忠王の想い
息を切らせて、忠王は帰ってきた。
杏、どこにいる?
奥から、杏が蓮を抱いて出てきた。
おかえりなさい。
どうかしたの?
なにがあったの?
忠王の顔が、強張っている。
蓮、父上に、
おかえりなさい。は?
杏、これからは、なんでも、私に言ってくれ。
杏と蓮の二人を抱いて、忠王は杏の耳元で言った。
どうしたの。
そなたの母上の死について、今日聞いたのだ。
震えがきた。
そなたが蓮を採るのを許可したが、とても、許可できない。
上陽宮の周りは川だ。
流れの速い大きな川だ。
母上は池で溺れた。
池だから、死体は浮かんでいた。
だけど、流れの速い川なら、体は流されてしまう。
許さない。
わかったか。
私は気の弱い、軟弱者だ。
そんな危検を犯すような真似はさせられない。
私の方が参ってしまう。
お願いだから、そなたは、ただ見ていてくれ。
川に慣れている庭師に、蓮の葉を茎の方から採ってもらう。
そうしてくれ。
洗って切るのは、宮女にさせたらいい。
そなたは、私、親王の妻なのだ。
そんなことは、使用人にさせてくれ。
そなたの仕事は、私と蓮の世話だ。
そなたは、蓮が事故に遭わないようにしっかり見てくれ。
私と、二人で蓮の葉とりを見よう。
あ、蓮も一緒にな。
この件だけは、譲ってくれ。
これで、決まりだ。
さあ、蓮。
いっぱい、寝たか?
今から、寝るのか?
ウトウトしていたけれど、父上の声を聞いたら、目を開けたわ。
ビックリよ。
殿下は、愛されているのね。
なんか、うらやましい。
なに言っているんだ。
初めての言葉が、おっぱい だからな。
食い意地のはった皇子様だ。
こっちが驚いたよ。
おっぱい 一ツで、魅了するとは。
こっちこそ、うらやましいよ。
こっちは、体をはって、奉仕しているのだからな。
努力の量が違う気がする。
おお、目を輝やかせて、父を求めているのか?
さあ、おいで。
蓮は、父上と母上と、どちらが好きか?
父上だろう?
ねえ、新しい遊び、してみない?
どんなんだ?
ひどく疲れるのはご勘弁を。
布、丈夫な布の上に蓮を乗せて、私と殿下の二人で、蓮を布で跳ね上げるの。
だから、布は、下につかないように、いつも、宙に浮かすようにするの。
下の床にあたると、蓮の体にあたるから痛いし危ないでしょう。
寝台の上で、やってみましょう。
こっちも、初めてだから、その方が安心。
じゃ、なにか布、探してくるわね。
さあ、蓮、初めてだからちよっとだけね。
殿下、声をだして、あわせるから。
よいと、
少しだけど、布を上に振り上げた。
体が跳ね上げられた、蓮が、驚いて、不安そうな顔を見せた。
蓮、やめようか?
もう一度、いくぞ。
よいと、
今度は、でんぐり返しのようになった。
布を下ろして、蓮を抱き上げた。
さあ、今日はここまで。
はじめての体験、いかがでしたか?
蓮には、早すぎたかしら?
そなたは、つぎつぎと、いろんな遊びを知っているのだなあ。
弟たちがいたでしょう。
私はしてもらえなかったけど、“いいなって”いつも見ていたから。
女子がして、ケガをしたらいけないからって。
そうだな、親の気持ちもわかるしな。
そなたの気持ちもわかるしな。
微妙なところだ。
蓮、どうだった?
楽しいか?
あんまり好きじゃないか。
ウトウトしてたんだな。
もう寝よう。
赤ちゃんの時のようには、出来ないな。
じゃ、おんぶしようか?
殿下が、おんぶですか?
変か?
子守りをする人なら、わかりますが。
私は、いつも子守りをしているのだが。
じゃ、私が添い寝します。
私もしたい。
二人でしましょう。
ああ、長安に帰りたくないなあ。
長安が今年も旱魃か水害か、なにかで不作なら、帰らなくても、いいのに。
こんな事をいうと罰があたるか。
杏と蓮と三人で、ずうっとこうしていたい。
今年帰ると、三年、洛陽にいたことになる。
思いだしたけど、不作じゃなくて、封禅のために洛陽にきたのだった。
不作じゃなくて、洛陽にきたのは初めてだから。
洛陽、すなわち、不作。
私の頭の中では決まり事となっているから。
ところで、長安と洛陽を行ききするのは、隋の文帝からみたい。
本を見てたら、
旱魃のため、洛陽へ
て、書いてあった。
だから、文帝は、潼関から長安まで広通渠を掘らせたんだ。
だけど、煬帝が視察といっては旅をするものだから、煬帝の時からあまり使われなくて、手入れをしなかったから、流れてきた土砂がたまって、今は無用の長物。
長安が完成しても、洛陽からは帰らないし。
洛陽の方が運河での交通の便がいいからな。
それで、いろんな所に出かけたんだ。
文帝が節約して、お金を通した紐が腐る程、蔵にお金があったというからな。
好きなように出来るし、したんだ。
好きなようにしたから、悲惨な末路だったんだ。
煬帝は高麗討伐のために、永済渠を掘らせた。
早く作りたかったのだろう。
労役に女子まで駆り出した。
女子まで駆り出した皇帝は煬帝だけだという。
だけど、無理をしたから、高麗でいざ、戦おうとすると、国もとで反乱がおきた。
二回目、三回目もだ。
二回目は、部下の反乱。
三回目は、各地で反乱。
戦どころじゃない。
今度、洛陽に来れるのはいつになるのかな?
いずれにしても、不作の時だなあ。
統治する側の者が口にしてはいけない言葉だから、これ以上はやめとく。
洛陽から長安までは、途中に三門底柱の険、という難所があって、租米を船で運べないんだ。
川の中に、三本の岩が立っていて、雨季の時とか、大雨の時とかで流れが変わるので、危ないんだ。
納品する長安までの運賃は、農民が支払うことになっている。
運賃だけじゃない。
農民、みずからが運ぶ、ことになっている。
だから、無理して、難所を通ると、命を落とすこともある。
陛下の悩みの一つでもある。
だから、長安が不作の時は、長安の民の食べる量を確保するため、皇帝が文武百官一族郎党をひきつれて、洛陽に来ることになっているんだ。
なんせ、大都市・長安だから、人口が多いからね。
不作でも、朝廷の人間がいなくなれば、長安の庶民は少しでも、よけいに食べられる。
今年で三年目、多分不作ではないだろうなあ。
李朝の者としては、豊作を願わねばな。