杜甫、生活の援助をされる
永泰元年(765年)
春、正月、
永泰と改元した。
一月十一日、
天下に、恩赦を施した。
一月十六日、
陳鄭節度使、澤ろ節度使の李抱玉に、鳳翔節度使、隴右節度使の役職を加えた。
その従弟の殿中少監・李抱真を澤ろ節度副使とした。
李抱真は、山東地方に変事があった時、上党の為、護衛兵となった。
乱の余波で世の中は荒れ、土は痩せ、民は困っていた。
軍からの助けは、何も無かった。
戸籍の民は、三人に一人、血気盛んな者が選ばれ、その租税、夫役は免除され、弓矢を渡され、農作業の合間に矢を射つ練習をさせられた。
年の暮れには、都で試験がなされ、結果により、賞罰が行われた。
当然、いい成績をとれば、いい賞品が貰える。
貰った賞品を横から覗き見た者は、羨ましかったであろう。
そう云う品が選ばれている。
廻りの者たちは、家族を喜ばしたいと、発奮した。
だから、皆、ますます腕を磨いた。
節度使とすれば、この三年で、二万人の精鋭の兵士を得た。
すでに、官吏の給料での支払いでは無かった。
節度使の方で給料を支払ったのであろう。
官吏の給料より、多くして。
官吏でいるか、私兵か、当人に給料を見せ、聞いたかもしれない。
節度使の私兵と云うことである。
この時点で、怪しむべきであった。
ただ、安祿山に学んでいる者は、立ち廻りが上手い。
学んでいるから、節度使の倉庫には宝物が満ちていた。
その弓による巧みさに、山東地方では、遂に、他の節度使の者を見下すようになった。
これゆえ、天下は、澤ろ節度使の歩兵は諸々(もろもろ)の節度使の中で最たる者と云われた。
一月二十三日、
高適が死んだ。
宮廷を去ったばかりの李白と杜甫と一年、河南地方を巡った事で、刺激を受け、いい年で科挙を受け、合格した男である。
李林甫の科挙合格者嫌いの影響を受け、税金を払えない民を鞭打つような仕事をさせられたりして、やりがいを感じず、一時、辞任していた。
哥舒翰に見出だされ、再び、任官した経緯を持つ。
後は、出来る男として、順調に出世した。
成都に赴任した時は、杜甫を援助した。
若い時から、仁義に厚いとされた男子である。
一月二十六日、
剣南節度使の厳武に、検校吏部尚書の役が加えられた。
杜甫は、半年前から、厳武の推薦で、節度参謀・検度参謀・検校工部員外郎となり(この時、緋魚袋を賜っている)、役人として勤めていた。
が、あまりに、時間に縛れ無い、自由な暮らしを長くしていたため、体が辛く(厳武の紹介の勤めだから、きつい仕事では無かっただろうが)、正月、五十四才の杜甫は職を辞している。
代宗は、あれから、都合のつく限り、華陽の泳ぎの練習に付き合っていた。
今では、スイスイと楽しそうだ。
ある日、浴堂殿に行くと、一番大きな浴槽が出されていた。
上に、板が渡されている。
華陽は聞いた。
これ、何をするの?
今日は、遊びにいって、橋の上から落ちた時の練習。
華陽のことだから、何かにぶつかって転げ落ちることもある。
そんな時のための、練習だ。
父上は、何があっても、華陽が水で死なないようにしておきたいのだ。
まずは、高い処から、自分で落ちたらどうするか、やってみよう。
どういう風に落ちようと思う?
別に。
華陽は泳げるの。
いつも通りでいいと思う。
そうか?
じゃあ、やってごらん。
いいよ~、
華陽は、板を渡っていた。
お~い、そろそろ落ちなさい。
は~い。
代宗は、湯桶に入った。
華陽が落ちてきた。
華陽は、水の中でモゾモゾしていた。
代宗が助け出した。
どうした?
思っていたのと違ってた。
どうしたらいいの?
じゃあ、底に着いたと思ったら、足で底を蹴りなさい。
浮くから。
もう一度やってごらん。
父上の助言が、良いか、良くないか、試してみて。
父上が助けるから、安心して落ちなさい。
何か変なの。
落ちなさい、なんて云う、父親。
板を渡りながら、華陽は、独り言を云った。
いくよ。
ドボ~ン。
華陽は風呂桶の床を蹴った。
顔から先に浮かんだ。
ち~上、上手く出来た。
華陽だから、出来るのは分かっていたよ。
泳げるからと、いい気になってはいけないよ。
また、明日、別の課題を考えとく。
今日は、深い処で泳ぐ練習だ。
側にいるから、好きにしていいよ。
華陽、おいで。
水泳は今日で終わりにしよう。
なんで~。
父上は、兄上のかつ、昇平にも泳ぎを教えた。
二人いれば、それだけで、早さを競ったり潜ったり楽しそうだった。
最後の課題を終えたら、終わりにしよう。
その前に、動物たちも、泳げるのを知っているか?
馬も犬も象たちも、泳げるのだ。
草原の遊牧民は、川や池があまり無いので、水に慣れてなくて、泳げない。
戦の時、敵に追われて、川まで来た。
黄河の支流の、小さくはない川だ。
多くの人が死んだ。
だが、僕固懐恩は、馬の首につかまって、川を渡った。
知恵は大切だ。
だが、今、云いたいことは、それではない。
馬は、どんな風にして、走る?
足、四本の足で走る。
そうだ。
その四本の足は、前後にしか動かない。
人間の足もそうだ。
だが、馬の前足に当たる、人の手は、横にも動く。
だから、華陽も、水の中では、手を前後、左右に動かしてみてごらん。
どうしたら、体が浮くか?
試してみて。
絶対に泳げる。
橋から、落ちる練習で池に落ちたら、底を蹴ったら良いと云った。
だけど、池の底はぬかるんでいて、蹴れずに足をとられるかも、しれない。
沈んだりして、立てないだろう。
そんな時、手も足も前後にかいたら、体が浮いてくると思う。
色々やってみよう。
側にいて助けるから。
安心して、やってごらん。
橋から、華陽は、また、落ちた。
床を蹴りそうになったけど、手足を動かすようにした。
だんだん、上に浮かんだ。
すごいな、華陽!
それから、どうする?
陸に這い上がる。
でも、登っていく岩に苔がはえていて、ツルツル滑る。
華陽、どうする?
登れるまで、頑張る。
頑張らなくても、楽なやり方があるとすれば?
父上に、耳元で、教えてと頼む。
よろしい。
教えてしんぜよう。
華陽、水の中で、そのまま上を向いて。
楽な姿勢でね。
このままだと、沈むから、手足を横じゃないよ。
水に対して、上下に動かしたらいいよ。
時々でいいからね。
下に行かないように、手足で水を押すように動かすのだ。
これなら、しばらくは、助けが来なくても、大丈夫。
橋から、やってみて。
ち~上、いきま~す。
がんばって。
どぼ~ん。
代宗は、湯桶に入った。
華陽が、浮かんできた。
目を開けて、代宗を見た。
代宗は、
ここに、いるからね。
と、声をかけた。
華陽は、寝ながらうなずいた。
二人で、百まで数えた。
華陽ってすごいな。
ご褒美の先渡しで、ちょうど良かった。
ち~上、
華陽、水の中では、死なない気がする。
大きな川の渡り方も教わった。
知恵ね。
馬の首ね。
華陽は、代宗に抱きついた。
代宗は、華陽を抱いたまま、浴槽から出て、乳母に華陽を渡した。
後でね。
明日からは、学問だ。
二人で楽しもう。
二月十五日、
宮殿から、宮女を千人出した。
これで、経費が少し、減らせる筈だ。
品官六百人で洛陽宮を守らせるようにした。
二月十六日、
党項が富平に侵入した。
そして、雍州富平の西北にある、定陵・中宗様の陵の宮殿を焼いた、
二月十八日、
儀王・すいが、亡くなった。




