七歩の詩
五月、
四月に、代宗の即位二年目の祝いの宴をしようと思っていたが、米の不作による高騰のため、見送った。
華陽の誕生の祝いも、代宗の気持ちとしとは、兼ねていた。
ただ、誕生の祝いは、他の子どもにはした事がない。
代宗と華陽の秘密であった。
だが、華陽は、
ち~上、そんなの、狡い。
と、正論を吐いた。
父上の、即位記念の祝いだ。
華陽、やっちゃ駄目か?
年の功、上手く華陽を丸めこんだ。
そんな中、京兆府の麦が大豊作との報せがあった。
代宗は、宴を行った。
六月近くになっていた。
当日、華陽は、緊張していた。
大丈夫!
代宗は、声を掛けた。
そんな~、
華陽は、小さいの!
華陽は、初めてなの!
そうか、じゃあ、
と、代宗は、自分の鼻を人差し指で下から押し上げた。
見ていた華陽は、
ち~上ったら、
と、云って笑い転げた。
笑い終えると、
華陽、何時もの華陽になっちゃった。
ち~上、ありがとう。
ち~上、大好き。
華陽は、笑い顔が、最高だ。
父上には、分かったよ。
華陽を笑わせるやり方が。
皆様、席に着かれました。
華陽、さあ、行こう。
代宗は、華陽の手を引いた。
代宗は、皆の座る席より、何段か上にある玉座に着いた。
華陽を横に座らせた。
通り一遍の挨拶を済ませ、
今日の祝いに、華陽公主が詩を詠んでくれるそうだ。
だから、一緒に来て、ここにいる。
さあ、皆に聞こえるように、階段を降りて下で頼むよ。
華陽は、頷いた。
竹が華陽の手をひいて、階段をおりた。
その場にいる者たちは、
どうって事ない公主様だなあ。
と、褒め言葉を見付けられずに、下を向いた。
華陽は、
豆を煮て持って、羹を作り、
しを漉して以て汁となす
き(豆がら)は釜の下にありて燃え
豆は釜の中に在りて泣く
本は是同根より生ぜしに
相煎ること何ぞ太だ急なる
と詠みながら、兄の皇太子・かつに向かって、七歩進んだ。
そして、詠み終えると、
に~上、豆に諭えていますが、に~上は煮られる豆でも煮る豆殻でもありません。
ここにいる者は、華陽も皆も、煮られる豆や煮る豆殻です。
に~上は、選ばれて、次ぎの世の種になる大きくて丸い豆です。
体を大切にして下さい。
と、云った。
云われた皇太子は、こんなに小さな妹の祝いの言葉に唖然としていた。
その時、隣に座った五、六才の男の子が立ちあがり、
お前、不細工だな!
と、云った。
華陽は、その場に立ちすくんだ。
今まで、嬉しそうに笑っていた代宗がすぐに立ち上がり、滑るように階段を降り、華陽を掬い抱き上げた。
背中をトントンとかるく叩き、
大丈夫、
さあ、無礼者には、罰を考えねばな。
ち~上、いいの。
あの子、嘘云ってない。
罰を与えないで。
だが、朕の華陽を侮辱した。
太子、その前に、華陽に対して云う事があるだろう。
陛下、その通りです。
華陽、祝いの言葉、ありがとう。
誦、この子、誰だか、知ってるか?
誰?
朕の大切な公主、華陽公主だ。
そなたの叔母上、昇平公主の妹だ。
この華陽公主は、そなたの叔母上なのだ。
そなた、昇平公主に、“不細工”なんて云うのか?
そんな・・
そんな事云ったら、袋叩きにされる。
では、これから、誦の罰を考えねば、
ち~上、いいの。
あの子、嘘つきじゃない。
華陽、何云っているのだ。
父上は、今、罰を思い付いた。
新しく、“擽り”の刑を作る事にする。
この刑を執行するにあたり、誰が執行人になるのか?
希望者を募る。
その時、父親の腕の中でメソメソしていた華陽が、
華陽、なりま~す。
と、声を上げた。
擽りって、何?
こちょこちょとするんだよ。
そうだと思った。
なる!
なる!
華陽、なりた~い。
それでは、貰った祝いの品々が隣の部屋に置いてある。
その部屋で、執行せよ。
華陽は、父親に手を引かれ跳びはねながら、誦は、肩を落としスゴスゴと出て行った。
その時、その場にいた者たちは、華陽公主は、話に合わせ、表情がくるくると変化して、きらきら輝いていると感じた。
その変化は、魅力的であった。
大したことないと判断したのは、早計であったのだ。
陛下が大切にするはずだ。
女子はじっとした佇まいが美しいとされるが、華陽様は、動きの中に美しさがある。
泣いたり、笑ったり忙しい方だ。
だが、それが魅力なのだ。
おまけに、あの賢さ。
新しい形の美人と云える。
隣の部屋の床には、新しい布が敷かれた。
誦は、華陽に擽られても我慢せよ。
拷問と思え。
代宗と皇太子は、部屋を出た。
そして、扉から、すこし離れて様子を伺った。
あ~ん。
突然、華陽の泣き声がした。
代宗とかつは、慌てて、扉を開けた。
床の上には、誦の足衣に手を掛けた華陽がいた。
そして、
足で叩かれた。
と、代宗に訴えた。
誦に聞いた。
誦は、
この子、何て、呼んだらいいの?
華陽、何て呼ばれたい?
華陽でいい。
叔母上は、嫌。
誦、華陽でいいよ。
華陽ったら、誦の足衣を脱がせようとしたんだ。
誦、びっくりして、華陽を振り払おうと、つい足が当たったんだ。
華陽、何で誦の足衣に触ったんだ?
だって、華陽の足の裏をち~上、おっぱいを飲んで眠ると筆でこちょこちょしたって話、いつもするもの。
だから、誦の足の裏を擽ろうと、足衣を脱がせようとしたの。
男子の足衣(足袋)を脱がせようとするとは、
華陽には、世の中の常識が欠けているようだ。
やはり、人との交流は必要だな。
さあ、罰は終わり。
誦、華陽は、知らなかったのだ。
無かった事に、してくれ。
華陽は、誦の父上に祝いの言葉を贈った。
それで、チャラだ。
ち~上、
チャラって、なあに?
お相子って、事。
お互い、勝ち負けが無いって事。
分かった?
うん、
華陽、何か、変な事したんだね。
だから、に~上へのお祝いの言葉で、お相子になったんだね。
良く解った。
おまえ、あっ、華陽、小さいけど頭いいな。
えへっ。
ち~上、華陽、褒められちゃった。
じゃあ、ここにある物、何でも良いから、華陽と誦で遊べる物があるなら、使っていいからね。
仲良くしてなさい。
父上は、宴に行くから。
誦、父上も宴に参加する。
竹、誦の侍女も、見ていてくれ。
何か、有ったら、直ぐに知らせてくれ。
では、行くから。
華陽も誦も、仲良くね。
あっ、おもちゃの弓矢がある。
矢の先には、当たっても大丈夫なように、綿をくるんだ布がつけられている。
おまえ、あっ、華陽、陛下に大事にされているんだな。
華陽は、恥ずかしそうに、体をくねらせて、
ち~上、華陽に優しいの。
おい、華陽、なに、くねくねしているんだ。
誦、ちょっと、この弓使ってみる。
どうやるの?
左手で弓を持ち、右手で、矢をつがえるんだ。
して、見せて。
いいよ。
ち~上、華陽、今日、とっても、楽しかった。
また、誦と遊んでいい?
ああ、かつに云っておこう。
部屋に着いてから、代宗は、華陽に聞いた。
なんで、誦を嘘つきじゃないって、云ったんだ。
だって、華陽、不細工だから。
華陽が不細工だって、誰がそんな事云ったんだ。
誰も云わない。
じゃ、何故、そんな事云うのだ?
華陽、分かるもの。
何でだ?
毎日、器の金魚さん見てたら、水に、周りが写ってるの。
ち~上も、竹も、知ってる顔で写ってる。
覗き込んでいる子が、いるんだけど、綺麗じゃないの。
だけど、その子、華陽が欠伸をすると、その子もするの。
舌を出すと、その子も出すの。
だから、その子は、華陽だと分かったの。
華陽、あんな顔だったんだと、がっかりした。
それと、ちょっと、悲しかった。
でも、ち~上は、いつも可愛いい、可愛いいって云ってくれるから、云えなかったの。
でも、華陽には分かった。
ち~上は、慰めてくれているんだって。
ち~上は、優しい。
華陽は、幸せなんだ。
華陽、
華陽は、本当に可愛いい。
抱いたまま、側にある飾りの布を片方の手で払い除けた。
そこには、鏡が掛けられていた。
華陽、
と、声をかけ、人差し指を自分の鼻の下に置き、力をいれた。
ち~上、止めて!
父上は、ブタさんの鼻だ。
もう一度、ブタさんの鼻。
抱いたまま、二人が鏡に写るように動いた。
華陽、見てごらん。
あの、大声をあげて、父上を叱っている子を。
溌剌として、輝いていると思わないか?
華陽は、鏡を見た。
そこには、生き生きとした華陽がいた。
あれが、華陽だ。
父上が、可愛いい、可愛いいと云ってる華陽なんだ。
父上は、変か?
しょぼくれて、下を向くようなのは、華陽じゃない。
父上に、変だと云ってくるのが、華陽なんだ。
華陽は、少し、気が晴れたようだった。
代宗は、もう一度、鼻に指を当てた。
華陽は、ケラケラ笑った。
又、鏡によく映るように動いた。
あれが、いつもの華陽。
鏡の中の華陽は、屈託がなかった。
大きな口を開けて笑っていた。
他の公主なら考えられない笑い方であった。
楽しそうであった。
可愛いいだろう。
父上は、嘘なんか云って無い。
分かった?
ち~上、
ち~上が、なんで、ブタの縫いぐるみを用意したのか分かった。
華陽のためだったのね。
誦が云ったの、
お前、陛下に大事にされているんだなって。
よく、分かった。
ち~上、ありがとう。
五月二十二日、
右僕射・郭英乂を、剣南節度使とした。
畿内で、麦が豊作となった。
京兆尹の第五きが、その百姓の田に十畝の内の一畝を税として取るように、代宗に請うた。
これは、古の、十分の一税の法です。
代宗は、これを許した。
この話は、一年前、広徳二年(764年)、七月の話と、ほぼ同じである。
旧唐書の食貨上に詳しく書かれている。
ただ、食貨上では、大豊作は、永泰元年の五月、一度だけである。
この回での記述である。
どうも、資治通鑑の作者が、いい話なので、一年早く、先に書いてしまったようだ。