張巡の戦い・ニ
すい陽の兵士、死傷した者の残りは、わずか六百人ほどであった。
張巡と許遠は、相談して、城を分けて守ることにした。
張巡は東北を守り、許遠は西南を守ることになった。
兵士と同じように、茶で煮た紙を食べた。
もう城から降りることはなかった。
無駄な体力を使いたくなかったのである。
と、云うより、もう、そんな元気はなかったのである。
賊将の李懐忠が城の下を通り過ぎようとした。
張巡は、聞いた。
君は、蕃族に仕えてどのくらいだ?
李懐忠が答えて、
二年です。
君のご先祖は、父上は役人?
そうです。
君は、世に出て、官職を賜り、皇帝陛下の租米を食べた。
なんで、賊軍に従うのだ。
我と一緒に、荒野で弓を引きしぼらないか?
いいです。
我は昔から将でしたし、死ぬような戦いを何度もしました。
賊将として死にます。
これが我の人生です。
張巡は言った。
古から、道理に逆らう者は、蕃族として滅んで終わる。
君の、父上、母上、妻子、皆一緒に滅ぼされる。
我慢が出来るのか?
李懐忠は、涙の顔を掩って、去って行った。
そして、急に、その隊の数十人を引き連れ、投降して来た。
張巡に、逆順の説で説得されると、よく賊軍を捨て、官軍に来る人が多くいた。
そして、死にもの狂いで戦った。
そんな将士が二百人以上いた。
張巡の人柄であった。
この時、許叔冀はしょう郡に居て、尚衛は彭城に居て、節度使の賀蘭進明は、臨淮に居た。
皆、兵士を抱えていたが、救いに行かなかった。
すい陽城の中は、終わりが近づいているのが感じられた。
張巡は、南斉雲に三十騎と共に、囲みを突破して臨淮に緊急を告げに、(助けを求めに)行くように命じた。
南斉雲は、城を出た。
賊兵たちが、数万人、取り囲んで襲ってきた。
南斉雲は、兵士の中を突き進んだ。
左右の騎馬兵が矢を放った。
賊兵たちは、靡き従った。
だが、騎兵たちは、皆、死んだ。
臨淮に着いた。
賀蘭進明に会った。
賀蘭進明は言った。
今日、すい陽が墜ちるか、墜ちないかの大変な時とは知らなかった。
そんな時、兵士が去って、何の利益が有るのだ!
南斉雲は言った。
すい陽がもし墜ちたら、斉雲は、死をもって、大夫に謝ります。
すい陽は既に、落とされているかもしれません。
すなわち、臨淮にも及びます。
譬えるならば、皮と毛の如く、お互い依りかかっているのです。
救わずには、安らげません!
賀蘭進明は、南斉雲の勇壮さを好んでいた。
(尹子奇の左眼を蓬の矢で射ぬいた話を聞いていたのである。)
南斉雲の話は聞かずに、強く臨淮に留まるように言って、食事と音楽を整え、南斉雲を座らせた。
良い武将だから、引き抜こうとしたのである。
南斉雲は、憤り嘆いた。
そして、泣きながら、語った。
南斉雲は、来ました。
すい陽の人は、一月余り食べていません。
斉雲は、食べたいと思っても、一人では喉を通りません。
大夫は、強い兵士をお持ちでいて、座っています。
すい陽の陥落を見ています。
災いを救い、憂える気持ちが無いのが分かりました。
忠臣義士のすることと言えましょうか!
そこで、指の一つを噛み切り、賀蘭進明に示して、
斉雲は、もう、主の意向を達成出来ません。
この一本の指をここに留め、帰りの報告とすることとします。
その座のあちこちで、泣き声がした。
南斉雲は、賀蘭進明に軍隊を出す気持ちが無いことを察した。
遂に、去った。
真源に着いた。
李ほんが、馬百頭を遣わしてくれていた。
兵士を遣わさなくても、気を使ってくれているのが嬉しかった。
賀蘭進明にしても、あんなにご馳走を並べるのであれば、何石か、食糧を持たせてくれたら、こんなにも恨まないのにと、思った。
寧陵に着くと、(張巡の代理の)廉坦が、将軍、騎兵、歩兵、三千人で待っていた。
寧陵城は、元々、張巡が担当の城であった。
だが、すい陽城が囲まれた時、すい陽太守の許遠が、張巡を頼って呼んだのだ。
だから、張巡は、今、許遠の城を守っているのである。
それ以降、城を任せられた廉坦が寧陵城を守っているのである。
この行動は、主人・張巡を案じてであった。
七月二日、
夜、囲みに侵入した。
戦い、かつ、進み、
城の下に来た。
大きな戦いであった。
賊軍の軍営を壊した。
兵士の多くが死んだ。
その夜、大霧が出ていた。
張巡は、見えないけれども、戦う声を聞いた。
この声は、南斉雲たちの声だ!
門を開いた。
死傷者の他、城に入れたのは、わずか千人であった。
城の中の将軍も兵士も、助けが来ないのを知った。
皆、慟哭した。
賊軍は、敵に援軍が来ないのを知った。
囲みが、益々せばまった。