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蓮華 代宗伝奇  作者: 大畑柚僖
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厳武の死

三月十九日、

吐蕃が、講和をしたいと使いを遣わした。

元載と杜鴻漸に、興唐寺で応対するように詔を下した。

代宗は、郭子儀に問うた。

吐蕃は、同盟を請うた。

どうして?

答えて、

吐蕃は、自分に利益があれば怖れません。

もし、怖くなければ来ます。

そうでなければ、国は守れません。

相継いで、河中節度使の国境を守る兵士を奉天に遣わした。

また、遣わした兵士はけい原を巡っては、吐蕃の様子を伺った。


この春、雨が降らなかった。

米が一斗千文になった。


夏、

四月十六日、

御史大夫・王翊を諸道税銭使に任じるように命じた。


河東道の租庸、塩鉄使・裴しょが参内して上奏した。

代宗が、聞いた。

酒の専売の利益、歳入はいか程か?

裴しょは、しばらく返事をしなかった。

代宗は、再び、聞いた。

対して、云うことには、

臣は、河東地方から来ました。

通り過ぎた処を見ますに、豆類と穀物の芽がいまだに出ていません。

農夫は、愁い恨んでいます。

臣は、陛下のために、国の様子を見る臣下です。

金もうけを臣に問うより、ず必ず、民の苦しみ、悩みを問うて下さい。

臣は、だから、敢えて返事をしないのです。

代宗は、謝った。

そして、裴しょを左司郎中に任じた。


四月三十日、

剣南節度使の厳武が亡くなった。

死を意味する字にこうが、使われている。

高い身分の者として、亡くなったのだ。

厳武は、剣南東川節度使、剣南西川節度使、成都府を治めていた。

租税を割り当てて、厚く取りたてた。

民は困窮したが、厳武は贅沢をした。

梓州の刺史・章彝が、些細ささいな事で、気にそわないことをした。

呼んで、杖殺した。

けれども、吐蕃は、そんな厳武を怖れて、敢えて国境を犯さなかった。

母親は、何度も、おごたかぶって恐ろしそうにするのを止めるよう、諌めた。

厳武は、従わなかった。

(どうせ、我は人殺しだ。人殺しに相応しい生き方を見せなければ、皆の期待を裏切る事になる。心の中で、嘘ぶいていたのだろう。)

そして、死んだ。

病死と云うことであった。

母親は、哭いて云った。

私は、今、初めて、官婢の身分を免じられていることを知った!

良民となっていたのだ。

厳武は、口にはしなかったけれども、母親の苦しみを取り除いていたのだ。

厳武の父親は、玄宗に女子の事でからかわれるような人物だった。

些細なことでは、玄宗はからかったりしない。

厳挺之は、最初に娶った妻を離縁して、蔚州の知事・王元えんと再婚させた。

その王元えんが、公金横領の罪に問われ、裁判される事になった。

厳挺之は、王元えんの罪が免じられるように動いた。

李林甫は、玄宗の耳に入るように細工した。

厳挺之と仲の良い張九齢に、玄宗は、

罪人の為に厳挺之は、関係機関に頼んだんだ。

と、非難した。

厳挺之とは、どんな人物なのか?

順調に科挙に受かり、順調に出世し、張九齢が宰相になった時、尚書左丞となっていた。

その時、李林甫も宰相であった。

厳挺之を宰相にしたい張九齢は、李林甫に(宰相に推薦した時、李林甫に反対されないように)挨拶に行くように云った。

だが、意地っ張りで、李林甫の人となりを嫌った厳挺之は、行かなかった。

三年間もだ。

李林甫は、厳挺之を恨んだ。

宰相の地位は、目の前にあったのだ。

このような事態になって喜んだのは、李林甫である。

厳挺之は、めい州刺史に貶められた。

厳挺之は、数十人の女子を妻にしていた。

それだけ、聞くと、女子好きと思われるが、人との交際を大切に思う厳挺之は、亡くなった知人の娘を、生活に困るであろうと娶っていたのだ。

その時も、妻は増え続けていた。

玄宗は、誤解をしていたのだ。

その実、嚴挺之が心を傾けていたのは、仏教であった。

恵義と云う僧侶と一緒に、善いことをしていた。

恵義が亡くなった時は、喪服を送った。

厳挺之が葬られる時は、墓が左に寄っていたと云う。

学識がある立派な人は、片寄っているものだ、と云われた。

だから、そんな父親としては、厳武の、父親の妾を殺すと云う行動は、受け入れがたかったのではないか?

家にいる多くの女子は、庇護のためであったのだ。

厳武の兄弟のことは分からない。

だが、厳家の子どもは少なそうである。

厳武は長子かもしれない。

厳武は、母親の身分が低くても、大切にされたであろう。

ただ、父親の心は前とは違ったであろう。

また、世間の目は、厳武を恐ろしい子と見たであろう。

子供時代に深い傷を負ったのだ。

名前の“武”も、もしかしたら、改名したのかもしれない。

当時、戦のない時代が続き、武官は低く見られていた。

科挙に受かった前途ある文官が、我が子に付ける名前ではない。

弟の名前は、“丹”と云う。

厳武の母親は、愛されている妾の英に嫉妬して、厳武にうっぷんを晴らす話をしたのかもしれない。

剣南節度使に、房かんが部下として赴任して来た。

しかし、厳武が昔馴染みとして接する事は無かったようだ。

むしろ、きつく接したと云う。

厚遇したのは杜甫だと云う。

ただ、二人は、よく喧嘩をして、その後、厳武が杜甫を殺しに行こうとしていたらしい。

厳武の母親が、大事に至らない内に早く逃げるように、杜甫に、船を用意したそうだ。

厳武は、口には出さなくても、母親を愛していたのだ。

官奴婢は、皇帝の許可がなければ動かせ無い、皇帝の持ち物なのだ。

厳挺之としたら、賜りはしたものの、身分の事までは思い至らなかったのかもしれない。

皇帝に

お金を払うから買います。

なんて、失礼な事は、云えない。

法外な金額を提示されたら、皇帝なら払えても、普通のお金持ちでは払えない。

母親の身分に関して、厳武は、皇帝の希望に沿うように、話を進めた筈だ。

お願いをきいて下さるなら、仰せの通りにいたします、

と。

皇帝は、聞く。

そなたは、唐のために、何が出来る?

唐のために、命を懸けます。

それなら、今の剣南節度使を命懸けで守れと云われたのかもしれない。

剣南節度使の治める地域は、中国の西側の吐蕃に国境を接し、何時いつ、侵入されてもおかしくない危険な場所だ。

いずれにせよ、何等かの取り引きはあった筈だ。

人は、いずれ死ぬのだ。

好き勝手に生きてやろう。

どうせ、他人の目を気にしなくていい人生なのだから。

厳武は、母親を愛していたのだ。

子どもの時も、母親が父親に大事にされるようにと願い、金槌を掴んだのだ。


代宗は、部屋に帰った。

華陽が、飛び付いて来た。

至福の時である。

華陽、何してた?

金魚さん、書いてた。

ひらひらさんの他にも、体は、ふなみたいでしっぽが少し大きいかな?って、位なんだけど、色が、ミカン色じゃなくて、赤に青が少し混じっているんじゃないかと、思える赤なの。

だから、鮒みたいな体で、スイスイ、いつも泳いでいるの。

その横で、ひらひらさんったら、じっと浮かんでいるの。

あんなひらひらのしっぽでは、スイスイ泳げないんだ。

赤が変わっているから、“赤”さんって、名前付けた。

ねえ、見て。

華陽、今度は、青の色が欲しい~。

華陽は、観察力があるんだね。

この子だね。

確かに、あまり見かけない赤だね。

まあ、よく泳ぐ事。

疲れないのかね。

父上と違って、若いんだ。

華陽、散歩に行かないか?

いいよ。


ち~上、何の話?

華陽は、父上のすることを、読むんだね。

そう、話があるのだ。

また、雨が降らず、米のお値段が高騰していたが、麦が、順調だそうだ。

四月は、華陽が生まれた月。

お祝いに宴会しようと思っていたんだ。

だけど、表向きは、父上の即位二周年のね。

華陽に詩を読んでもらいたくて。

いいかな?

そんな、華陽には無理。

華陽なら出来る。

父上は信じている。

父上には、華陽は自慢の娘なんだ。

だから、皆に見せびらかしたくて。

頼むよ。

あの“七歩の詩”なら、短いから出来るよ。

じゃ、どんな詩か、話して。

そこの東屋あずまやで話そうか?

ううん。

華陽、庭では気が散るの。

父上、帰ろう。


部屋に帰った華陽は、代宗の膝に乗った。

なんで、“七歩の詩”か、話すよ。

今から、五百年以上も前の話。

今の黄河から北の地域は、当時、と云う国があったんだ。

黄河から、南は、呉と云う国。

その西の成都がある場所に、蜀があったんだ。

三つの国が、その時代にはあったんだ。

その魏の初代皇帝・曹操が世を去ると、長子の曹丕が跡を継いだんだ。

父親の曹操も詩人だったけど、跡を継いだ曹丕も詩を作っていたのだ。

そして、三男の曹植も。

三男の曹植は、父親に、その詩人としとの才能を認められていたのだ。

長子・曹丕は、そんな弟をねたんでいた。

兄・曹丕は、ある日、弟に無実の罪を着せ、

“七歩”歩く間に、詩を作れば許してやろう。

と云った。

その時に、作った詩なんだよ。

だから、“七歩の詩”と云うのだ。

分かった?

ち~上、唐では、ち~上がいなくなったら、誰が跡を継ぐの?

父上は、長子・かつを皇太子にしているから、皆、かつが跡を継ぐと思っているよ。

そうだね。

に~上は、皇太子だものね。

それで、この詩、早く出来たから褒められているだけじゃないんだよね。

その通り。

兄弟、二人の事を詠んだのだ。

豆にたとえてね。

じゃ、詠むよ。


煮豆持作羹

豆を煮て持ってあつものを作り

漉し以為汁

しをして以て汁となす

き(豆がら)在釜下燃

豆がらは釜の下に在りて燃え

豆在釜中泣

豆は釜の中に在りて泣く

本是同根生

もとこれ同根よりしょう ぜしに

相煮何太急

あいること何ぞはなは

急なる

(豆を煮こんで熱い吸い物をつくり、味噌をこしてスープを作る。豆殻は釜の下で燃え、豆は釜の中で熱くて泣いている。豆殻も豆も、もとは同じ根から生まれたのに、どうして、そんなに慌てて煮られたりするのだろう。)


“春望”以前の天下第一の詩だ。

華陽、どう思う?

七歩、歩く間に作るなんてスゴい。

華陽、くりやに行って、豆殻で豆を煮ているのを見てみたい。

華陽、厨は、危ない処だ。

火は燃えているし、刃物がある。

料理していると、油が飛んでくる。

父上は、行かせたくない。

厨では、皆、働いている。

華陽も、大丈夫。

ち~上、華陽、見た~い。

仕方がない。

父上も一緒に行く。

陛下、男子は、厨房には近寄らない方が・・

分かっている。

だが、華陽一人、行かせる訳にはいかん。

厨に行って、外に、釜をしつらえ豆殻で豆を煮るように、命じなさい。

じゃ、華陽、行こう。

ち~上、大好き。


梅に案内されて行くと、外に釜が作られていた。

豆は、食べているから分かるね。

これが、豆が入っていた豆殻だ。

カラカラに乾いているんだね。

じゃ、作ってくれ。

梅は、華陽のかたわらにくっ付いていた。

代宗の命令で。

鍋の豆は、湯の中でくるくる回っていた。

なかなか、湯は減らない。

退屈した、華陽は、厨の中に入って行った。

代宗が、目配せして、梅が付き添った。

あっ、ここに豆がある。

なんで、一緒に煮ないの?

側にいた、厨の料理人が、

それは、豆の中でいい豆を選んで、来年、種にするのです。

ふうん。

種にするんだ。

見せて。

大きくて、丸いのを選ぶのです。

いびつなのじゃなくて。

ふうん。

なんでもいわけじゃないんだ。

華陽、危ないから、父上の処においで。

は~い。

ち~上、厨って面白そう。

また、来たい。

華陽の様子を見て、考える。

ち~上、抱っこ。

今日は、楽しかった。

それは、良かった。

陛下、

梅が、口の形で、“ブタ”と云った。

華陽、あっちにブタがいるそうだ。

汚ない動物だから、地面に下りないで、抱っこのまま見よう。

汚ないの?

そうだ。

だが、知識として、見ておいた方がいいからね。

代宗は、華陽を抱いたまま、厨に少し近づいた。

外の柵の中に、ブタがいた。

もっと近くで見たい。

駄目。

ブタは不潔な生き物だ。

病気でも移ったら、大変だ。

時間を懸けていいから、見なさい。

縫いぐるみに似てる。

だけど、何で、あんな鼻なんだろう。

何でだろうね。

父上にだって、分からない。

もう、いいかい。

ウン、帰ろう。

本当に、いたんだ。

姉上、嘘云ってないって、分かっただろう。

分かった。






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