学問のすすめ
三月一日、
左僕射・裴冕、右僕射・郭英乂、太子少傅・裴遵慶、検校太子少保兼御史大夫・元志直、太子せん事兼御史大夫・蔵希譲、左散騎常侍・暢さい、検校刑部尚書・王昂、高昇、検校工武尚書知省事・崔渙、吏部侍郎・李季師、王延昌、礼部侍郎・賈至、けい王傅呉令ようを集賢殿待制とするように命じた。
左拾遺である洛陽の独孤及が、文書を奉った。
陛下は、裴冕たちを、問い糺す備えをして待制として召しました。
これは、五帝(蒼帝、赤帝、黄帝、白帝、黒帝)の徳が盛んなことです。
この頃の者は、陛下が、たとえ直に受け入れて話をしても、その言葉を記録しません。
ただ、後の方に名前は、書き留めてあります。
諌めても、その内容は聞きません。
遂に、諫言する者を遣わしても、口を閉じていて、ようやく、口を開けると思えば、腹いっぱい食べます。
お互いに招いて、俸給を貰って、役所に仕えます。
硬い忠誠心を持つ者は、人知れず憂い嘆きます。
臣も、また恥だと思います。
今、軍隊は、休まず十年、活躍しています。
人の生活のための仕事は、機織りの横糸をのばして出してくる糸巻きと縦糸を巻く物があっても、糸がなければ、空しいものです。
兵士を擁する者は、街の互いの道に屋敷を持っています。
奴婢は、酒や肉に厭きて、貧乏な人は、飢えが満たされ、仕事に着き、肌や骨髄まで、剥がされます。
長安の城の中では、真昼でも、人を打ち殺し、金品を奪ったりします。
官吏は、あえて取り締まりはしません。
役所は乱れ、職務は廃たれています。
将軍は、堕落し、兵士は、暴れます。
百のやり方は、責め破られています。
粥が沸き立つように、麻が入り交じって区別がつかなくなっています。
民は、あえて役所に訴えません。
役所は、あえて、陛下に聞きません。
毒を食べたり、苦しみを飲んだり、窮まっても告げません。
陛下は、助ける術をこの時、思っても出来ません。
臣は、誠に怖れます。
今、天下は、朔方節度使、隴右節度使に吐蕃、僕固懐恩の憂いがあります。
ひん州、けい州、鳳翔節度使は、まさに兵士が足りません。
ここから行くと、東は海に及び、南は番ぐに至り、西は、巴、蜀できわまります。
天下の宝が傾き、天下の穀物が尽きます。
もって、軍のために支給出来ません。
臣は、その理由を知りません。
自ら、険しい要害の地に、守りの兵士を駐屯させ、残りの兵士は休ませ、携帯用の食糧を備え、草や麻を草履作りの材料とします。
疲れた人には、租税の上からの割り当てを担当して集めさせ、年によっては、国の租税を半分まで減します。
陛下、疑問を持たれるならば、この案を作り直します。
国土が患う日が、何で一日でしょうか!
代宗は、採用しなかった。
三月十五日、
李抱玉を、同平章事とした。
鳳翔節度使を治めるようになったからである。
代宗は、華陽が千字文を確実に読めるようにしようとしていた。
その事で、どうせなら、二人で楽しもうともしていた。
華陽の“華”の字をさして、これが“か”の字。
“陽”の字を差して、“よう”だよ。
それだけで、随分と興味を持つようになった。
これを、作ったのは、南朝の梁の周興嗣と云う人なんだ。
主君である武帝が、息子が字を学ぶのに、意味のない字が並んだのを覚えるのが、苦痛だと云ったのを聞いたそうだ。
そこで、武帝は、意味のある熟語を使って、手本となる物を作るよう、周興嗣に命じた。
それを周興嗣は、承けたまわった。
そして、云われた通り、熟語を使って作ったそうだ、
次の日までに、四字一句の二百五十句を一つも同じ字を使わずに作ったと云う。
だだ、持って来た時、昨日まで、黒かった髪が、真っ白になっていたそうだ。
随分、頑張ったんだね。
ふうん。
でも、もっと時間をかければ、もっと良い物が出来きたのに。
そりゃ、そうだ。
武帝が、急かしたのかな?
でも、まさか、一日で仕上げるとは、思っていなかっただろうね。
ち~上の字は、どこ?
後の方にある。
悦びの字と一緒だ。
兄上のも姉上のもないんだよ。
昇平の字なんかは、有って、当たり前だと、思っていたけどね。
華陽、詩を覚えないか?
それが、切っ掛けで、いろんな字に会える。
詩って?
中国伝統の学問だ。
時代により、変わっていく。
今は、杜甫が一番の詩人と云われている。
唐が、安祿山に謀反を起こされ、長安を奪われた。
その時、杜甫は長安で捕まっていたんだ。
そこで、作ったと云われてている。
国破れて山河在り
で、始まる“春望”と、云う詩だ。
父上、覚え易い。
この人、どんな人?
いい詩を詠もうと思って、いつも考え込んで、しかめっ面してるって。
華陽、いい詩は覚えるけど、詩人にはならない。
それがいい。
華陽がしかめっ面してたら、父上、華陽を笑わせようとして大変だ。
父上は、華陽の笑顔が、大好きだから。
国破れてって、華陽には、難しいみたい。
だって、転んで、衣を破ったことしか、思い浮かばない。
そうだね。
じゃあ、“春望”が一番だった、その前の一番の詩を教えてあげる。
短いのだ。
たった六行。
あっ、それだけで大好き。
“七歩の詩”って、云うんだ。
作者は、曹植。
煮豆持作羹
漉し以為汁
き在釜下然
豆在釜中泣
本自同根生
相煮何太急
ち~上、
来て、
来て、
華陽が、“ひらひらさん”と呼んだ。
それから、指で瑠璃の水槽のひらひらさんの口に当たるところをつついた。
そうしたら、ひらひらさんが、口を大きく開けて、嬉しいって。
それから、口に押されて目が、パチクリしたの。
金魚も、あんな表情をするんだ。
華陽、見たの初めてだから、直ぐには、さっきの表情しないと思うけど、ち~上に、教えてあげたかったの。
すごく、可愛いかった。
華陽は、代宗を、金魚の前で胡座をかいて座らせ、後に廻って背中から登ろうとした。
おい、おい、
冠を留めている簪が、尖っていて、危ない。
華陽、ちょっと、待って。
お~い、誰か、冠を取ってくれ。
すぐに、近くの者が、そっと取った。
ごめん、
ごめん。
華陽、もう、いいよ。
待たせたね。
ち~上、そんな物は、帰ったら、さっさと取っといて。
はい、はい。
ご主人様。
華陽は、全身を使って、代宗の肩に乘った。
ち~上、立って見て。
側にいる者に手伝わせ、代宗は立った。
この部屋が、違う部屋見たい。
面白い。
そうだろうな。
部屋をぐるりと廻ってみて。
華陽は、代宗の耳に口を寄せ、
ち~上、大好き。
と、囁いた。
華陽、くすぐったいから、止めてくれ。
息がかかって、くすぐったい。
代宗は、肩ぐるまをしたまま、寝台に座った。
父上は、お年だ。
かつや昇平にした事が、華陽には出来なくなっている。
今の内に、鳥さんもしとかなきゃなあ。
ち~上、いいよ。
華陽、お願いがあるの。
やっぱり、耳元で囁いた。
ち~上、長生きしてね。
華陽のために、