父親・代宗
夏の盛りである。
朝早くから、代宗は華陽を抱いて、庭を散策していた。
昇平には、起きれたら、付き合えと言付けをしていた。
向こうから、ふにゃらふにゃらとした、昇平がやって来た。
無理に起きなくても、いいのに。
ううん。
華陽の顔を見たかったの。
代宗は見えるように、斜めに抱いた。
ううん~。
華陽の事、大事にするわ。
父上の気持ち、分かったか?
父上はな、珠珠の事を忘れないようにと、“洛陽”から“陽”の字を取り、華陽とした。
華陽だけでは無い。
あの五人組の産んだ娘には、“陽”の字を使おうと思っている。
意識するようにな。
だが、靖羅のあんな姿を見せられては、我も変わらざるを得ない。
この子は、いずれ自分の容姿に苦しむだろう。
その時、心の支えになりたくて、我は、この子を愛する。
多分、常軌を逸していると、云われるだろう。
そんな様子は、また、そなたを苦しめるだろう。
だから、予め、そなたに事情を云って置きたくてな。
父を許せよ。
こうやって、毎朝、許す限り、華陽を抱いて散策している。
我の声で話かけ、我を愛するように仕向けているのだ。
だから、おっぱいの時は、我が声をかける。
まるで、我がおっぱいを飲ませているように、勘違いさせているのだ。
そろそろ、乳母には、頭巾を被せようと思っている。
我の顔だけ見るようにだ。
変だろう。
そなたには、優しい母親がいて、我の出る幕は無かった。
我は、笑って見ているだけで良かった。
本当は、かつて先帝が、我が父が、母の後から顔を出し、おっぱいの時、声を掛けるものだから、母は、いつも怒っていたのだ。
この子、殿下のおっぱいを飲んでいると思っているわ。
絶対に。
と、な。
だから、参考にさせて貰った。
両親には、感謝だ。
乳母の目なんか見ずに、我の目を見て飲んで欲しくて、乳母に頭巾を被せようと思っているのだが、やり過ぎか?
なあ、華陽、そなた、父のおっぱいは美味しいよな?
呆れた。
父上がこんな人だったとは。
呆れてくれ。
自分でも、驚いている。
そろそろ、帰る。
朝廷に出る準備をしなければ。
昇平も、時々、来てくれ。
華陽が、悦ぶ。
昇平は、兄上がいて、いいな。
華陽だって、兄上はいるわ。
あの母親だ。
当てには、出来ない。
宜しく、頼んだぞ。
わ・か・っ・た。
代宗は、部屋に帰り、寝台に乗せた華陽に声をかけながら、着替えた。
華陽の寝台は、調えられていた。
だが、最初の通り、代宗の寝台で寝させていた。
目覚めた代宗が、すぐに華陽の様子を覗けるように。
華陽を覗いては、“おはよう。”と声を掛けた。
華陽といるようになってから、代宗は、自分は、孤独だったと知った。
この子は、自分に幸せをくれた。
いい子だ。
次は、父上が、そなたを幸せにするからな。
そして、いつまでも起きない華陽を抱いて、庭に出るのだった。
鳥の囀りに、いつか、目が開いた。
二人のささやかな一時であった。
それから、
あっ、おしっこをしたな。
大慌てで、 部屋に帰る幸せな日々であった。
代宗は、朝廷に行きながら、この生活がずっと続いたらと、願っていた。
五月二十五日、
河北地方の諸州を分けた。
幽州、莫州、ぎ州、檀州、薊州、平州の六州を幽州の管轄下に置いた。
恒州、定州、趙州、深州、易州の五州を成徳軍の管轄下に置いた。
相州、貝州、刑州、めい州の四州を相州の管轄下に置いた。
魏州、博州、徳州の三州を魏州の管轄下に置いた。
そう州、だい州、冀州、瀛州の四州を青しの管轄下に置いた。
懐州、衛州、河陽ー三州を澤ろの管轄下に置いた。
賊軍の将軍たちが、いくら唐に忠誠を誓っても、史朝義に委されていたその場所を、そのまま委せるのは、いかがなものか?
この頃の、節度使の様子は、そこの将兵たちの支持に支えられていた。
今までの司令官がそのまま支配するのは、お互い、馴れ合いで上手くはいくだろう。
だが、将軍たちは、安祿山が時間をかけて信用を得て、いい生活をしていたのを見ている。
反乱を制圧するのは、大変だったであろう。
僕固懐恩に詔を渡し、制圧した先々で、そのまま司令官に任じたのは、代宗の命令であろう。
だが、同じ場所と云うことは、火種を残したことになった。
火種だから、すぐには、燃えない。
燻り続け、時を経て、大火となったのだ。
賊軍で、安祿山、安慶緒、史思明、史朝義、四人の成功と失敗から学んだ将軍たちは、強かであった。
代宗は、簡単に制圧出来た事を喜んだが、後で、苦しむ事となった。