蓮と父
さあ、蓮、父上と一緒に遊ぼう。
忠王は、広くて丸い寝台に座り、背中に丸めた布団を当てた。
そして、かるく膝を立て、立てた膝に蓮の背中を当て、まだ座れない蓮をすわらせた。
さあ、蓮、父上の手をにぎるんだよ。
と、言って、蓮の手を握った。
はい、バッタンと
言って、ゆっくりと膝を伸ばしていった。
座った蓮がだんだん横たわる形になった。
ギッコンと
伸ばした膝を立てていった。
寝ている形の蓮が、ふたたび座る形になった。
はい、ギッコン・バッタン
キャッキャ
蓮、楽しいか?
はい、ギッコン・バッタン
キャッキャ
蓮は、ギッコン・バッタンが好きか?
はい、ギッコン・バッタン
キャッキャ
蓮は父上が好きか?
はい、ギッコン・バッタン
キャッキャ
お い、そろそろ疲れた。
はい、ギッコン・バッタン
キャッキャ
按摩だけじゃ、嫌だ。
はい、ギッコン・バッタン
キャッキャ
聞こえているのか?
はい、ギッコン・バッタン
キャッキャ
杏が、そばに来て座った。
殿下、いつも蓮と遊んでくださり、ありがとうございます。
こんなに、いい父親は殿下だけだと思います。
そして、忠王のほほに、自分のほほを、当てた。
そして、蓮に笑いながら手をふり、耳もとで、好き好きと、言った。
はい、ギッコン・バッタン
キャッキャ
前に、蓮を羨んでいたから、してあげたかったの。
はい、ギッコン・バッタン
キャッキャ
杏に、そんなふうに言われると、うれしい。
はい、ギッコン・バッタン
キャッキャ
なんか、元気がでてきた。
はい、ギッコン・バッタン
キャッキャ
随分たったから、くたびれたでしょう。
はい、ギッコン・バッタン
キャッキャ
蓮、もう、飽きたでしょう。
はい、ギッコン・バッタン
キャッキャ
蓮、もう終わりにしましょう。
はい、ギッコン・バッタン
キャッキャ
じゃ、これで終わりだ。
忠王は自分の体をゆっくりと横に倒した。
蓮は厚く置かれた布団の上に投げだされた。
蓮は泣こうか、どうしょうかという顔で父親の顔を見た。
忠王は笑っていた。
母親の顔を見た。
眉をひそめ、不安そうな顔でこちらをみて、
蓮、大丈夫?
と、云って、抱きあげてくれた。
泣くのは止めた
蓮は、強いからなあ。
父上が笑っていった。
母上は、
いっぱい遊んでもらって楽しかった?
父上に、お礼をいわなきゃ。
好き好き、してあげて。と、言った。
蓮、父上はそっていても、ひげが、痛いぞ。
すぐはえるんだ。
そなたも、いずれそうなる。
父上のホッペ、チクチクする。
って、云われるぞ。
今から、慣れろ。
蓮は、キャッキャいいながら、忠王に抱きついた。
蓮は父上が大好きみたい。
あああ、疲れた。
蓮に果汁でも、飲ませてくれ。
喉が乾いているだろう。
私にもな。
さあ、母上は飲み物の用意だ。
蓮を抱いて、寝台に横になった。
さあ、そなたも、疲れただろう。
と言って、蓮を自分のお腹の上に、下向きにのせた。
顔は横にしような。
鼻がペチャンコになるからな。
折角の、男前が台無しだ。
そして、寝そべらせ、頭をなでた。
そなたは、いい子だ。
父上を幸せにしてくれる。
疲れはするがな。
ああ、いい子だ。
おたがいの体温で暖まり、二人は眠ってしまった。
薄めた果汁と、普通の果汁を持ってきた杏は、
お腹の上に蓮を寝そべらせ左手で蓮の体を抱き、蓮の頭を右手でくるんでいる忠王を見た。
自分の幸せ、杏の幸せを体現して眠る二人の様子を見て、杏は動けなかった。
“自分はどこの、誰よりも、幸せなんだ。”と、わかった。
果汁を机において、杏も、寝台に上がった。
忠王の蓮を抱く腕に顔をよせ、手は蓮の背中においた。
二人の仲間になりたかったのだ。
杏の気配を感じて、忠王が目覚めた。
起こしてくれたら、いいのに。
こうしていたかったの。
果汁を持ってきたんだけど、蓮、どうしよう?
起こして飲まそうか?
このまま、寝かそうか?
忠王が、
汗かいたから、喉が乾いているだろう。
起こして、飲まそう。
わかった。
蓮を起こして、果汁を飲ませ、すこし抱いていると、すぐに眠った。
蓮も疲れてたんだよ。
殿下も疲れたでしょう。
二十才も年とるくらい、疲れてたんだから。
そなたが側にいるだけで、疲れなんか、フツとぶ。
そんなふうに言うなんて、嬉しい。
今日は、どうした。
いつもの、杏らしくない。
私、殿下のこと、好きになったみたい。
おっさん、なんだろう。
顔がイマイチなんだろう。
今までも、好きだったけど、なんか、次元が違うみたい。
それに、自分の方から沸きあがった感情なの。
だけど、こんなこと口にして、今、後悔してる。
今までもは、好かれてて、優位に立っててお気楽だったけど、これからは違うんだと、考えちゃう。
ああ、言うんじゃなかった。
殿下の顔だって、会った時より随分良くなったと思う。
これからも、どんどん良くなると、女の人が寄ってきそう。
ちょっと心配。
ああ、言わなきゃよかった。
お気楽だったのに。
殿下に、チヤホヤされて、いい気分でいれたのに、
私って、バカ!
ええっ、信じられない事が起こった。
でも、杏にそんなふうに言われるのは、すごくうれしい。
私を褒めてくれたんだね。
これから、頑張らなきゃって思った。
杏に好きと言われると、自信がわいてくる。
杏、ありがとう。
ところで、字、どういうふうにしようか?
明日から?
私は今からでいいよ。
杏が褒めてくれたから、今は、杏のそばにいたい。
教材はなにを使うの?
普通、千字文だけど。
千字文なら、多分ほとんど読めると思う。
え、なんで読めないって、云ったの。
だって、殿下は私が読めると云ったら、一ツでも読めないと、
読めるって云ったのに。って、
挙げ足とるでしょう。
だから、対策をたてたの。
杏は、いつも私の一歩先に行くんだね。
参ったよ。
怒らないで、想い人さん。
へ、へ、もう一度言って、
想い人さん。
ずうっと私ばかりが想っていると、思っていた。
この気持ち、どうしていいか、わからない。
杏、私は、いい夫になるよ。
杏も、今もいい妻だけど、これからも、いい妻でいて。
蓮も、一緒に、皆で幸せになろうね。
ウン