ブタのぬいぐるみ
八月、
郭子儀は、河中節度使から、朝廷に参内した。
けい原節度使が、
僕固懐恩が、回鶻、吐番の十万以上の兵士を率いて侵入しました。
と、報告した。
都は、驚き恐れた。
詔で、
郭子儀を帥として、諸将を率いて、奉天を鎮めるために出かけるように、
との事であった。
代宗は、郭子儀を呼んで、そのやり方を聞いた。
対して、云う事には、
僕固懐恩は、無能です。
代宗は、云った。
何故?
対して、
僕固懐恩は、勇ましいです。
しかし、恩情は少ない。
部下の心は、付いてきません。
よって、唐に侵入しようとする者は、帰りたいと思っている兵士ばかりです。
僕固懐恩は、元々、臣の副将でした。
その側近たちは、皆、臣の軍の者です。
必ず、刃を向けあうのを認めません。
だから、その無能を知る事が出来るのです。
八月二十二日、
郭子儀は、奉天に向けて出発した。
九月五日、
李光弼の後を任せた、王ふに東都留守も任せた。
河中節度副使の崔寓を河中府の尹を兼ねさせた。
吐蕃から守るために、総兵を西に発した。
このやり方は、兵法と合っていない。
九月七日、
総兵が、反乱を起こした。
官府、民家に侵入し、物を奪った。
平定し、夕方には終わった。
九月十七日、
河東節度使の辛雲京に、同平章事の役が加えられた。
九月二十日、
洪州刺史・張縞が、亡くなった。
聞いた代宗は、ある決心をした。
九月二十二日、
郭子儀を北道のひん寧、けい原、河西節度使に当て、やって来る吐蕃の使者と互いに親しみ合うようにさせた。
澤ろ節度使の李抱玉にも、南道に来る吐蕃の使者と親しくさせるようにした。
唐は、飢饉であった。
だが、食料、酒などを送り、吐蕃の使者を歓待させた。
郭子儀は、吐蕃がひん州に迫っていると使者から聞いた。
九月二十五日、
郭子儀の息子、朔方兵馬使の郭晞を遣わして、将兵万人を救わせた。
十月一日、
剣南節度使の厳武が、吐蕃七万の兵を破り、當狗城を落とした。
関中で蝗が繁殖して、稲が食べられた。
また、長雨が続き、米が被害を被ったので、都では米一斗千文以上になった。
僕固懐恩の前軍が宜祿に着いた。
郭子儀は、右兵馬使の李国臣の将兵を使い、郭晞の後に続けさせた。
ひん寧節度使の白孝徳を使い、宜祿で、吐蕃を破らせた。
吐蕃の前軍を率いる、僕固懐恩の軍を破ったと云う事だ。
冬、十月、
僕固懐恩は、回鶻、吐蕃を率いて、ひん州に着いた。
白孝徳、郭晞は、城を閉じて戦いを拒み、守った。
十月十二日、
剣南節度使の厳武が、當狗城の西北にある、吐蕃の鹽川城を落とした。
代宗に呼ばれて、昇平が部屋を訪れた。
華陽に、ブタの縫いぐるみを持って来たのだ。
昇平が、縫いぐるみを華陽に渡すと、変な顔をして、払い除けた。
華陽、嫌いなの?
これは、ブタさんよ。
泣きそうになりながら、
これ、嫌!
と、叫んだ。
何で?
父上が、今度は、ブタを頼むって云うから、持って来たのに。
ち~、が?
そうよ。
華陽は、見たことがないからって、云ってたわ。
ふ~ん。
じゃ、頂戴。
父上ならよくて、姉上なら駄目なの?
ねぇ、こんな動物、本当にいるの?
ふざけて、ようの事、笑っていると思ったの。
華陽、こんな変な顔をした動物、本当にいるのよ。
今に、父上が見せてくれるわ。
華陽がしたい事、何でも父上は、叶えてくれる。
父上に一番愛されているのよ。
皆に嫉妬、されているの。
皆に、羨ましいがられているの。
え~、
なんで~?
華陽、わからない。
何にが、わからないんだ。
華陽、
代宗が帰ってきた。
ち~、
ね~が、変な顔のぬいぐるみをくれたの。
こんな変な顔の動物いないよね?
昇、ありがとう。
昇の侍女で、針仕事が得意な者が居てくれて、良かったよ。
華陽、疑ったらいけないよ。
姉上に失礼だよ。
父上、華陽は口は達者だし、理論的だし、小さい子と思えない。
まだ、二才よね。
四月の末生まれだから、二才だな。
(当時は、お腹の中にいた期間を数え、生まれた時を一才と考える。年を越しお正月がきたら、皆、一才年を取る。年末に産まれた人は、お正月には、二才になる。)
昇は、そう思うか?
代宗の顔が綻び、崩れた。
身内に囲まれ、気が弛んだのだ。
(現代で云えば、華陽は一才半である。)
華陽、この変な顔のブタは、皆に蔑まれているのだ。
何でも、食べるとね。
その話は、ここまで。
でも、世の中には、いろんな動物がいると、華陽に教えたかったのだ。
今度、見に行こう。
さあ、父上と何して遊ぶ?
今日は、緑色の墨を持って帰った。
絵を書こうか?
うん。
赤い金魚と、水の中の草を書く。
新しいお魚さん、ち~が、その場所に慣れるまで、餌を遣ったら駄目だよって、云ったから、見るだけにしてたら、このお魚さん、皆、黒いうんちしてた。
何で~?
前の金魚は、毎日、何を食べてた?
う~ん、
饅頭の皮。
どんな色?
白かな。
だからだよ。
池のお魚さんは、藻、池の中の水草を食べてたんだ。
饅頭の皮なんて、どこにも無いからね。
食べた物の色なんだ。
ふ~ん。
そうなんだ。
緑色で水草を書いてあげて。
墨は、松に摺ってもらって。
父上は、昇平に話があるから。
昇、張縞が亡くなったね。
昇の好きな人は、なかなか見かけないような中身の濃い人だ。
そんじゅそこらにはいない男だ。
だが、昇も来年、二十才だ。
女子は十五才から、男子は二十才からが、適齢期とされている。
そろそろ、婚姻を考えてみないか?
昇が嫌なら、父上は、何も云わない。
だが、次々と、戦が起きる。
唐に、何かがあると、父上は、昇平を守れないかも知れないと、心配なのだ。
臣下の中で郭子儀が最も信頼出来ると、父上は考えている。
息子、何人かが、まだ婚姻をしていないみたいだ。
宴会か何か、何等かの形で会ってみないか?
隣の部屋から覗くのもいい。
昇のお目がねにかなった男子にしよう。
答えは、急がない。
婚姻していない息子の名前を書いた文を、部屋に届けよう。
昇の気持ちを尊重するから。
郭子儀の身内なら、郭子儀が守ってくれる。
父親として、これ程、頼りになる嫁ぎ先はない。
無理強いはしない。
だが、昇の将来を考えると、昇から産まれてくる子供が見たい。
昇は、好きに生きたら良いのだよ。
兄上のかつに、昇の事は頼むから。
父上は、昇の気持ちが一番大切だ。
はい、話はここまで。
僕固懐恩と、回鶻、吐蕃は、奉天の傍まで進んで来た。
都は、厳重な警戒が敷かれた。
諸将は、戦いたいと、請うた。
だが、郭子儀は、許さなかった。
曰く、
蕃族は、我が地に深く入る。
早い戦いに利があるだろう。
我は、堅い守りで待つ。
奴らは、怖がっていると思うだろう。
守りが破れるならば、戒めは要らない。
もし、戦い、不利で退くならば、兵士の心は離れる。
敢えて云う。
戦う者は、斬る!
十月十三日の夜、
郭子儀は出兵して、乾陵の南に並ばせた。
十月十四日、未明、
蕃族の大勢の兵士が着いた。
蕃族は、初め、郭子儀が備えをしていないと見て、襲おうとした。
だが、良く見ると大軍であった。
驚き、怖れた。
遂に、戦わずに逃げた。
郭子儀は、副将・李懐光たち五千騎で蕃族を追わせた。
麻亭に着いたので、帰ってきた。
蕃族は、ひん州にまで逃げた。
十月十九日、
また、攻めてきた。
だが、勝てなかった。
十月二十七日、
蕃族は、けい水を渡って逃げた。