丹薬
魏博節度使の田承嗣は、安祿山、安慶緒と史思明、史朝義父子を神として祀る祠を立てた。
その四人の父子を、四聖と呼んだ。
そして、宰相を求めた。
(四聖だなんて、)代宗は、内侍の孫知古に命じて、祠を壊すように仄めかし、遣らせた。
冬、
十月二日、
田承嗣に、褒美として、同平章事が加えられた。
十月十三日、
代宗の誕生日である。
瓊華が薬を飲む。
病が治って、いつまでも長生きをする。
瓊華の様子を見て、蓮も飲もう。
二人で、今まで離ればなれになっていた期間の空白を取り戻すのだ、と。
嬉しそうな様子で瓊華の側で、控えていた。
器にキラキラ光る、飲み物が運ばれて来た。
器を前にした瓊華が、訴えるような目で、代宗を見た。
だが、代宗の嬉し気な顔を見て、大きく深呼吸をした。
ため息だったかもしれない。
器を持ち、口に持っていった。
熱い!
ドロドロの飲み物は、まだ、子供の口には、熱すぎたようだ。
代宗が隣に進み、器を代わりに持った。
確かに熱いな。
もう少し冷めてからで、いいだろう。
横から、声がした。
それでは、固まって飲めません。
誰だって、熱いのを我慢して飲むのです。
方士はいった。
そうなのか?
瓊華、少しだけでも飲んでみよう。
飲んだら、病も良くなる。
さあ、
嫌がる瓊華に、代宗は勧めた。
片手で体を支え、片手で器の液体を瓊華の口に流し込んだ。
ギャ~、
方士は、真っ青でひれ伏している。
瓊華の口の中は、火傷で爛れていた。
え・た・い。
普通に、口が利けないのだ。
代宗は、方士に、
どう云う事だ?
と、云って、
捕らえておけ!
侍医を早く!
瓊華は、身を捩って、苦しんでいた。
代宗は、哭きながら瓊華に謝った。
悶えながら、瓊華は、蓮の髪に手を置いた。
撫でようとしたが、痛さに、手が動かなかった。
痛さを堪えるため、時々、手に力が入った。
そして、蓮を見た。
ち~うえは、こーてえ。
わりいひとにだみゃされねえでえ。
分かったから、もう、口を利くな。
火傷の皮がめくれる。
すまなかった。
方士は
鉱物は腐らないこと、水銀は循環すること、それを人体にも利用できます。
と、代宗に説いたのである。
代宗は、“騙された”と怒った。
方士の家を探し、一族皆殺しにせよ。
と、命じた。
だが、そんな事で、気持ちが修まる物でなかった。
瓊華、どうすればいい?
やちあたりは、だみゃ。
りぇんは、ええこうてえ、にゃ。
侍医が来た。
火傷をしたので、金丹は、少ししか体に入っていません。
少し体に入っただけです。
下剤で少しは下ります。
後は、口の火傷を治しましょう。
あまり、喋らないでください。
筆談が宜しいでしょう。
いつもの侍医の、穏やかな言葉を聞くと、代宗も瓊華も落ち着いた。
代宗は、これからは良い事でも、瓊華に無理強いはしまいと、心に決めた。
女子は、第六感が働くようだ。
瓊華のことは、瓊華に委せよう。
委せられる子だ。
火傷が治り、金丹が体から出れば、元の瓊華だ。
いいことのみ、想像した。
だが、代宗の思い込みは、夢であった。
これを期に、瓊華はますます弱っていった。
代宗は、侍医を呼んだ。
瓊華の体は、どうなっているのだ。
陛下、あの時、臣は、病気の重さについて何も云いませんでした。
ただ、瓊華様に希望を持っていただくために、ああ云ういい方をしたのです。
陛下なら、今までの経験から、臣の言葉を鵜呑みにしないであろうと、思ったからです。
陛下は、いい方にいい方に考える方なのですね。
瓊華様は、金丹を飲まれました。
小さな体に負担が大きかったことと、推察出来ます。
大人の男性でも、苦しみます。
ある人の話を本で見た事があります。
焼けた鉄の杖で、頭のてっぺんから下までつらぬかれ、それがくだけ散って火となり、体の穴(耳、目、鼻、口など)や、関節が矢で射られたようだ。気が狂うほど痛くわめきちらして、痛みを止めてくれと願う。
と、書かれていました。
瓊華様も、同じ思いをなさった筈です。
ただ、陛下を苦しませる事の無いように、口にしなかっただけです。
金丹は、食べ物と同じ道を通ったのです。
口が火傷したように、通った処は、火傷をしたでしょう。
爛れていると思われます。
瓊華様は、賢い方です。
臣に、ご自分の病の経過を記録するように申しました。
陛下のご子孫が、我のようにならないように、と。
体の不調があっても、普通のやり方で治すようにと。
治療に近道はないのだ、と。
陛下、瓊華様は治りません。
心をしっかりと、お持ち下さい。
瓊華様は苦しみながら、陛下のことを案じております。
瓊華様を安らかに、旅立たせて下さい。
臣の方から、お願いします。
代宗は、片方の手で額を支え、下を向いて泣いた。
手で下がるように云った。