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蓮華 代宗伝奇  作者: 大畑柚僖
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奪還・喪失

広平王・俶は、回鶻の兵士たちが、沢山の戦利品を手にやかましく騒ぎたて、定鼎門の外の回鶻の幕舎に帰るのを見ていた。

やっと、終わらせてくれた。

官軍の幕舎も同じ城外だ。

回鶻の幕舎より、定鼎門の近くに設営している。

隣合っている。

一応、もしもの為だ。

抑止力にはなるだろう。

葉護を見かけたので、声を掛けた。

ご苦労様。

回鶻のお陰だ。

慰労の宴をしたいが、我にも、やらなければならない事がある。

正式な宴は、お互い、サッパリした明日にさせてくれ。

一年以上会っていない妻と、会うんだ。

邪魔しに来ないでくれよ。

弟だからと言っても、遠慮はしてくれ。

まあ、門番が通さないだろうけどね。

笑って、肩を叩いた。

次は、郭子儀だ。

呂に案内させた。

会って、

郭将軍、素晴らしい働きでした。

陛下にかわり、御礼を云います。

感謝します。

申し訳ありませんが、妻との久し振りの逢瀬です。

宴は、明日にしたいのです。

回鶻の方には、伝えました。

宜しくお願いします。

それと、色々、判断をしなければならない事があるかもしれません。

すべて、将軍にお委せします。

将軍の力を知って、お願いするのです。

宜しくお願いします。

では、


これで、いい。

明日までは、誰も来ない。

呂に、

計画は順調か?

はい、女子が多いので、私としてはやり易いです。

上陽宮は、掃除は行き届いたか?

はい、橋には手勢の者を置いています。

王妃様は、緑児が確保したでしょう。

酒の用意は?

はい、端門の外の荷車に乗せ、料理を待っています。

昇平様は、料理の一つになり、覆いを掛けて荷車に乗せるようになります。

二台です。

あの二人は?

上陽宮におります。

予定通りだな。

広平王・俶は、上陽宮に入った。

懐かしい処だった。

蓮は、ここで産まれ、一年間すごした。

つい、感傷に浸った。

俶と珠珠の二人の替え玉に会い、

明日まで、宜しく頼む。

と、声を掛けた。

二人は、俶と珠珠になって応じた。

不満はなかった。

馭者になる者二人を連れ、上陽宮を出た。

まだか?

はあ、かします。

いいから。

料理が運ばれ、積まれた。

馭者の隣に座り、後ろを向いて、荷台の料理の覆いをめくった。

丸くなった昇平がいた。

頭を撫でた。

蓮は、

美味しそう!

と、云って、隣の覆いから、羊の焙った肉をつまみ、昇に渡した。

もっと欲しかったら、手を伸ばして取りなさい。

もう一つは、蓮が口にした。

蓮の中で幸せが広がった。

笑みが浮かんできた。

俶が産まれてから、一つになった石橋・天津橋を渡って、定鼎門街を過ぎた。

門で顔を確認され、官軍の幕舎に寄った。

酒と料理を、

お疲れ、ご苦労さん、

と、云って、渡した。

そして、回鶻にも届けた。

夜は、冷えるな!

蓮は、外套を大きく広げて羽織った。

外套の端が、荷台に掛かった。

馭者に話しかける振りをして、ちいさな声で、

外套の中に、隠れなさい。

と、一人言を云った。

ごそごそと音がして、背中に手が回された。

その手を握った。

冷たい手だな。

暖めなきゃな。

母ちゃんは?

こら、こら、昇、母上だろう。

洛陽での生活が偲ばれて、涙が滲んだ。

そのまま、荷車は、洛陽城の南の道を、西に向かって進んで行った。

しばらく行くと、大きな木があり、その下で馬車が待っていた。

城の上から兵士が監視している。

死角を探して、選んだ場所であった。

蓮は外套を脱ぐと、その外套で昇をくるんで、顔だけ出した。

よく、顔を見せておくれ。

・・大きくなったな。

昇。

頬ずりをした。

待っていた馬車に乗り込んだ。

珠珠が、入り口の傍に座っていた。

飾りは一切ない、簡素な馬車で背が低かった。

二頭立ての馬車であった。

普通は、一頭の馬で引かす。

だから、二頭は目立つ。

鞭を振るい、疾走させるのだ。

疲れても構わない。

その前に、交換させる。

少しでも、早く長安に着くためだ。

中は、ただ平らで絨緞が敷かれていた。

食べ物が入った籠がいくつもあった。

馬車が、跳ねるので、お皿には置けないのだ。

深い籠の中では、飛び出さない。

昇、お腹が空いただろう。

濡れた手巾があるから、手を拭いて食べなさい。

飲み物もあるから。

いくつかの水筒があった。

こんなにあるのなら、さっき、食べなきゃ良かった。

と、云いながら、昇は揚げ菓子を手にした。

これ、久しぶり。

うれしそうに、パクついた。

馬車は、寒くないように内側を獣の皮で覆っていた。

走るとすきま風で寒いから、昇も珠珠も毛皮を着なさい。

さあ、くつろいで。

蓮は、昇を膝に置いた。

母上、ちゃんと居るだろう。

珠珠も食べて。

長安と洛陽は、文武百官で移動すると、従者は歩くから、二十日程かかる。

蓮は、急ぐから、二頭立ての馬車にした。

これで、楽をして早く行ける。

父上、自分の事、“蓮”って言ってる。

そうだよ。

母上は、“珠珠”、

忘れたのか?

婚姻した時、二人で決めたんだ。

私を“蓮”と呼ぶのは母上だけ。

他の妃には、呼ばせない。

疲れたのか?

毛皮にくるまって寝なさい。

時々、馬の交換をするから、停まる。

おしっこは、言ったら止まるから。

もう、父上ったら。

昇は、そんな風に云われるのは嫌。

“ちょっと”って、云うから。

昇、父上がいるから、安心して寝なさい。

疲れている筈だ。

珠珠、二人で話そう。

我々の将来について。

傍に来ないで!

昇を中にして、話しましょう。

蓮蓮、珠珠は、昇を蓮蓮に渡したら、去りたいの。

本当は、捕まる前に死にたかった。

でも、昇の為に生きた。

だから、かせて。

珠珠は、冠族と云われる家の人間なの。

親からは、女子の生き方を教えられた。

珠珠は、両親を失望させた。

もう、自慢の娘ではないわ。

世間体を気にする一族なの。

だから、後は世間の掟に従うわ。

あの時と同じで、昇は、珠珠が長安に行くと言わなければ、珠珠と洛陽に残った筈。

珠珠の本意では無いけれど、同行している。

蓮蓮は、珠珠の成長を見たかったと、云ったわ。

珠珠は、女の子が産まれたら見れると、云った。

でも、昇は、もうそうじゃない。

饅頭一つで、戦わさせられたり、

お腹がすいているから、また、頑張って戦うの。

饅頭一つのために。

がっかりした?

賊兵たちは賭けるの。

玄宗様の、闘鶏を思いだしたわ。

どこか、計算高くて・・

勝つためなら、仕方ないのかもしれない。

これ以上云えない。

もう、昔の昇じゃない。

でも、可愛い昇なの。

愛してあげて、

許してあげて、

そして、愛して、

珠珠が逝くことを許して。

珠珠は、昇を長安に導くために、同行してるの。

怒らないで、許して!

それと、珠珠の災難の首謀者は、気持ちは分かるけど、あからさまな報復はしないで。

武門の人は、今の時期、大切にしなきゃ。

蓮蓮は、責任者になるの。

個人の事より、国を優先させて。

我慢して。

唐のためよ。

また、かつのためでもあるわ。

するとしたら、本人にも周りにも、気付かれないやり方を考えて。

珠珠が話す事は、これで終わり。

忘れていたわ。

昇は、洛陽で男の子として通したの。

蓮蓮が、男の子の衣を着て出かけさせたからよ。

“良かった”と、思った。

だから、男の子で通したの。

男の子だから、戦わされたの。

一番弱い、男の子。

いつ、“月の物”が来るか、不安だったわ。

毎日、御先祖様に祈ったわ。

蓮蓮が、早く来てくれることを願ったわ。

昇は、まだ子供よ。

丹丹か、緑児に預けたいわ。

安心出来る、女子にね。

だから、蓮蓮の娘は、ずうっと蓮蓮の側にいたの。

洛陽で珠珠といたのは、親とはぐれた男の子。

跡は、残していない。

守ってあげてね。

蓮蓮と珠珠のたった一人の娘だから。

蓮蓮だから、もう用意してるでしょう。女の子の替え玉さん。

珠珠も、男の子の替え玉さん、もう用意してるの。

昇に似た子をね。

今は、上陽宮にいるわ。

だから、洛陽の方は大丈夫。

長安では、替え玉さんと、時々でも一緒に過ごさせてあげて。

衣の流行はやり、今、人気の食べ物等、教えてもらったらいいわ。

何もしないよりいいわ。

すごいな。

言わなくても、ちゃんと、してくれている。

さすが、珠珠だ。

母親だから当たり前。

後は、お委せするわ。


駅で馬を替える度に、馭者も替わった。

何度も、予行演習をしていたので心配はしなかった。

十月のうす暗い時に、出発したから、丑三つ時に着いた。

長安城の門番には、あらかじめ言っていたので、問題なく通過した。

珠珠が、

宮殿から礼会院の道を通ってみて、

と、云った。

馭者に伝えた。

しばらく行くと、

止まって、

と、云った。

珠珠は、降りた。

昇も起きてきて、

着いたの?

と、尋ねた。

そこは、永寧坊であった。

蓮蓮は納得した。

そこには、有名な渠(人工で掘った川・通済渠・広通渠というように運河も渠である)があった。

流れが激しくて、落ちた人が何度も浮いたり、沈んだりするという。

昇が、

あっ、この家!

と、云った時、

きゃー

と、云って、珠珠が後ろに引きずられるように、渠に落ちていった。

蓮は、昇の言葉に、建物を見ていた。

昇が怒鳴った。

母上を助けて!

松明を持って、渠を覗くと、珠珠が水の中で浮いたり、沈んだりして回っていた。

それから、流れていった。

その顔には、恐怖も苦しみも無かった。

安らいで、穏やかだった。

呂に、この渠の先で珠珠を得るように、命じた。

何で助けてくれないの!

昇は、泣き叫んだ。

母上の顔を見たかい?

昇が泣き止み、しばらく、そこにいてから、永嘉坊の家に帰った。

家は、暖かかった。

丹丹が、優しく昇を迎えた。

側には、かつも居た。

蓮は昇に、

父上は、洛陽で仕事があるんだ。

悪いけど、行くからね。

昇が叫んだ。

父上なんか、大嫌い!

丹丹、かつ、昇を頼んだよ。

蓮は、永嘉坊を後にした。







帰り道も、何の問題も無かった。

呂は、

見つかりませんでした。

しばらく、様子を見ます。

と、報告した。

なんだか、気力が失せた。

馬車で横になっていると、ただ、涙が流れた。

わかっていた筈であった。

我々は、心が通じていた。

珠珠の言葉は、初めて聞いたわけでは無い。

いつも、言っていた。

ただ、認め無かっただけだ。

もう、こんな形で会話する相手とは、遭遇出来ないだろう。

かつの事を云っていた。

魂だけで、蓮の死を待つのだろう。

跡取りは、かつだ。

ただ、唐をちゃんと建て直さなくては。

苦労はさせたくない。

そうしたら、蓮は胸をはって珠珠に会える。

いつもと同じように、珠珠の声が聞こえた。

体がないから、いつも傍にいることができるのよ。

だから、いつも傍にいるわ。

前より、便利でしょ。

目をつぶると、珠珠も、横向きで寝ていた。

蓮を見つめて。

珠珠は云った。

水の中で死にたかった。

綺麗に洗われると思って。

これからは何時も一緒。

嬉しい。

洛陽に近づいた時、鳩を放した。

大木の処で、もう一人の広平王が待っているだろう。

馬車の中で服装を交換して、馬で門を通った。

なに事もない、いつもの一日が始まった。

傍には、珠珠がいる。

それだけで、満足。

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