かったのだ。
そなたに礼を云わねばな。
朕はただ、歩けもしない幼な児が、泣き叫び血だらけになって死んでいくのを、見たくなかっただけなのだ。
わかっております。
あのころ、太平公主の力は陛下よりも強く、父上の叡宗様も、妹君の太平公主の云いなりでした。
陛下が敗北を意識したのも、無理はありません。
ただ、当時の事情をしる人でないと、誤解するかもしれません。
忠王は誰にきいたか知っているようだった。
朕は忠王に
そなたを殺そうとした。
などと、とても話せない。
朕は逃げた。
二人で話すことは、多分、これからもないだろう。
いずれにしても、感謝する。
湿っぽい話は終わりにして、頼みたいことがある。
俶、その子の名だが、俶のために子ども向けの本を作ってほしい。
なにか、わからない時に見れば、なんでも載っているような本だ。
初めて見る本だ。
興味をそそるよう、絵もつけて欲しい。
庭で見る草花、木なども、名や特徴を記してほしい。
知識を無理なく、自然に身につけるようにしたい。
なるべく早くしてほしい。
これは命令である。
承りました。
ところで、絵をつけるとなりますと、紙、冊子本になります。
子どもの身辺に置くとなりますと、乱暴に扱えば、紙の本は破れたり、くしゃくしゃになりますが、それでもよろしいでしょうか?
そうだな。
男の子だ。
細かい事をうるさく云うのも、よくない。
じゃあ、木簡で頼む。
木簡なら、投げても、大丈夫だな。
では、木簡と云うことで頼む。
陛下の寵愛ぶりが伝わります。
それと、武恵妃が俶に反感をだかぬよう、本はそちからの提案のように周りに伝えてほしい。
陛下みずから、子ども向けの本などとわかったら、皇子様全員が嫉妬して、大変ですよ。
そこらあたりは、上手くやるようにします。
俶に敵をつくらぬよう、これからも俶を守ることを第一に考えて行動してくれ。
わかっております。
高力士、この時期の東屋は寒くていかん。
風邪をひいたかもしれん。
早く帰ろう。
酒だ、酒。