靖羅の乳
涼しくなって来たな。
鼻の先を赤くした華陽を見て、代宗は、
華陽の季節の衣の用意をしなきゃな。
朝は早いから、特に、おチビさんには、応えるよな。
新しい衣、母上に相談して決めなきゃな。
いろいろ考えては、口にした。
そうだ。
池の金魚、見ていると冷えるから、何か器に入れて、部屋で眺めるようにしよう。
おチビさん、ゴロゴロ寝返りして、ひっくり返さないように、周りに木枠を付けなきゃね。
蓋も付けて、華陽が見るとき以外は、閉めておかなきゃいけないな。
子供は、少しの水で溺れるって云うからな。
冬になると寒いから、もう外には行けないな。
呂に、金魚を捕まえるように、云わなきゃ。
さあ、着いた。
湯タンポで温めた布に、繰るんであげるからね。
温かいか?
華陽は、くしゃみをした。
部屋と外は、温度差があるからな。
靖羅様が、お出でになっています。
おっ、食事か。
華陽、温かいおっぱいを貰え。
体の中から温まる。
靖羅は、華陽を受け取り乳を含ませた。
母親だ。
“目隠ししろ”とは、云えない。
横に座り、眺めていた。
冷たいのね。
頬が当たったので、一言云った。
黙れ!
心の中で、怒鳴った。
母親ならば、
寒かったのね。
と、云うべきだろう。
だが、心とは裏腹に、いつも通り代宗の顔はにこやかだった。
華陽は父上と、散歩に行ってたんだ。
仕方ないよな。
飲んでいた華陽が、口を離し、咳き込み、乳を吐いた。
代宗は、侍医を呼ぶように云った。
陛下、大袈裟ですよ。
こんな事、初めてだ。
侍医が、吐いた乳を、臭い舐めた。
代宗を、意味ありげに見た。
華陽は、乳母の竹が白湯を飲ませ、背中を擦っていた。
竹を見た。
竹は、華陽様を見ますと目で頷いた。
まあ、隣の部屋でお話を聞かせて下さい。
我も。
靖羅が、付いて来ようとして、足が縺れ、転んだ。
そなたは、華陽の側に居てくれ。
抱き起こした。
体が、匂いを発していた。
隣の部屋に行く前、呂に靖羅の部屋に行き、物を動かさないように命じた。
侍医に椅子を勧め、話を待った。
実は、云い憎いのですが、授乳された乳には、お酒が含まれていたようです。
最近、かなりの飲酒の習慣がおありのようです。
私の立場では、何も云えません。
淑妃様に、もし、飲酒の事を云って、白を切られたら、立つ瀬がありません。
淑妃様の乳は、飲ませない方が、公主様のためには宜しいかと。
分かりました。
お恥ずかしい事です。
口外なさらないよう、お願いします。
皇帝陛下の事情です。
口にしないのは、当たり前です。
代宗は竹と松に、落ち着いたら華陽に乳を飲ませ、世話をするように、命じた。
代宗は、靖羅を引き立てるように、靖羅の部屋に連れていった。
今日の朝会は、休みとした。
呂が、部屋を調べていた。
酒瓶が、幾つも並んでいた。
代宗は、どうしていいか、わからなかった。
侍女の輪を呼んだ。
酒瓶を指し、云った。
どう云う事、なんだ。
靖羅様は、上のけい様の時は、授乳は一切なさらず、この度は、華陽様に授乳をするようにと言われ、苦しんでおられました。
だから、気晴らしに少しだけと、おっしゃったのです。
私は、少ししか、お出ししてません。
でも、もっと欲しいと云えば、咎められるとお思いになったのか、他の侍女たちにもお命じになった様です。
嗜む程度の量ではない!
授乳をする立場で、李白殿のように飲むとは。
授乳は、靖羅の乳は、華陽の成長を害する。
もう、いい。
ただ、それなりの罰は覚悟するように。
以上だ。
靖羅は、寝台で気持ちよく寝ていた。
そなたが、伝えるように。
帰りの輿の上で、代宗は考え事をしている風に手を背もたれに立て、頭を預け、泣いた。
華陽が可哀想でならなかった。
まともに子供への配慮をしない母親。
そして、回鶻に遠慮して何事も見過ごす父親。
靖羅も独孤家を当てにして、平気で子供を蔑ろにする。
朕を見くびっているのだ。
昔からの有力な武門、独孤一族。
朕は、あの一族を怒らしたくないのだ。
おまけに、何かあった時は、当てにするだろう。
華陽を守りきれない父親である朕。
華陽が可哀想でならなかった。
七月二十七日、
楊かんが、貢挙(地方で選抜したすぐれた人物を中央政府に推薦する事)の、箇条書きの項目を代宗に上奏した。
秀才には、教義二十絛を問い、対策は、五通りあります。
博士が、祭酒(学政を司った長官)に、推薦するように命じること。
祭酒がその試験で通した者は、省において出世するであろう。
州県の長官の推薦を受け、科挙を受ける者のように。
上官と科挙を受けた者は、推薦する事によって繋がりができるのだ。
そして結果、それが双方の利益となるのだ。
明法は、試験の内容が法律が主なものなので、刑部に試験を委せる事とした。
ある者が、明経とし、受かった者を進士とするようにと提言した。
だが、久しく行われず、急には、改まらなかった。
事は、行われないと云えども、見識ある者は、これで良しとした。
僕固懐恩の息子・僕固ちょうを朔方行営節度使とした。