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蓮華 代宗伝奇  作者: 大畑柚僖
343/347

二人の諡

この秋、長雨が河中府の池の塩を多く損ねた。

戸部侍郎判度支の韓滉は、塩業者の納税額が減るのでは無いかと、恐れた。

十月十日、

雨が多かったけれども、塩に害はなく、縁起のいい塩が取れました。

と韓滉は上奏した。

代宗は、その不自然な表現を疑った。

諫議大夫の義興を蒋鎮に見に行かせた。


吐蕃は塩州、夏州に侵入した。

また、長武にまでも侵入した。

郭子儀は、退くことを拒むような強気な将軍を遣わした。


永平軍の本営であるきょ城の劉洽を宋州刺史とした。

だから、宋州、泗州の二州は永平軍の隷属となった。



代宗が予想したように、亡くなった独孤氏・貞懿皇后の埋葬について、朝議で話題になっていた。

亡くなって二年以上が経つ。

まだ、埋葬しないなんて。

早く、するべきだ。

毎日、遺体に話しかけているそうだ。

いくら、愛してるいるとはいえ、亡くなった人だぞ。

陛下は、変だ。

臣下の声に、皇太子・かつは、顔が歪んだのを意識した。


朝議の後、皇太子・かつが、

陛下、お話があります。

と、云ってきた。

埋葬の件か?

ええ、まあ。

では、寒いがどこか外で話そう。

他人に聞かれたくないのだ。

今は、梅しかないなあ。

やっぱり、赤いのが明るくて良いな。

一部、周りを壁で囲んだ東屋あずまやを選んだ。

そろそろ、この問題について、話さなければと思っていたのだ。

独孤氏を慕い、側に置いておきたくて、埋葬を伸ばしていると表向きはしている。

かつは、不愉快であろう。

母上のかたきだからな。

あいつのせいで、珠珠は死んだようなものだ。

だが、埋葬を延ばしているのは、珠珠の為なのだ。

そなたに、私の諡の話をしたな。

“睿文孝武皇帝”と、考えている。

短いだろう。

玄宗様や父上のは長いからな。

玄宗様は、

“至道大聖大明孝皇帝”

九字だ。

これでも、上皇様で死んだから、短くなったのだ。

粛宗様のは

“文明武徳大聖大宣孝皇帝”

十一字。

唐の開祖からの諡を知っとくがいい。

高祖様、

“神堯大聖光孝皇帝”(八字)

太宗様、

“文武大聖大廣孝皇帝”(九字)

高宗様、

“天皇大聖大弘孝皇帝”(九字)

中宗様、

“大和大聖大昭孝皇帝”(九字)

睿宗様、

“玄真大聖大興孝皇帝”(九字)

高祖様は八字で、他の方は皆、九字だ。

元載が死んで、顔真卿が都に帰ってきた。

珠珠のことが頭にあったので、顔真卿に声をかけたよ。

朕も年だから、諡をそろそろ考え無くては、

と、話をふったのだ。

顔真卿は、諡の字数のことを云っていた。

黙っていたら、ドンドン長くなる、とな。

国に勢いが無いのに、変なところで見栄を張ると云われたよ。

開祖様からの諡を、元の形に直すように云われたな。

中宗様以前の方の、初めてつけられた諡を教えてくれた。

高祖 太武皇帝

太宗 文皇帝

高宗 天皇大帝

中宗 孝和皇帝

これは提案と云って

睿宗 聖真皇帝

玄宗 孝明皇帝

粛宗 宣皇帝

と、提示された。

確かに、短い。

特に、玄宗様なんて、きらびやかな感じがしていたから、慣れなかった。

私には、そんな質素な諡をご先祖様に付けられない。

朕の“睿文孝武皇帝”も、顔真卿の影響があったと思う。

ただ、“大聖”も、なにかの字に付く“大”の字も、私は欲しいとは思わなかった。

欲しいと思ったの

は、“睿”の文字。

“文”は詩を学ばなかった分、付けたかったのだ。

そして、”孝“、

教え通り、ちゃんと、詩を学ばなかった。

“文”があれば、相棒の“武” だ。

私は、この諡に満足している。

珠珠と同じ冠を被っている。

私を見て、珠珠は、笑ってくれるだろう。

かつ、頼んだぞ。


こっちは、珠珠のことがあり、顔公の意向を探ったのだ。

だから、取り入りたい私は、諡を短くした訳だ。

だから、長さについては、文句はない筈だ。

私は、そなたの母・珠珠と約束したのだ。

約束はしたかな?

しなかったかな?

昔のことで、忘れた。

ただ、同じ指環をはめたがった珠珠に断り、同じお揃いの嘉字を諡の頭につけようと、蓮は心に決めていたのだ。

だから、珠珠の諡は、“睿真皇后”と考えている。

だって、珠珠と同じ指環を付ければ、他の妻とも同じように指環を付ければならない。

十数人と同じ指環なんて、気が滅入る。

埋め合わせに、珠珠にも私と同じ、“睿”の文字を付けるのだ。

武后様も御先祖様に付けたのだ。

まあ、王朝がなくなったから、立派な諡も消えたがな。

かつは、どう思う?

“睿”は、佳い字です。

けれども、男に使う字と思われています。

難しいのでは?

私も、そう思う。

だが、皇帝の諡なんて、誰が関心がある?

私も、玄宗様と父上の諡を付ける時、調べて、初めて知ったのだ。

二人の諡は生前に出来ていたから、私が考えることは無かったのだが。

普通の人で知っている人はあまりいないだろう。

ただ、顔真卿などは、昔の書物を学んでいるから知っているだろう。

そういう家系なのだ。

ああ、あの者を私の葬儀の礼儀使にしてくれ。

玄宗様と父上の葬儀でアヤフヤなことが多々あったみたいだ。

アヤフヤなことは皆の記憶でおぎなったのだ。

安史の乱で、宮中が荒らされ、書類が多くが無くなったからな。

私の葬儀のやり方を記録して欲しい。

以後、そなたたちが困らないようにな。

顔真卿なら、的外れなことはしない筈だ。

顔真卿は、“睿”の字のことを知っているだろう。

その字がおおやけになれば、皆も知ることになり、“女子に使うなんて”と、騒ぎたてる者が現れる。

意味を知らせず、決定報告だけすれば、何ごともなく終わるだろう。

だから、私は最悪の事態を想定して、動いているのだ。

独孤氏のことは、気にしないように。

分かっただろう。

父上、お気持ちは分かりました。

母上を愛して下さって、ありがとうございます。

“睿”の話が、朝議で話し合いになれば、長い論議になるだろう。

だから、独孤氏の埋葬については、長い時間をかけたいのだ。

愛しているように見えるよう、“貞懿”の諡も早々に付けた。

珠珠の諡にかける時間より、遥かに長い時間をかけて、埋葬を民の印象に残るようにしたいのだ。

独孤氏の埋葬を、前代未聞にしたいのだ。

珠珠の諡なんて、早々にすませたら、どうってことない。

目眩めくらましのやり方だがな。

だから、いろいろ問題を起こしたいとも思っている。

墓所なんかでもな。

珠珠の為なのだ。

気を悪くせんといてくれ。



京兆尹の黎幹は、

秋の長雨で実りをそこないましたと、

上奏した。

韓滉は、

黎幹は、不誠実だと、

上奏した。

代宗は、御史に調べるよう、見に行かせた。

十月二十九日、

帰ってきて、上奏した。

損なわれた所は、おおよそ三万余り位です。

渭南の県令・劉澡は、会計官でもあった。

県の境の苗だけは、損なわれていません。

と、云った。

御史の趙計は劉澡と同じことを上奏した。

代宗は、云った。

長雨は、広く行き渡る。

どうして、渭南の地方だけが、被害をこうむらないのだ!

さらに、御史の朱敖に見てくるように命じた。

三千余りが、損なわれていました。

代宗は、長いため息をついた。

そして、云うことには、

県令、担当の役人、

損なわれたと、云うに応じて、なお、損なわれていないと云う。

汝は、このように偽って、人と云えるのか!

劉澡を、南浦の尉に貶めた。

趙計を、れい州の司戸とした。

韓滉は、不問にした。


十一月四日、

山南西道節度使の張献恭が

吐蕃、一万以上の兵士を岷州で破った。

と、上奏した。


十一月八日、

蒋鎮が、河中府の塩池から帰ってきた。

上奏して云った。

“縁起のいい塩”は、韓滉が云ったのです。

誤魔化すにしても、目出度い云い方をしたのだな。

その話を聞いた役人や臣下が、嘉名を賜り、広く伝えるよう願った。

代宗は、その言葉に従った。

普通の塩池である。

特に云うべきものもない。

けれども、“宝応霊応池”と号を賜った。

宝だの、霊だの、仰々しい命名である。

池を前にして、その名が似合うとは思え無い。

時の人は、相応ふさわしく無い分、“見苦しい”と云った。





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