敗戦後
郭子儀は、諸将の者たちを呼んで謀議をした。
曰く、
敗軍の罪は我にある。
そなたたちには、ない。
しかも、朔方節度使の兵士の精鋭ぶりは、天下に聞こえていた。
今負けて、捕虜になっている。
恥をそそいで名誉を取り戻す策は、何かないであろうか?
対策は無かった。
渾かんは、云った。
敗軍の将は、再び、議論には預かれません。
しかし、私は、参加させて貰っています。
願わくば、今日のことで、一言だけ言わせて下さい。
思うに、渾かんの罪です。
再び、任を帯びることは、思いがけない事です。
郭子儀は、渾かんの罪を許した。
そして、将兵と共に、朝那に行かせた。
蕃族は、すでに官軍を破っていた。
けん州と隴州を盗みたがっていた。
塩州刺史の李国臣は、云った。
蕃族は、勝ちに乗って、必ず都の近くまで侵入するでしょう。
その後で、私は弓を引きます。
蕃族は、必ず、振り返り、後から飛んできた矢に心配になるでしょう。
そして、兵を引き秦原へ、出掛けていった。
西で太鼓が鳴った。
進軍の合図である。
蕃族は聞いた。
百里城に着いた。
渾かんは、険しく狭い場所で敵を迎えた。
兵士の数が少ないなら、狭い処の方が有利である。
対策を立てていたのである。
盗まれた物を、再び、全て取り返した。
馬りんは、また精鋭の兵をだし、蕃族の武器やら食料をのせた荷車を潘原で襲わせた。
数千人を殺し、残った兵士たちは、逃げ去った。
今回の作戦は、“巧くいった、”といえる。
十月二十三日、
江西観察使の路嗣恭が、謀反を起こした哥舒晃を討ち取った。
宰相の元載は、かつて、西州刺使であった。
だから、河西地方、隴右地方の地形について知っていた。
この時、吐蕃が何度か、侵入していた。
元載は、代宗に云った。
四鎮で、北庭節度使はすでにけい州を治め、危険では無く、守るだけです。
隴山は、高くて大きくて、南の秦嶺に連なっています。
北は、大河に至ります。
今、国家の西の国境は、潘原だけです。
吐蕃は、摧沙堡を守っています。
原州は、その中間あります。
まさに、隴山の入り口です。
その西は、皆、牧草地でした。
草が豊かに生え、水は清らかです。
平涼は、その東にあります。
農耕をしている県が、一つだけあります。
軍隊に食料を供給するためです。
古い砦もまだあります。
吐蕃は、住まずに、棄てています。
毎年、あつい盛り、吐蕃は、青海で牧畜をします。
とても遠いので、閉めて去ります。
戦いの時、もし勝っている間は、砦を二十日で作り終えます。
京西軍は移り、原州を守ります。
郭子儀の軍は移り、けい州を守ります。
根拠地の為です。
兵士を分け、石門、木峽関を守ります。
隴右地方を切り開き、安西地方に着くまで進みます。
吐蕃は、信頼の置ける人を恃みとするでしょう。
則ち、朝廷は高枕で、安心していられるのです。
丸い土地が献上されます。
密かに、遣わした人が隴山をでて、商いを巧くやるでしょう。
卞宋節度使の田神功が参内してきた。
代宗は、元載の話をどう思うか、聞いた。
田神功は、云った。
行軍で、敵の軍の様子を推し測るのは、経験豊富な将軍にとっても難しいものです。
陛下は、何で一書生の語ることを、国を挙げて従うようになさるのですか!
どうしてですか。
元載は、問い質され罪を得た。
事は、遂に終わった。
年の暮れ、代宗は、侍医を執務室に呼んだ。
瓊華の状態を聞くためである。
侍医は、云った。
寒いこの時期、体を温める事は良いことです。
我は、年内まで持たないと、思っていました。
陛下は、瓊華様に良くされています。
なかなか、出来るものではありません。
陛下がおいでにならない時は、四人の侍女に、両手足を温めるように、暖めた布でくるみ、交換させているとか。
気の遣いように頭が下がります。
行き届いた、対応にしばらくは持つでしょう。
陛下、けれども、どんなに努力されても、その時は来るのです。
覚悟をなさって下さい。
代宗は、泣きそうなり、手で下がるように云った。
部屋を出る侍医は、押し殺した泣き声を聞いた。
皇帝といわず、こんなに娘を大切にする人は、初めてだった。
口では、大切そうに云っても、何かの拍子に、口で云う程たいした事はなかったのだな、と思える事が多かったのである。
医者でなく、人として同情できた。
残りの時間は少ない。
代宗は、慌てて、部屋に帰った。
瓊華の顔を見て笑い、いつものように後ろに廻った。
寒くないか?
手足は温かいが、体はそんなに温かいと思えないな。
これからは、できるだけ早く帰らねばな。
ち~上の元気の素だ。
しっかり生きろよ。
ち~上、約束できない。
申し訳なさそうに、振り返った。
最近、珠珠の表情を蓮にだけ、時折見せる。
蓮は、つい、抱きしめている手に力が入る。
珠珠を感じて、幸せだった。