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蓮華 代宗伝奇  作者: 大畑柚僖
299/347

丹丹の死

遂に、吐蕃に勝った。

郭子儀に、“後はまかせる。”との伝言を送り、すぐに、東宮を訪れた。

太子・かつが、

父上、おめでとうございます。

お疲れでしょう。

と、云いながら、現れた。

その横を華陽が、ちょこちょこと駆けて来た。

代宗は、華陽を見ると、自分でも、顔に歓びが満ちてくるのが、分かった。

その場に座り込み、駆ける華陽を受け止めた。

大きくなったんだな。

華陽の勢いで、尻もちを着くところだったよ。

抱いて、立ち上り、太子妃の王氏に、

この度は、華陽のお世話をお願いして、申し訳ありませんでした。

と、お礼を云った。

華陽は、代宗の胸に顔を当て、ひたすら、しがみ付いた。

淋しかった。

もう、一人にしないで。

小さな声で云った。

えっ、よく聞こえない。

すると、

淋しいと、云っているの。

恥ずかしいじゃない。

と、大きな声で云った。

代宗は、

今度は、よく聞こえた。

と、からかった。

代宗は、華陽の拳骨げんこつを喰らった。

しばらくして、

ち~上、なんか、良い匂いじゃない。

と、云った。

華陽、御免。

父上は、しばらく、風呂とはご無沙汰ぶさただったのだ。

匂って、当たり前。

華陽、今から一緒に、風呂に行くか?

うん。

いいよ。

誦も、一緒に行こう。

ち~上、

また、泳ぎの練習をするか?

誦も、かつが教えた筈だから、華陽と泳ぐか?

華陽は、聞いた。

池に落ちた時、どうやって待つか、知ってる?

知ってるよ。

そんな事。

じゃ、云ってみて。

誦は、

何だったっけ。

父上、誦、忘れたみたい。

誦、父上は、教えてないんだ。

陛下と、一緒に行って、教えて貰いなさい。

陛下、かつも教わっていません。

かつも、来るか?

では、後で、少し覗かせて貰います。

乳母に、華陽の水着の用意を指示して、そのまま、華陽を抱き、誦と並んで、浴堂殿に出かけた。




父上は、体を洗ってから、大浴場に行くから、遊んでいなさい。

華陽に、“良い匂い”と云われるようにするから。

代宗は、呂を見た。

頼んだからなと、目が云った。

呂は、お辞儀をした。

華陽と誦は、お互い水着姿は、初めてで、恥ずかしそうにしていた。

華陽が、目敏めざとく、

さっき、ぱくついていると思ったら、誦のお腹、パンパン。

と、笑った。

誦は、ふざけて、

泳げるんだろう?

と、華陽を浴槽に、突き落とした。

落ちた華陽は、水面で両手をバタバタして、溺れた振りをした。

すぐに、誦は、浴槽に入り、華陽を立たせた。

華陽、泳げるんだよな?

溺れた時は、こうやるの。

華陽は、浮いて見せた。

時々、手足を動かして、沈まないようにするの。

そうしたら、楽で、いつまでも助けを待てる。

浴室に、寝間着姿で入って来ていた、太子・かつが、

華陽、良い事を教えてくれて、ありがとう。

予も、してみよう。

太子・かつも、誦と、浴槽で浮かんでみた。

確かに、楽だな。

誦、良い事を教わったな。

もう、水が怖くない。

に~上、何で、寝間着なの?

水着、持ってないんだ。

この年で泳ぐなんて、思ってもいなかったんだ。

二人の泳ぎの早さ比べだ。

端から端まで、

よ~い、どん。

二人が泳ぎだした。

その時、代宗が浴室に入って来た。

おっ、楽しんでいるな。

太子・かつが云った。

助けを楽に待つ方法など、父上に教わっていません。

依怙贔屓えこひいきひどすぎます。

そう云うな。

僕固懐恩が、馬の首を持って河を渡った話から、会話が弾んで、この話をした者がいたのだ。

我が知ったのも、最近なのだ。

わざとじゃないんだ。

それと、そなたに話がある。

実は、妹の丹丹(和政公主)そなたの叔母上が、二年前の吐蕃の長安侵入の時、亡くなったのだ。

どうしてですか?

陛下と共に、逃げればよかったのに。

丹丹は、お腹が大きかったのだ。

臨月で、馬車に乗れなかったのだ。

馬車は、揺れがひどいからな。

それに、あの時、吐蕃の侵入は急で、その心づもりをしてなかったのだ。

明日には、逃げなくてはと云う日、我は、夾城から、丹丹の邸のある、“常楽坊”に行ったのだ。

夾城から出てからは、馬車を使ったがな。

もし、

是非、長安を出たい。

と云ったなら、輿に寝た形ででも、逃がそうと思っていたのだ。

訪れると、亭主の柳潭が、

いけません。

と、部屋に入るのを止めたのだ。

丹丹は、誰も通さないで。

と、我に、頼んだのです。

だから、通せません。

我は、その場で、

そなたは、独りか?

兄は、いないのか?

と、呼び掛けたのだ。

そうしたら、中に入れて貰えた。

次の日、亡くなったそうだ。

腹に子を抱えたままな。

あいつは、三人の子を産んだ。

だが、亭主が、楊一族で、当時羽振りがいいものだから、見栄を張って、一人に付き乳母を二人雇い、授乳させて貰えなかったのだ。

世話は、二人の乳母がするものだから、子どもは、なつかなかった。

まるで、自分の産んだ子でないようであったという。

丹丹は、我と同じ。

自分が育てられたみたいに、我が子を育てたかったのだ。

自分は、幸せであったと思えたからだ。

柳潭は、丹丹と楊一族とのいざこざで丹丹の味方はしなかった。

父親を亡くしていた柳家は、生きるため、楊一族の意向に従わざるを得なかったのだ。

結局、丹丹は、柳潭と別れた。

丹丹は、三人の子どもを棄てたと云う事になった。

だが、馬のふうが、丹丹を支えた。

一才の時から、一緒にいて、丹丹と成長し、愚痴を聞かされていた馬だ。

丹丹に譲っていて、良かったよ。

安祿山の謀反のとばっちりで、楊一族は殺された。

くびきから放たれた柳潭は、丹丹を頼った。

子の一人、真ん中の子、柳晟だけは助かっていたからだ。

その柳晟を守るために、二人は、結びついたのだ。

腹の子は、手離した子の代わりに、死んでも一緒にいるの。

お腹の中なら、誰も引き離せない。

ってな。

そして、柳晟の事を頼まれた。

あの子には、後ろ楯がいない。

父方のつてなら、ない方がいいと思えるつてだ。

丹丹のつてしかないのだ。

そなたと華陽は、年の差、二十一才だ。

柳晟は、二人の真ん中の年だ。

そなたの、十一才年下。

華陽の、十才年上。

柳晟は、父親に死なれたら、我しか頼る者はいないのだ。

柳晟は、そなたの従兄弟いとこだ。

我が死んだら、そなたが柳晟を後見してくれ。

帝位争いに、参加する資格のない身内だ。

その点、安心して相談できる。

そなたを裏切るような事はしないだろう。

柳晟にしても、かつだけが、頼れる身内と云える。

柳晟の事を、そなたに頼みたい。

華陽の他に、柳晟だけだ。

頼みたいのは。

この前の宴で、華陽がそなたに、詩を詠んだな。

独孤氏の顔を見ていたのだが、そなたのことを、“次の世の種”だと、華陽が云うのを聞いて、怒り心頭のように見えたぞ。

兄の、けいに贈ってくれたらいいのにって、華陽の事をこの馬鹿って。忌々しく思っているようだった。

華陽のあの言葉で、そなたの地位は、より固まったな。

だから靖羅は、生きてる間は偉くなっても、貴妃止りだ。

高い地位につけたなら、そなたの立場を奪いに来るだろう。

父上の妃、張氏のごとくな。

靖羅は、独孤氏を後ろ楯にして、力を振うだろう。

そなたのためにも、そんな事はさせない。

でないと、珠珠に会わす顔がない。

あっ、急がないが、そなたに、死ぬ前に、頼みたい事がある。

珠珠のためだ。

嫌な事だが、どうしてもして欲しい。

珠珠が、絶対、喜ぶ事だ。

そなたも、そろそろ、手を汚す事をしなければな。

珠珠のためなら、我は出来る。

今回、華陽のために手を汚した。

そなたも、今に、我の気持ちが分かる。

やはり、事情を云っておいた方がいいな。

いずれ、そなたも、悩むだろう。

我の兄弟の寧国公主、回鶻の可汗に嫁いだ。

一年もたたずして、可汗が亡くなり、殉葬じゅんそう(死者のお供をして、その墓に生きたまま葬られる事)を迫られたそうだ。

まあ、うまく断ったら、葬式の時の向こうの儀礼で、自分で顔に七筋の刀傷をつけさせられた。

若い女子だ。

恥じて、顔を背けていた。

かつ、そなた、蕃族が公主を娶りたいと、使いをよこしたらどうする?

玄宗様は、嫁にやった娘の子を公主に封じて、とつがせていた。

それでも、唐と婚姻先の関係がこじれれば、殺されたりしていた。

契丹や奚の場合だ。

何度もあった。

そして、また、公主の降嫁を望むのだ。

持参金目当てと、しか思えない。

それと、人質の一面もあるがな。

今回、我は、華陽を手離さないために、僕固懐恩の娘を宮中に入れて、公主の如く育てている。

もしもの時の為の、身代わりだ。

そなたも、何処かの蕃族が、公主を娶りたいと来た時の事を、事前に考えていた方が良いぞ。

僕固懐恩の娘の事は、口外しないように。

華陽の耳に入りでもしたら、正論を吐いて、邪魔をするかも知れない。

ましてや、自分の身代わりと知ったら、面倒な事になる。

そなたも、いずれ身に降りかかる事だ。

心がまえをしておいた方がいいぞ。

それと、妃の王氏に感謝を伝えておいてくれ。

七歩の詩を華陽が詠んだ事を、靖羅は怒っている。

だから、母親には、預けられなかったのだ。

多分、華陽を、あちらに預けたら、いじめられただろう。

そこいらの事情は上手く話しておいてくれ。

これからの事もあるからな。

丹丹、吐蕃が長安に侵入する前に、遺体を隠したのだが、どこに隠したと思う?

春明門を出た処の北、我の母上、そなたの祖母上の遺体を葬っていた墓だ。

あそこに、(珠珠が、棺が欲しいと云っていたので)新しい立派な棺を用意したのがあったので、それを使ったのだ。

他人の墓所を使うのは、嫌だが、丹丹にとっても母上の墓所だ。

気持ち良く利用させてもらったよ。

身内の少ない家族だ。

落ち着いてから、ささやかな式をしたそうだ。

墓は、皇族の女子が多く葬られている場所へ決めた。

お互い、裸に近い格好で心境を語れた。

今日は、良かった。

そなた、華陽をどう思う?

年が離れていると云っても、兄弟だ。

華陽の事、頼んだぞ。

良くしてくれ。

お願いする。

あっ、そなたに渡す物があった。

代宗は、小さな金の鈴を、かつの手のひらに乗せた。

珠珠とお揃いの物だ。

昇平は、もう、母上から、貰っている。

本来、この鈴は、珠珠と丹丹のお揃いだったのだ。

それを私が、真似て買ったのだ。

だから、同じ物が、三つある。

丹丹の物は、柳晟が貰っている。

そなたの母上と、丹丹の絆だ。

だから、柳晟とは仲良くな。

頼んだからな。





今日は、誦がいるので、華陽と二人で、石取りをさせようと思ってな。

そなたと昇平は、石取りが好きだったな。

はい、勝ち負けがはっきり分かるので、向きになってしたものです。

華陽、誦、おいで。

ここに、黒い石がある。

この石を投げるから、先に潜って取った者が、勝ちだからな。

投げるぞ。

ぽしゃ~ん、

華陽と誦は、潜ろうとした。

だが、二人共、上手く潜れない。

水の底に向かって、泳ぐのだ。

出来るまでしてみたらいい。

本当だ。

底に向かって泳いだら、二人で石を巡って、押したりして、取り合いっこになっている。

水の中だ。

力を込めても、押せないし、当たっても痛くない。

さあ、どっちが取った?

誦か。

ち~上、良く見えない。

手探りで、有ったと思ったら、横から取られた。

それは、誦のセリフ。

こら、こら、たんびたんびで、争わない。

もう一回、するか?

する、する。

投げて!

じゃ、少し、遠くに投げるからな。

ぼしゃ~ん。

そこまで、泳いで行ったらいい。

石一個で、よく、遊ぶ事だ。

やっぱり、誦か。

上手いな。

もう、ち~上ったら、

華陽も、小さいけど上手うまいよ。

本当だな。

かつ、昇との昔、思い出さないか?

あんな風でしたね。

もう、そろそろ帰るとするか。

もっと、する~。

後、一回な。

かつ、投げてやれ。

ほうら、行くぞ。

ぽしゃ~ん。

帰ったら、爆睡ですよ。

父上、お疲れですから。

ち~上、

今日は、帰るけど、明日も来たい。

石取りって、楽しい。

ああ、明日も来よう。

誦は、どうする?

当たり前で、来ます。

華陽、おまえ、女子なのに、よく張り合うな。

だって、華陽、誦の叔母上だもん。

甥っ子には、勝たなきゃ。

ねぇ、ち~上。

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