正月の晴れ着
大暦五年(770年)、
暮れ、
代宗と華陽は、後宮の皇后の部屋に移った。
代宗と華陽は、二人が寝る続き部屋を選んだ。
華陽は、大きくなった。
もう、同じ部屋では眠れない。
部屋との境には、仕切られる引き戸が付いていた。
寝る時だけ、使われる。
そして、二つの部屋の境に柳晟が眠る場所を設えた。
皇帝と公主様の護衛としてである。
でないと、代宗は落ち着かなかった。
華陽は、奥の広い部屋を使うようにした。
そして、その一隅に画材を置いた。
代宗は、何も言わなかった。
柳晟が、
本来は、陛下が奥の部屋に住むべきです。
いいではないか。
好きにさせたいのだ。
華陽だって分かっている。
朕を従者扱いしていることを。
初めての処だ。
二人を侍らせて、安心したいのだ。
華陽が、代宗に飛び付いた。
ち~上、
ご免なさい。
いい部屋の方、取っちゃった。
ほら、分かっているだろ。
代宗は、柳晟を見た。
晟、悪口云ってたでしょ。
あっ、晟の寝台、下に滑車が付いている。
晟、誦が来た時、貸してくれる。
乗って、押し合いっこするの。
晟は、押してあげない。
だって、大き過ぎるし、重すぎる。
あっ、ち~上、
王喜ん家、庭の坂、凍らしてくれてありがとう。
晟だって、坂、一緒に滑るのよ。
大きなくせに、わ~わ~云うの。
楽しんでいるの。
寝台使っても、文句ないわよね。
ち~上も、今度、王喜ん家に行ったら、一緒に滑ろうね。
約束。
指切りげんまん、嘘ついたら針千本呑ます。
華陽、楽しみ。
父上が、どんな声出すか。
うふ。
華陽の母親・靖羅も移った。
華陽は、引っ越し風景を見ていた。
昼は、柳晟が何時も、側にいた。
靖羅は、柳晟に色々、若い男性が喜びそうな物を贈った。
ある日、朝、誦の元に華陽を送った代宗が柳晟に云った。
靖羅が、そなたを籠絡しようとしている。
そなたには、靖羅が、華陽に気を配る良き母親に見えるだろう。
この話は、二度とする事はない。
何故、我が靖羅を警戒するか?
華陽が生れた時、あいつは、華陽が美しくないと、殺そうとしたのだ。
次は、美しい子を生むから、この子の事は忘れて、と云われた。
そのまま、蘇生した華陽を抱いて連れ帰ったのだ。
だから、靖羅に気を付けるように云ったのだ。
そんな女だ、
そなたに、色々贈り物をしていると聞く。
あいつは、碌でもないことしか考えていない。
だから、気を付けて欲しい。
華陽のことが好きなら、頼む。
柳晟は、
どうして、こんなに良くしてくれるのかと、不思議に思っていました。
よく、分かりました。
これからは、貰うことは無いでしょう。
華陽様にとって、味方ではないのですね。
華陽様が、気の毒です。
陛下の為されようの意味が、理解できました。
晟、華陽様を守らせていただきます。
頼んだからな。
正月前、新しい衣装が調ったからと、華陽の部屋に多くの衣が届けられた。
沢山ある!
華陽は、いつも男装なので、手に取って大喜びしていた。
晟を部屋から追い出して、勝手に、きらびやかな衣装を着た。
今では、部屋に、当たり前に鏡があった。
華陽は、鏡の自分を見て呆然とした。
そして、寝台で泣いた。
話を聞いた柳晟は、代宗の元に侍女の梅を遣わした。
代宗は、慌ただしく、帰ってきた。
部屋に入り、華陽を抱き上げた。
ほら、勝手なことをして、罰が当たったんだね。
華陽は、こんなチャンとした衣、着なれていないからね。
こんな衣、髪を調えたり、顔だってお化粧しなければ、変なんだ。
華陽、一番綺麗だと思う侍女は、誰?
華陽、桜だと思う。
じゃ、桜を呼ぼう。
待って、この衣、脱ぐ。
着ていたくない。
じゃ、この衣着たのを知ってるから、梅に頼もう。
何時もの、華陽になったら呼んで。
代宗と入れ替りに、梅が部屋に入った。
しばらくして、何時もの格好の華陽が照れ笑いをして現れた。
その場に化粧を落とし、髪をほどいた桜が恥ずかしそうにやって来た。
部屋に入って。
桜に侍女なりの美しい衣が渡され、着るようにと命じられた。
帳の向こうで、桜は着替えた。
さっそく、華陽が覗きに行った。
きらびやかな衣装は、髪も顔も調えられていない桜に合わない感じがして、変だった。
華陽は、含み笑いをして、帳から出てきた。
そして、代宗に抱き付いた。
ち~上みたいに、いい父親、何処にもいない。
華陽は、幸せなんだ。
その日、髪を撫でられながら、華陽は、眠った。
部屋を出た代宗に、柳晟は告げた。
貴妃様の侍女が用事もないのに、うろうろしていました。
華陽に、そなたは美しくないと自覚させたかったのだ。
嫌な女だろう。
晟にも、良く分かっただろう。
御自分のお子なのに、何故なのですか。
皇帝の寵愛が自分にないのが、腹立たしいのだ。
たとえ、相手が娘でもな。
何でも一番が好きなのだ。
気分が悪い。
この話は、ここまで。
明日、昇平を呼んで、華陽の晴れ着の相談だ。
晟も、立ち会え。
大暦六年(771年)、
二月十五日、
河西節度使、隴右節度使、山南西道副元帥兼澤ろ、山南西道節度使の李抱宝が、代宗に云った。
おおよそ掌握している兵士は、訓練を始めます。
河西節度使、隴右節度使から、扶州、文県にいたるまで、二千里以上の距離が長く続きます。
そこを兵士たちは、歩くのです。
情けをかけ、労りつつ、兵士たちを治めるのは、とても難しい。
もし、吐蕃が岷州、隴州の道を同じように下ってくれば、我は、けん県、隴州を固く守ります。
すなわち、梁州、岷州は助けません。
吐蕃が扶州、文県に兵を進めれば、すなわち、長安城の側にまで侵入します。
初めから終わりまで、何処ででも、兵力は足りません。
戦は、その時々で変化します。
我は、その時の状況に応じて、判断します。
進もうが退こうが、陛下の命令に従うことは、無いでしょう。
願わくば、更に、軍略にすぐれた武将を選ばせていただきたいのですが。
山南節度使を任せ、それに、隴山の備えにも使いたいのです。
代宗は、詔で許した。
郭子儀がひん州に帰った。