謀議
父上、お疲れ様。
部屋に入るなり、昇平の声が、蓮を労った。
蓮の疲れた顔に、歓びが広がった。
よく来てくれた。
嬉しいよ。
今日、一番のご褒美だ。
かつも、一緒だね。
おいで。
よく、顔を見たい。
お祖父様が病気で、そなたたちの事にまで、なかなか気が回らなかった。
悪かったと、思っているよ。
昇平は、美人だね。
母親似だ。
椅子に座り、二人の我が子を左右に導いた。
かつ、
そなたも、昇平を見て母上を偲ぶ事が出来る。
良かったな。
父上、何故、我らが今日、ここに来たか、分かる?
分かっている。
そなたたちは、我が、皇帝になる日をずうっと待っていたのだな。
我は、父上の死を待つようで、考えないようにしていた。
だが、やっと、珠珠の仇が討てる。
そなたたちの、今日の訪問の意図だ。
仇は討つ。
だが、母上は賢い人だ。
今は、軍人が必要な時だから、我が事より、唐を優先して欲しいと。
かつの為でもあると。
あの家、誰の物か調べた?
勿論。
あの家は、ある大将軍の持ち物だ。
ここで口にはしないが、妃の一人の縁者だ。
その者が、珠珠の不幸の黒幕だろう。
決して許さない。
だが、相手を油断させる為にも、父上のやり方でやらせて欲しい。
それと、云っておかなければならない事がある。
珠珠が、その者に、子を生ませるようにと、云うのだ。
そなたたちの許可を貰おうと思ってな。
そんなの、嫌。
かつも、嫌だ。
そなたたちの気持ちは、分かる。
我も、嫌だ。
だが、珠珠は、そうして欲しいと。
そなたたちの気持ちを尊重する。
嫌なら、この話は、無かったことに。
母上が、云ったの?
そうだ。
心の醜い、嫌な女子だ。
本当は、側にも寄りたくない。
だが、武門の一族だからな。
心に従って、冷遇したなら、あんな性格だ。
唐に、被害が及ぶような気がする。
・・
父上、分かった。
言いたい事はね。
でも、これからも、いろんな女子に次々と、子が生まれるのね。
仕方が無い。
今の唐は、金が無い。
心で、人をつなぎ止めなければな。
子一人で、その一族は安心する。
その子に夢を託して、唐を支えてくれる。
これからも、どんどん子は生まれる。
だが、生まれる子は一人。
どの子も、同腹の兄弟はいないからな。
兄弟がいるのは、そなたたちだけ。
ただ、あの者に子を生ませるとなると、兄弟ができるな。
まあ、珠珠の事だ。
考えが有るのだろう。
返事は、いつまでも待つからな。
珠珠よりも、生きている我が子の方を優先したい。
昇平、父上は、ちゃんと約束は守る。
そなた次第だ。
もう遅い。
部屋に戻りなさい。
公主様。
昇は照れて、ゲンコツで、父親の顔を殴る真似をした。
不敬だぞ。
一族皆殺しだ。
かつが、ふざけた。
三人が笑った。
父親の門出を祝う、変わった祝福であった。
子どもたちを、送り出して、蓮は、寝台に倒れこんだ。
今日が、やっと終わった。
目をつむった。
珠珠、君の仇は討つ。
昇平も、我が皇帝になる、この日まで待っていたのだな。
部屋の戸を叩く音が聴こえた。
誰だ?
次の言葉が出ないような、威圧感のある怒った声であった。
し・ょ・う・へ・い
扉が開いた。
あんな声も出せるのね。
皇帝らしかった。
父上をからかうのか?
心は決まったから。
出来るだけ、早く伝えようと思って。
兄上も、同じだから。
父上は、母上よりも、生きている我らを優先するといったけど、昇は、母上を優先したい。
だから、母上の云う通り、子を生ませて。
でも、あまり大事にしないでね。
昇、焼きもちを焼くかも。
昇には、もう父上しかいないから。
一応、ご報告しました。
では、退室します。
お休みなさい。
昇、おいで。
父上は、昇が大好きだ。
変な心配はしなくていいから。
髪を撫でて、両手で頬をはさんだ。
昇より好きな女子なぞ、いるものか。
いるとすれば、珠珠だな。
昇は、勝てないぞ。
分かってる。
じゃあ。
あっ、
我、じゃないよ。
朕だよ。
忘れないでよ、皇帝さん。
分かってる。
けれど、そなたたちには、永遠に、我だ。
巫州に流罪にされていた高力士に、恩赦が出た。
すぐに、長安に向けて出発した。
上元元年(760年)の七月から、今日、宝応元年(762年)四月まで、足掛け一年十か月、玄宗様に会えていない。
朗州に着いた。
揚子江まで、あと半分の距離だ。
巫州にいる間、都に帰る時、早く歩けるように、毎日、体を鍛えていたのだ。
そんな時、上皇玄宗様が、崩御されたとの話を聞いた。
高力士の希望は、打ち砕かれた。
高力士は立ち上がり、大きな声をあげ嘆き哀しんだ。
そして、血を吐き、倒れて死んだ。
だが、魂は体を離れ、長安目指して飛んでいったであろう。