李光弼の頭脳戦
史思明は、良い馬を千頭以上持っていた。
毎日、馬と一緒に、黄河の岸辺に水浴びをさせに出かけていた。
休ませず、回るように走らせて、見せ付けていた。
対岸で、その様子を、李光弼が見た。
李光弼は命じて、軍の中で牝馬を捜させた。
五百頭得た。
馬は、城の内に繋いでおいた。
史思明の馬が水際にまで来た時を待って、牝馬を全て外に出した。
馬は、嘶くのを止めなかった。
史思明の馬は、ことごとく黄河に飛びこみ、泳いで対岸に渡った。
そして、一気に、河陽の城の中に駆け込んだ。
牡馬は、牝馬を慕って黄河を渡ったのだ。
史思明は、馬を制御出来なかった。
黄河の流れに邪魔されたのだ。
史思明は、怒った。
数百隻の船を、戦う為に列べた。
火を燃やした船を前に浮かべて、戦う兵士たちを乗せた船をその後に続けた。
船橋(浮き橋とも云う)を焼こうとしたのだ。
李光弼は、先に、数十メートルの長竿を数百本、用意していた。
水に浮かべた長竿に、巨木を繋いで、鉄を包んだ毛織物をその先、頭の部分に動かないように置いた。
そして、燃えている船を迎えた。
賊軍の船は、巨木に邪魔されて、進めなかった。
しばらくして、船は燃え尽きた。
その後に、兵士の乗った船があった。
李光弼は、船での戦いを拒んだ。
橋の上から、石弾きを使って石を飛ばした。
乗っていた者は、船と共に沈んだ。
賊軍は、勝たずに去った。
史思明は、河清で兵士たちを謁見した。
史思明は、李光弼の糧道(食糧を運ぶ道)を絶ちたいと思った。
今は、飢饉だ。
食糧は貴重だ。
なんなら、横取りしてもいい。
李光弼の軍は、野水にいて、渡る準備をしていた。
既に夕方になり、兵士千人を留め、河陽に帰った。
部将・雍希こうに河陽の柵を守らせていた。
李光弼は、云った。
賊軍の将、高庭暉、李日越、喩文景は、万人の敵である。
史思明は、その中の一人を必ず、我を捕まえるために、寄越すだろう。
我は、ここを去る。
汝らはここで待て。
もし、賊が来たなら、勿論、戦え。
降伏したら、則ち、共にいなさい。
諸将は、その意味することを理解出来なかった。
皆、人知れず笑った。
既に、史思明は、李日越に云っていた。
李光弼は、長く城に居る。
今に、外に出る。
その時、捕らえるのだ。
汝は、鉄騎を連れ、夜、河を渡れ。
我の為に捕まえるのだ。
捕まえられなければ、すぐ帰って来い。
李日越は、五百騎と共に、朝、柵の処に着いた。
雍希こうは、兵士たちを堀に留め、休ませた。
そして、声を長く伸ばして詩歌を歌った。
歌う雍希こうを、李日越は見た。
雍希こうも、李日越を見た。
李日越は、怪しく思って問うた。
司空(李光弼は、この時、司空でもあった)は、おいでか?
雍希こうは、云った。
夜、出かけました。
李日越は、聞いた。
兵士はどれだけ?
雍希こうは云った。
千人。
李日越は聞いた。
将軍は誰?
雍希こうは云った。
雍希こう。
李日越は、黙ってしばらく考えた。
そして、云った。
今、李光弼を失えば、雍希こうを得て帰っても、我は必ず死ぬことになるだろう。
降伏ではないが。
と、遂に李日越は投降した。
李日越は雍希こうと一緒に、李光弼に会った。
李光弼は、李日越を厚く持てなした。
心から信任した。
高庭暉は、李日越が投降した話を聞いた。
高庭暉も、投降した。
ある人が、李光弼に聞いた。
将軍二人が、簡単に投降するのはどうしてでしょうか?
李光弼は云った。
これは、人情のみ。
史思明は、常に、野戦が下手なのを嫌がっていた。
史思明は必ず、取れる物は取ろうとすると、我は遠くにいても聞いていた。
李日越は、李光弼を得られ無かった。
自然の成り行きで、あえて帰らなかったのです。
高庭暉は、才能も勇猛さも李日越に優っている。
だが、史思明は、李日越への恩寵が勝っていた。
必ず思うだろう、その恩寵を奪いたいと。
高庭暉は、その時、代州の五台府の果毅であった。
十月六日、
高庭暉は、右武衛大将軍となった。